第3話 レッツ山羊狩り

 さて、反撃に移ろうかと思ったんだけど。

 よくよく考えたら、僕って死なないってだけで特に強い訳でもないんだよな。

 いや、洞窟を崩せるし強いは強いんだろうけど、この黒山羊とは圧倒的な差がある気がする。

 それに、今の黒山羊は油断もしていないし。


 ま、ゾンビ戦法が使えるんだし、何日か掛ければいつかは消耗するだろう。吸血鬼の再生能力に制限がなければの話だけれど。

 てか、昼間は戦えるかな、燃えながら。


 その頃には、黒山羊側が諦めてくれそうだけど。

 まあいいや。とりあえず当たって砕けるか。


「来いよ」


 言葉が通じてるのかは分からないけど、手招きをしながら一応、黒山羊に向かって言ってみる。

 なんか僕、やってること厨ニっぽいな……吸血鬼なんていう厨ニ種族に転生したせいだろうか。

 だったら僕は悪くないな、うん。


 ちなみに、黒山羊に反応はなかった。恥ずい。


 向こうがまったく動かないので、こちらから一歩踏み出してみる。だが、黒山羊は動かなかった。

 それどころか、全身を小刻みに震わせて、頭を低く下げている。……怯えている?


 更に大きく、三歩踏み込む。

 今度は、黒山羊はビクリと反応し、退しりぞいた。


 うん。明らかに、僕に怯えている。

 ……でも確かに、殺しても殺しても死なないやつが現れたら、そりゃ怖いか。僕だって逃げる。


 え〜、どうしよう。このままビビらせたら逃げてくれそうだけどな〜……ま、とりあえず戦うか。

 逃げてくれたら万々歳、攻撃されても死なない。

 改めて、不死身って最高だな。


 僕は、できる限り目を合わせて威圧しながら、黒山羊にずんずん近付いていった。

 黒山羊は震えるばかりで動かなかったが、僕が蹄の射程距離に入った瞬間、僕に振り下ろした。

 かろうじて動きを捉え、上半身を引く。恐ろしく速い踏み付けは当然、避けることはできなかった。


 蹄の底のサイズは僕の肩幅より広く、それを腹にモロに食らった僕は、中心が潰れて二つになった。

 内蔵はほとんど蹄の下だ。一部のパーツはその辺に散らばったりもしている。

 自分のものとは言え、結構グロい。

 これは当分慣れなさそうだ。


 それはさておき、黒山羊の蹄によって腹部がぶち抜かれ、真っ二つになった。……うん。

 いい状況だ。


 脚を引かれる前に、僕は再生速度を最大にする。

 僕の腹は、まばたきをする暇もなく再生した。


 ──黒山羊の蹄を巻き込んで。


「……!?」


 驚いたように見える黒山羊の脚に攻撃を叩き込む直前、自然に僕は、吸血鬼の力を理解した。

 殴ろうと握り締めていた両の拳を無意識に開き、代わりに開いた状態の指先に力が込もる。


 そして黒山羊の 目掛めがけて、全身全霊で振り抜くと、そのまま両腕が胸の前で交差した。


 その結果に、僕は何か違和感を覚えた。

 そしてその答えは、すぐに分かった。


 腕が胸の前で交差している。つまり──


「────!!」


 ──僕の両手は、


 黒山羊の悲鳴が、辺り一帯に響き渡る。


 ……マジか、普通に殴るつもりだっていうのに、まさか切断までできるとは。

 見ると、僕の肘から先が赤黒くメタリックに変色していて、指先は猛禽の爪のように変形していた。


 どうやら、自分の血液を操り、鋼鉄のように硬く固めたものを腕に纏っているらしい。

 『血鋼ヘルメタル』──とでも呼んでおこう。


 つーか、普通に強いじゃん、吸血鬼。


 僕の腹の肉に縛られた蹄を、血鋼ヘルメタルを纏ったままの腕を使って、自分の身体の肉ごと引き千切った。

 蹄と、付随した僕と黒山羊の肉が地面に落ちた。

 上半身も重力に従って落ちるが、下半身の切断面から生えた綺麗なお腹に乗って、くっついた。


 服以外完全に元に戻った僕は、黒山羊を見やる。

 黒山羊は、切られた方の脚の膝を地面に突いて、その不安定な体勢のまま、僕を睨んでいた。

 その瞳には最早、力はなかった。


 ……ん、あれ? これ勝ったんじゃない?

