余談、雷獣の話と平安談話

 今回はタイトルに使った「雷獣」についてと、今回の話に登場した人たちのことを少し書きたいと思います。


 まず落雷についてから書きたいと思います。

 今回の物語は、中務なかつかさしょうの北門のすぐそばにある柳の木に雷が落ちたことからはじまります。

 この出来事は史実から持ってきています。ちょうど、物語の設定と同じ頃に同じ場所で落雷があったそうです。

 平安時代、雷というものはものすごく恐れられていました。

 落雷については、この物語の時代よりも、もう少しあとの年代になりますが「清涼殿落雷事件」というものが有名ですね。これは内裏に落雷があり、公卿など何人かが死傷したというものです。詳しく知りたい人はWikipediaとかで調べると詳しく載っていますので参照してみてくださいね。


 そして、今回のタイトルにもなった雷獣についてですが、雷獣というのは落雷と共に現れる妖怪とされていて、不思議なことに東日本を中心に伝承が残されている物の怪だったりします。絵として残されている雷獣は江戸時代に描かれたものが多いようですが、昔の人は落雷から恐ろしい獣を想像したりしていたのだろうということがよくわかりますね。


 今回は封印されていた雷獣が解き放たれてしまったことから巻き起こる物語となったわけですが、その封印を解いてしまった人物である広幡浄継は実在する陰陽師であったりします。広幡浄継については、ほとんど資料が残されていないようで、ただ陰陽生(陰陽寮の学生)から陰陽師となったといった程度の情報しかありません。そのため、今回は広幡浄継に封印を解いてしまうダメな役をやってもらうことにしました。


 また龍笛の名人として尾張浜主も登場していますが、この尾張浜主という人物も謎に満ちた人です。

 記録によれば、733年に生まれで、749年に天皇の前で舞を披露したことにはじまり、836年には遣唐使で唐へ渡って龍笛を極めたり、845年(既に113歳)で天皇の前で舞を披露したといった記録も残されている人物なのです。845年の舞を披露した際はかなりの老人だったという記録もあるようで、本当に113歳だったという説もあるが、私は尾張浜主の名前は代々引き継がれていった屋号のようなものだったのではないかと考えています。

 さすがに100歳で遣唐使で唐に渡ったり、113歳で天皇の前で舞を披露するというのは……。


 そして、再び登場した空海。

 空海については私が多く語る必要はないぐらいに有名な人物である。

 ちなみに空海は弘法大師という名もあるが、これは死後に付けられたものであるため、物語に出てくる空海はそのまま空海としています。

 空海はちょっと偉大過ぎて小野篁のキャラクターを喰ってしまいそうなので、今後の登場は控えめにするかもしれません。


 また空海の管理する東寺で登場した、悪僧あくそうについてですが、悪僧というのは別に悪い僧侶というわけではありません。

 平安時代、京都や奈良周辺の寺には、武装した僧侶たちがいました。この僧侶たちはのちに僧兵と呼ばれるようになるのですが、平安時代初期は悪僧と呼ばれていました。悪というと現代人には「悪い」というイメージがつきますが、悪というのは「強い」や「勇猛」といった意味があります。平安時代末期の武将である、源義平などは「鎌倉悪源太」の異名を持っていましたが、別に悪いことをしたわけではありません。源義平の勇猛っぷりを現すために悪源太と呼んでいたのです。このように、当時は悪=わるいではなく、悪=勇猛、強いという表現として使われていたそうです。


 物語はまだまだ続きます。最近出番の少ないラジョウや閻魔大王、花といった登場人物たちも活かしながら物語を綴っていければと思っていますので、引き続き応援のほどよろしくお願いします。

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