第5話 発見と事実確認

 天国の両親へ。従順で可愛い眷属が出来ました。

 名前はレイ。名付け親は僕。黒髪黒目の知的美人なメイドコスプレさんで、身長は僕とほぼ同じ。

 ──で、Mです。


 腰掛け事件の後、僕らはイチャイチャしながら、人里を探して辺り一帯をうろうろと歩いた。

 イチャイチャの部分はワチャワチャとも置き換えられるし、あるいはグチャグチャとも表現できる。


 で、その時に気付いたことがいくつか。

 まず、レイが着ていたメイド服は、魔法で作り出された物で、破いたり引き千切ったりしても、レイならすぐに直せることが分かった。

 だったら、かの諸悪の根源である糞女神を思い出すから、メイド服以外を着てよと言ったが、


「いくらショウ様の命令であろうとも、このメイド服は常に身に付けておきたいのです。まあ、例外はありますけれど、私のアイデンティティなので」


 と言って、レイは聞かなかった。

 猫耳と尻尾はよくても、メイド服はダメらしい。

 レイにとってのメイド服はそこまでいくのか。顔以外までこうも糞女神そっくりなのはなぜだろう。

 ……しかし、従順設定はどこにやったんだ。


 あ、ちなみに僕の保身のために言っておくけど、レイの服が破けたのは事故だ。

 決してわざとじゃない。マジで。


 二つ目は、レイの肉体は僕と同じようにとまではいかないが、かなりの再生能力があるらしく、いだりえぐったりしてもすぐに治せることが分かった。

 元から悪魔のように強かった黒山羊だったのが、更に強くなっていた。流石吸血鬼。

 と言うか、レイの今の種族って何なんだろうか。吸血鬼の眷属にはなったらしいが、黒山羊は吸血鬼になれるのか? 再生能力は手に入れてるけど。


 あ、ちなみに僕の保身のために言っておくけど、レイの肉が削げたのは事故だ。

 決してわざとじゃない。ホントに。


 最後は、レイの血の味が変わっていないことだ。血だけは、眷属になっても変わらず美味しかった。

 いや、血だけはと言っても黒山羊だった時のレイの手や脚や首や顔を舐めてはいないけれど。

 ……あ、いや今のレイにもそんなことしてない。

 うん。……ごめんなさい嘘吐きました。


 えーと……さて。じゃあ本題に移ろう。

 僕らが人里を探しているのは、この世界のことを詳しく知るため、そして、食糧を得るためだ。


 レイの黒山羊時代は相当長かったそうで、それはもう多くのことを知っていたけれど、あくまで僕は人間についての生活や歴史が知りたいのだ。

 元人間として、野生だけは避けたいものである。

 そのため、人に聞いたり本を読んだりして、この世界の人間の輪に紛れ込もうという作戦だ。


 もう一つの食糧の確保だが、安定した食糧の確保と言い換えてもいい。むしろその方が正しいか。

 簡単に言うと、レイのご飯問題を解決したい。


 僕は、それこそ眷属であるそのレイを食べれば、というか吸えば、飢え死には免れることができるのだけれど、逆にレイが僕の血を吸うのは不可能だ。

 主人と眷属の主従関係のため、その主人である僕を傷付けるような行為は、気が引けるらしい。

 気が引ける程度なのが少し引っ掛かるけど。


 そんな訳で、いくら元が黒山羊とは言え、その辺に生えている雑草を食べさせるのは、まあ正直全然忍びなくはないけれど、人の道からドロップアウトはしたくないので、人間のご飯を食べさせたい。

 手遅れ感はもう山のようにあるけど。


 まあ、このままならあと数ヶ月は持つとか意味が分からないこと言ってたし、急ぐ必要はなかったので、僕は異世界の知らない草花や動物を愛でつつ、レイに色々なことを訊きながら、森を歩いていた。


