第2話 日焼けLv.MAX

「あっ……ぐぅっ!?」


 光を浴びたところから、全身が燃え上がっていくような、激しい痛みが駆け巡る。


「あぐぃぅ……!」


 痛みに悶えていると、強い衝撃を感じた。何ということもなく、僕自身が地面に倒れただけだった。

 しばらくして、全身から痛みの信号が届き続けた結果、脳が対抗措置を発動させる。


「あ……」


 だんだんと、全身から感覚が消えていく。身体の芯から、端から端まで、心まで冷えていく。

 今の内だ。早く、早く──


 洞窟に転がり入った途端、僕の身体は元に戻った。


「クソ、何なんだ……」


 僕はさっき、無意識に日陰に入ろうとしていた……?


 日陰。太陽。日光。身体が燃える。……蒸発?

 ……まさか。まさかまさか。


 真実を確かめるため、僕は異常に眩しい洞窟の出口から、恐る恐る手を伸ばしてみた。


「ぐぅっ……!」


 今度は、しっかりと見えた。

 僕の腕が、日光が当たったところから

 腕を日陰に引き戻せば、炎はすぐさまかき消えた。


 それを見て、僕は痛みも火傷やけども残っていない腕を、洞窟の壁に全力で叩き付け、うなった。


「あの野郎……ぶっ殺してやる……!」


✝ ✝ ✝


 ……とまあ、野蛮なことを言ってますが。

 今現在あの女神がどこにいるのかは分からない。そもそも曲がりなりにも神だ。殺せる訳がない。


 それよりも重要なことがある。


 その後、洞窟が崩れたのだ。


 洞窟があった山の一部分ごと、崩れていた。恐らく、僕が殴ったのが原因だろう。すごい音がしたし。壁割れてたし。

 そんなこんなでひーこら言いながら土石の下から這い出た頃には、完全に日が暮れていた。


 次から次へと衝撃的なことが起こりすぎて、最早三週は回って冷静になった僕。

 ちょうどいいので、今の状況を考えてみた。


「これって完全に、吸血鬼だよな……」


 日光で蒸発するし、ありえない力があるし、洞窟のあった山に押し潰されたのに生きているし。

 ほぼ間違いなく、僕は吸血鬼に転生している。


 意味分からないけど、異世界だしそんなもんか。

 どうせ一生この身体だ。いさぎよく諦めよう。始めるのが遅くて諦めるのが早いのは僕の長所だ。


 ……さて問題は、これからどうするか──吸血鬼だから、昼間に活動することはできない。

 ちなみに、月明かりが大丈夫なのは検証済みだ。元は同じ日光のはずなんだが、何が違うのだろう。


 ……しかし、そうすると昼間はどうやって切り抜けようか。もう土に潜るしかなくないか?

