大嶽丸(11)

 ラジョウと大嶽丸の戦いは一進一退の攻防が続いていた。

 力強く、そして素早い動きでお互いがぶつかり合う。

 ラジョウが素早剣を振れば、大嶽丸も三明の剣を振り、お互いの剣同士がぶつかって火花が散る。


 篁はふたりの戦いを見ながらも、谷底へと落ちていった鈴鹿の首の行方を追っていた。

 いま、大嶽丸の中には立烏帽子も一緒にいるということはわかっている。ということは、鈴鹿はひとりであるということだ。

 鈴鹿は三人は一心同体であるということを語っていた。それを考えれば、ふたりが生きているのに鈴鹿だけが死ぬということは考え難いのである。

 どこかで鈴鹿は生きているのではないか。篁はそう考えていた。


「鈴鹿、鈴鹿、どこにいる」


 篁は谷底へ向かって呼びかけた。

 谷底は暗く何も見えない。

 ただ篁の声が反響して聞こえるだけだった。

 それでも篁は鈴鹿のことを呼び続けた。


「篁様……。篁様……」


 どこからか小さいながらも声が聞こえて来た。


「鈴鹿、どこだ」

「ここです」


 声がした方へと篁が顔を向ける。そこにあるのは闇であり、何も見えない。


「無事なのか」

「はい。私の肉体は滅びてしまいましたが、私にとって肉体などはあってないようなもの」


 そう声が聞こえたかと思うと、なにやらぼんやりとした明かりのようなものが闇の中から姿を現した。

 その光の中に見えるのは、天の羽衣を着た美しき女性であった。

 鈴鹿山へ来る前に、賀陽親王より鈴鹿御前は天女であると聞いたことを篁は思い出していた。


「篁様、あの羅刹と共に大嶽丸をお討ちください。私のことは心配に及びません」

「しかし、大嶽丸を討てば、鈴鹿も……」

「お優しいのですね、篁様。ですが、心配はいりません。大嶽丸を討ったとしても、私が消え去ることは無いのです。元々、私と立烏帽子は天の者。命は永遠なのです。ですが、大嶽丸は違います。あれは死者を蘇らせた鬼神。あれにだけは肉体が存在しております。大嶽丸は、立烏帽子の邪が生み出した鬼神です。邪を祓ってくださいませ」

「わかった」


 篁は短く答えると、腰に佩いていた鬼切無銘を抜き放った。

 鬼切無銘の刀身は青白く輝いている。


「ラジョウよ。いま一度、私に力を貸してくれ」


 篁は叫ぶように言うと、鬼切無銘を構えて大嶽丸へと突っ込んでいった。

 大嶽丸と一進一退の攻防を繰り広げていたラジョウは、にやりと笑みを浮かべた。


「待っていたぞ、篁。わしはお前と共に戦うために来たのじゃ」


 そうラジョウが言うと、ラジョウの身体が青白い光に包み込まれる。

 鬼切無銘とラジョウ、ふたつの光は共鳴するかのように輝きを増すと篁の体を包み込んでいった。


「篁よ、その太刀の名は無銘ではない。いまから、その太刀は羅城らじょうの名がついた。鬼切羅城よ」


 ラジョウの姿はどこにも見えなかった。ただ、ラジョウの声が太刀から聞こえてくる。


「共に戦おうぞ」


 蒼い光を伴った太刀――鬼切羅城は不思議なほどに篁の手に馴染んだ。


「さあ、行くぞ、大嶽丸よ」


 篁はそう言うと、鬼切羅城を構えて大嶽丸へと斬りかかった。

 大嶽丸は三明の剣を構えると、篁の斬撃を捌こうとした。

 しかし、鬼切羅城と三明の剣が重なり合った時、三明の剣は根元からぽっきりと折れてしまった。

 それだけに留まらず、鬼切羅城は大嶽丸の肉体をも斬り裂く。

 斬られた大嶽丸は尻もちをつくようにして、地面に倒れ込んだ。


「ちょ、ちょっと待て。待ってくれ」

「ここまで来て命乞いか、大嶽丸よ」

「いや、違う。違うんだ」


 大嶽丸はそう言うと、右手に握っていた小さな岩を篁へと投げつけてきた。

 篁は鬼切羅城を振り、その岩を真っ二つに斬る。


「お前は冥府へ、いや地獄へ行くべきだな、大嶽丸」

「そんな無慈悲な」

「慈悲は十分に与えたはずだ」


 篁はそう言うと、鬼切羅城を振り下ろした。

 大嶽丸の身体は頭のてっぺんから真っ二つに斬り裂かれ、蒼い光に包まれた。


「冥府で裁きを受けられるがよい」





 鈴鹿山から戻った篁を平安京たいらのみやこで出迎えたのは東寺の僧である空海であった。

 空海はボロボロになった篁を見て驚いたが、すぐに何かを悟ったらしく優しい顔で篁を東寺へと案内した。

 父、岑守の死については空海の口から語られた。

 長時間に及ぶ公務によりやまいを発し、朝堂で倒れたとのことだった。空海によれば、岑守は苦しむことなく安らかに眠ったそうだ。


 父の葬儀を終えた篁はしばらくの間、喪に服し、公務を休むことにした。

 公務を休んだのは、多くの人が哀悼のために父の家を訪れ、その対応に追われたということもある。ただ、それ以上に篁は父の死を受け入れられないという状況にあったのだ。



 そんなある日の晩、篁が屋敷の縁側でぼうっと月を眺めていると一匹の蛍が庭へと迷い込んできた。


「篁様、冥府へ」


 その蛍は、ひと言だけを残して消えていった。

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