 後はトドメ刺すだけだし。なーんだ楽勝じゃん。

 ──なんて考えた僕だったけど。


 事はそう簡単に進まない。


 脚を一つ失い倒れた黒山羊は、しかし倒れたままで、僕に反撃を仕掛けてきた。

 何かと言えば、宙に魔法陣を展開したのである。魔法が飛んで来るかと警戒した僕だったが、幸か不幸か、そこから出てきたのは魔法ではなかった。


 攻撃手段を失った黒山羊は、飛び道具ではなく、己の代わりに戦う者を召喚したのである。

 黒山羊の頭と下半身に人間の上半身を持ち、コウモリの羽を生やした半人半獣の生き物のような何かが五匹、その魔法陣から僕の前に現れたのだ。


 その相貌は正に、悪魔としか言い様がなかった。

 そういえば、山羊って悪魔の使いだったっけ。

 だったら逆だろ、普通。


 しかし、う〜ん……悪魔か……勝てるかな。

 まあ、この感じだと、あくまで従者を呼んだだけみたいだし、主より強いなんてことはないだろう。

 吸血鬼の戦い方も理解したし、やったりますか。


 山羊狩り、もとい、悪魔狩り。


「────!!」


 文字に起こせないような叫び声を上げて、山羊頭の悪魔達は一直線に、僕に向かって突進してきた。

 ただし目の前からではなく、空中から。


「うぎっ」


 上から降ってくるような攻撃を、血鋼ヘルメタルを纏った腕で防御する。幸い、切断されることはなかった。

 血鋼ヘルメタルで防御できることが分かったのはいいけど、ずっと飛ばれてちゃあ攻撃を当てられないな……。


 一匹に向かって、全力で地面を蹴り跳躍するも、ギリギリで避けられてしまった。

 うん、やっぱり、吸血鬼らしくやるしかないか。


 僕は血鋼ヘルメタルを解くと、両手を広げた。

 さあ来い、全て止めてやるぞと言わんばかりに。


 それを見て、僕を宙から取り囲む五匹の内、背後にいた一匹が急襲を仕掛ける。

 それを避けも防ぎもせず、無防備に食らう。

 だがそれで構わない。今の僕は吸血鬼だ。物理的損傷なんて、ダメージの数に入らないのだから。


 悪魔の爪が僕の肉を引き裂いた瞬間、その傷から血液が吹き出した──悪魔を覆い隠す程の量が。


「……!」


 血は悪魔を蟻が通る隙間も残さず取り囲んだが、しばらくして悪魔を開放し、僕の身体へと戻る。

 跡には、無数の刺し傷や切り傷が出来て、パーツごとに分解され、血まみれになった、見るも無惨な悪魔の惨殺死体が転がっていた。


 勿論、僕が血鋼ヘルメタルを操ってそうしたのである。

 『処女血壊アイアンメイデン』──なんて名付けておこうか。


 さて、とにかくこれで一匹。あと四回だ。

 血を操るコツも掴んできたし、僕から行くか。

 なんだか──


✝ ✝ ✝


 結局、その後一分も経たずに、悪魔は全滅した。

 最後の一体に至っては、主であろう黒山羊の命令を無視して逃げ回ったあげく、勝手に崩壊したが。


 とにかく、全滅。


 さて、黒山羊はどうしようかな。

 う〜ん……煮るか、焼くか……ん? 待てよ、僕調理器具持ってないじゃん! うわ〜マジか。


 生か〜。


 腹を地面に付けて動かない黒山羊に近付く。


「…………」


 死にかけの生物が放つ、荒く苦しそうな息遣い。

 そういえば、トドメ刺してなかったや。


「ちょいと失礼……ん?」


 地面に腹が着いているため低くなっている黒山羊の首を、斬り裂いてトドメを刺そうとした時。

 脚の大きな傷から香る、濃い血の匂い。


 それが一瞬、かぐわしい香りに感じた。


「……あー、そっか。吸血鬼だった」


 人間以外の血が口に合うかは分からないけど……試してみる価値はある、かな。


「牙は──うん、生えてるね」


 感覚的に、牙から直接吸えそうだし、吸うか。


 黒山羊の太い首元に、牙を突き立てた。

 ……んっ、ん〜……ん!?


「うまっ!」


 え、待って、めっちゃ美味しいんだけど。

 うわ〜、なんか違和感しかない。明らかに血の味なのに、美味しいと感じるなんて。

 でも、うん。すごく美味しいからいいや。


 それからしばらく、僕は蚊にでもなった気分で、吸血鬼になった感覚で、黒山羊の血を吸い続けた。


「──ぷはっ」


 あ〜もう無理。入んない。は〜……。

 食べ切れない程の美味しいものを食べるなんて、今まで一回もなかったんじゃないか?

 あ〜……マジで幸せ。

 肉を食べる必要なんてなかったな……。


「黒山羊くん、ありがとう」


 感謝しかない……って。あれ?

 黒山羊くん、まだ生きてるし。


 生命力あるな〜……あ、そうだ。

 僕はいそいそと黒山羊くんの顎の下に身体をねじ込み、傷のない方の脚で蓋をする。

 よし、何も見えないけど、黒山羊くんのあったか天蓋てんがい付きベッドの完成だ。

 地面は固いけど、布団が温かいのでよしとする。


 これなら朝になっても、日に焼けずに済むし。

 まあ、痛覚遮断の方法を見付けた今じゃ、別に日に焼けるぐらいどうってことないけど。


 明日の朝には消えているであろう命におやすみの言葉を掛けて、僕は目をつむり、眠りに落ちた。

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