第三章 ミモザな日々
第12話
水曜日の【自由時間】の中はうっとりとしたコーヒーの匂いに包まれていた。珍しく美智代も作業をしつつ、ユウとアッキー、美智代もわいわいと楽しげに手を動かす中、二葉はじっと考え込んでいた。
「ねえ、どうかしら佳苗ちゃん。美智代さんとサチさんは無理みたいなんだけど」
「え、はい、はい。……えっ?」
「ごめんなさい聞いてなかった? あのね、ユウくんでもいいんだけど、今週の日曜日のフリマに一緒に参加してくれないかなって」
アッキーが両手を合わせてつつ、ぱちんと可愛らしくウィンクをする。ユウもいきなりのことだったからか、「あん?」と訝しげな顔をしている。
「フリマって、フリーマーケットのことですか……?」
「そうそう。ほらあたしってハンドメイドのアクセサリーを普段はネットとか色んなお店の端で出品させてもらってるんだけど、最近はイベントにも興味があって」
ほらこれね、とぴらりと見せられたのは一枚のチラシだ。
ポップな文字がぴょこぴょこと楽しそうに跳ねていて、○×公園フリマのお知らせ、と書かれている。前回の様子なのか写真つきだ。ちらりと写真の端に見えるミモザの木が綺麗だな、と思った。
「この公園って隣の街にあるものすごく大きな公園ですよね。敷地の中に何個も広場があったり、遊ぶ場所があったりする」
「そうそう。あら佳苗ちゃん知ってるのね」
「はい。小さい頃はこの街で育ったので……でもこんなイベントをしているってことは知りませんでした」
「去年から始まったイベントらしいのよ。私もこういうのはあんまり参加しないんだけど、前回お客として行ったらすごく楽しかったの! こぢんまりとしたイベントなんだけど、ハンドメイドのエリアもあってね。それで月曜日にこの店にきているシンちゃんって子を誘ってみたんだけど……くっ……」
なんとなくオチが見えてきた。仕事か病気かしら……と拳を握りしめてぶるぶると震えているアッキーを、二葉は同情めいた瞳で見つめた。
「この間の品評会の! 重すぎる鉢植え! シンちゃんったら自分であれを持って帰ろうとして、持ち上げたときに腰を痛めちゃったのよ~!」
「えっ。そっち……。いや、なんにせよ大変なんですが……あっ、え、大変ですね……?」
「お大事にって伝えといてくれや」
「若者たちの思いやりの声は十分に伝えておくわ……それはさておきね、私も初めてだし不安だからシンちゃんと一緒に参加しようと思って場所を二個分予約しちゃってたのよ。お金のことはいいんだけど、せっかくのイベントなのに場所が空いてたらお客さんたちに申し訳ないじゃない」
「楽しそうだけど、いきなり今週ってのはちょっとね」
「私も日曜日は店の仕込みがありますから……」
美智代とサチの言葉に、しょんぼりとアッキーは肩を落としている。
「ハンドメイドのエリアがあるということは、何か手作りのものを持っていくということですか?」
「エリアはあくまでもざっくり別れてるだけだから、別にハンドメイド以外にもお家の不用品でもいいのよ! 私一人で二つ場所を使うのはちょっと広すぎるし、どうかしら!?」
「ううん……でも、不用品といっても、家にそんなに物があるわけでもないですね……」
聞いてみたはいいものの、ぬか喜びさせる結果になってしまった。ハンドメイド品も金銭が発生する以上、本の編み図を参考にしたものではなく自分で考えて作ったものでないといけないだろう。となると、そもそも作った作品数も少ないので力になれそうにない。
ああん、とアッキーは崩れ落ちたが、「ユウくんは、売るほどあるわよね、ね、ね!?」
何かにハマる度に家をあみぐるみ御殿やお花畑に変えている彼だ。本日も四角のモチーフ同士を組み合わせたひざ掛けを量産している。寒がりな彼だから、家の中では大活躍するだろう……。
「うーん」とユウはあみ針から手を外さずに顔を上げる。それから数秒後。
「おう。めちゃくちゃあるな」
「緊張する間はやめてちょうだいっ!」
アッキーが半泣きでクレームを上げていた。
「全部作りたいから作ったものやけど……新品のまま眠っとるのも多いしな。誰かに譲るってのも、まあ、そこそこ有りやな」
「曖昧な返答ばかりね……。でも有りってことよね! じゃあ一緒に行きましょうよ! もちろん車は私が出すから!」
いえい、と拳を振り上げるアッキーのノリを無言でユウは見つめている。返答がない。どうしたのかな、と思っているとちろり、とユウは黒い瞳を二葉に向けた。
「せっかくやし、佳苗さんも行かへんか?」
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