「あれは何?」

「あれはラタトスクですね。栗鼠りすの精霊です」


 黒のヴェール越しなので少し見えにくいが、それは手のひらサイズの半透明なリスだった。

 色は青だったり白だったり緑だったりと様々だ。


 可愛い。レイ程じゃないけど。


 しかし、ラタトスク──僕の記憶が正しければ、それは北欧神話に出てくるリスの名前のはずだ。

 わずかに垣間見える、この世界の言語の異常性。


 先程から僕とレイは、日本語で話している。それも、英語などのカタカナ語も交ざった日本語だ。

 それに加えて、レイの口からは数々の固有名詞が出てきた。どれも地球に存在したものだ。

 例えば、先程のラタトスク。他にもレイの口ぶりから、スライムやゴブリン、ドラゴンまでも、そのままの名で存在していることが分かっている。

 その辺りの名前は、流石に僕でも知っている。

 やはり、この世界の言語文化はおかしい。


 ……まあ、だから何だって話。

 日本語が通じるなら言うことはない。

 糞女神によれば、『そういうもの』らしいし。

 これが異世界だと、割り切るしかないだろう。


 ちなみに、僕が異世界から来たことは、レイには言ってある。隠す必要もないだろうし。

 特に反応はなかった。アホみたいな可愛い顔で、


「へ〜、そんなこともあるんですね〜」


 と言っていた。……ちょっとこの子心配。


「あ、ショウ様」

「ん、何?」

「ゴブリンです」


 レイが指差す方を向くと、かなり先に生えていた木の後ろから、小柄な人影が現れた。

 目を凝らすと、それは毛のない黒緑っぽい色の肌を持つ、身体の小さな人型の何かだった。

 顔は醜悪で、胴体には毛皮を巻き付け、手には、石を削った刃を木の棒に括り付けただけの、粗末な作りの手斧を持っていた。

 あー、なんかどこかで見たことある気がする。


「殺しても?」

「えっ、あっ、うん、いいよ?」

かしこまりました」


 レイはわざわざ僕に一言断ると、ほとんど身体を動かさずに遠く離れたゴブリンの目の前まで一瞬で移動し、粗末な手斧を奪ったかと思うと、目を逸らす暇もなく、恐ろしい速さで滅多打ちにした。

 あの移動、縮地か瞬間移動のどっちかだろ。技術なのか魔法なのか知らないけど、とにかくすごい。

 しかしレイさん……その後の攻撃がグロいです。


「ふぅ……死にましたね」


 たった数秒で、十回以上は殴っていた。斧なのに斬るではなく、叩き斬るでもなく、殴っていた。

 レイの持つ手斧は、既に手斧の形をしていない。ゴブリンはただの赤黒い肉塊となり、あとはもう栄養となって、土に吸収されるだけとなっていた。

 ゴブリンも血は赤いんだなと思いました、まる。


「一匹だけみたいですね。さ、行きましょうか」

「ソウダネー」


 レイはMなだけじゃなくて、サイコパスでもあるのかもしれない。いや〜、怖い怖い。


✝ ✝ ✝


 可哀想なゴブリンが犠牲になってからは、なぜか他のモンスターに出遭うことはなかった。

 もしかしたら、レイからオーラが出てたのかも。


 そんな訳で、障害なく森林ゾーンを突破。

 視界が開け、異世界の大自然の景色が目に入る。


「おお……!」


 僕の目の前には背の低い草が風に吹かれる大草原が広がっており、そこから視線を上げていけば、空を突くような高い山々。右も左も背後にも山。ここは、大きな山脈に囲まれた盆地のようだった。


 その荘厳さに思わず息を呑んでいた僕だけれど、しかし求めていた人里への道はなく、山肌を眺めてみても、集落らしきものも見当たらない。


 だが、道や集落を探していた途中で、まったく別の、しかし興味深いものが、僕の目に映った。


 山脈の中で、一際高い位置にある峰。

 その上空で、灰色の雲が大きな渦を巻いていた。

 最初はこちらに来るかと警戒していたが、じっと見つめていると、あることに気付く。

 その雲は、山の峰の上から動いていなかった。


「動かない嵐……!」


 隣で、レイが呟く。しかしその声に籠もっているのは、興奮。つまり──ワクワクしていた。


「あそこ行きましょう! あそこ!」


 初めて見るタイプの笑顔ではしゃぐ、レイ。……何だろう、僕の中で何かが崩れていく気がする。

 まあ、僕も同じような心境だけどさ。


「確かに面白そうだけど……でも遠いな」


 少なくとも二、三キロメートルはありそうだ。


「私が運びます!」


 ずいと身を乗り出してレイが言う。

 う〜む。知的美人は、知的好奇心に忠実だな。

 しかし、運ぶったってどうするんだ? まさか、僕をお姫様抱っこでもするのか? それは嫌だぞ。


「背中に乗ってください!」


 言うが早いか、レイはアイデンティティだと言うメイド服をあっさりと脱ぎ捨てた。そのまま下着も ぽいぽいと脱いでいく。羞恥心とか無いのか君は。

 スタイル良いなーなんて思いながら見ていると、まばたきをした次の瞬間には、一糸纏わぬ美女ではなく屈強そうな巨大な黒山羊が、そこに立っていた。


「……元に戻れるんだ」

「はい! さあ、乗ってください!」


 あーもう、本当にテンション高くなってるな。

 つい先日のことなのに久々に感じる黒山羊モードのレイに、毛を掴んでよじ登る。

 首元に辿り着くと、そこに腰を降ろし、撫でる。こうしてみると、結構可愛いかもしれない。


「よし、行け!」

「畏まりました!」


 レイの身体にしがみつき、命令する。

 それを受け、レイは風よりも速く駆け出した。


 ──目指すは、嵐の山。

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