 着てる服はボロボロになったし。というか、服を着ていても頭から燃えてしまうのだから仕方ない。


 ……うん。朝になったら土に潜ろう。

 さて次──と、新しい問題に移ろうとしたら。


 ──ガサリ。


「っ……!」


 振り向けば、崩れた土になぎ倒された木を軽々と越え、闇に紛れてこちらへと近付く者がいた。

 闇に紛れてと言っても、恐らくは吸血鬼になった影響で、暗いところでもよく見えるので関係ない。なので、僕はその姿をはっきりと認識することができた。


「でっか……」


 分かりやすく言えばそれは、巨大な黒山羊くろやぎだ。


 ただし、身体は山のように大きく、後頭部から伸びる禍々しい角は捻じれてこちらを向き、瞳は赤く光っているが。

 いや、本当に大きい。顔の長さだけで僕以上だ。


「…………」


 黒山羊は僕を見て、うんともメェとも言わず佇んでいた。

 もしかして知性があるのだろうか。


「あの……こんば──」






「──んはっ!?」


 あれ、今一瞬意識が飛んだような。


「……あ〜……成る程ね」


 起き上がって前を見れば、一歩踏み出した黒山羊の太い足の先、黒く硬そうな蹄と地面の間で、何かが潰されていた。

 視線を下げれば、首から下の服の広範囲に血痕。


 うん。僕一回死んだな、これ。


「──クッソがっ……!」


 黒山羊が次のモーションに入る前に、全力で背後に跳ぶ。地面がひび割れ、身体は爆発的な速度で吹き飛んでいく。

 僕が生き返ったことに困惑していたのだろう、僅かに遅れて、だがとてつもない速さで振り下ろされた黒山羊の蹄を、ギリギリ片脚を潰されるだけで躱すことができた。


 地面を転がるように着地して、すぐさま起き上がり黒山羊に背を向けて全力疾走。脚は既に治っていた。

 木々が立ち並んだ隙間を縫うようにして駆け抜ける。


 よし、このまま逃げ──


「ごべゃっ」


 突如、背中から全身を突き抜けるような衝撃。肺が潰され空気が喉から飛び出て、変な音を立てた。

 走っていた方向に、先程とは比べ物にならない恐ろしい速さで吹き飛び、木を何本かへし折り、骨が何十本か折れた。


 幸い、走っていたお陰で衝撃が逃げ、首から下が動かなくなるくらいの被害で済んだ。骨はグシャグシャになったが。


 たまたま首が背後を向き、目が黒山羊の姿を捉える。

 ちょうど、山が崩れた時のように木がなぎ倒されていて、その中心で、頭を持ち上げて僕を見下ろしたところだった。

 そな様子には、どことなく王者の風格があった。


 頭突き、か……確かに、山羊らしい攻撃だ。


 僕が倒れたまま動かないので、今度こそ仕留めたと思ったのだろう。黒山羊は悠々と僕に向けて歩みを進めている。


 だが──その少しの慢心が、黒山羊の敗因となった。


「……実験終了。そして、実験成功だ」

「……ッ!」


 黒山羊はピタリと止まると、姿勢を低くして警戒体勢を取り、僕を強く睨みつけた。

 当然の反応だ。ほんの数瞬前まで息も絶え絶えだったはずの獲物が、次の瞬間には五体満足で立ち上がったのだから。


 ──そう、ほんの数瞬前まで、僕は


 よくよく考えてみれば、それはおかしいことだ。吸血鬼の肉体は通常、損傷がすぐさま修復される筈なのだから。


 肉体の再生について、実験をしていた。


 再生速度を、意図的に遅くしたり速くしたりと、変化させた。瀕死の状態から再生しないことで、油断を誘ったのだ。

 そしてが終わり、黒山羊がちょうどいい距離まで僕に近付いてから、再生速度を通常よりも更に上げた。


 それができると気付いたのは、片脚を潰された時。洞窟が崩れた時と比べて、遥かに速い速度で再生していたのだ。

 そこで、再生速度は意思によって変えられると気付いた。


 それから、もう一つの実験。

 これは、黒山羊が現れる前から気付いていたことで、何かと言えば、『』だった。


 おかしいと思っていた。最初に日光を浴びて蒸発しかけた時、途中で完全に痛みを感じなかったのだから。

 あの時はアドレナリンとか何かの影響で、興奮状態に陥って感覚が鈍くなっていたのだと思っていたけれど、違った。

 もしそうなら、火が消えた瞬間に痛覚が戻るはずがない。これが吸血鬼の能力だと、後で気付いた。


 だから、脚を潰された時や、頭突きを食らった時、その後全身がグシャグシャに砕けた時だって。

 僕は一度も、痛みを感じてはいなかった。


 体が死なず、心も死なない今の僕に、恐れるものはない。


 ……とは言え、流石にちょっと、イラついてんだよね。


「最初に僕を殺せなかった時点で、お前は僕の前から尻尾を巻いて逃げるべきだったな。黒山羊」


 さあ──僕の番だ。

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