地獄の沙汰(2)
赤ら顔で口に豪快な髭を蓄えた
使者たちを前にした閻魔大王は机の座り、死者たちをどこへ送るかの判断を下している。その机の上にはかなりの数の台帳が置かれており、その台帳に目を通しながら、閻魔大王は仕事を進めていた。
ここまで篁を連れてきた女房も死者たちの列に並んでおり、おどおどした目で篁のことを見ている。
「次っ!」
閻魔大王の隣にいる女官が、並んでいる死者に鋭い声を掛ける。
その女官の姿に、篁は見覚えがあった。
いつも篁と会う時は、もう少し幼い女童子のような姿をしているのだが、いまの花は男装で道服(中国・唐の役人が着るような服)に身を包み、死者の名前をひとりひとり読み上げている。
この花の役職は、
「お主は現世で様々な人をだましてきた。若者をだまし、老人を殺し、それだけでは飽き足らず、家に火までも放った。弁解の余地はない。地獄道へ行け」
閻魔がそう言うと、ふたりの獄卒がやって来て、判決を言い渡された死者の身体を脇から掴み上げる。そして、入ってきた時とは別の門のところへと連れていくのだった。
獄卒が死者を連れて行ったその門は、篁が見ても禍々しいものを塞いでいる門であるということがわかる。あの門の向こう側に地獄道と呼ばれる場所があるのだろう。
「次っ!」
司命である花に呼ばれて、例の女房が閻魔大王の前に進み出た。
「お願いでございます。わたしを極楽へと送ってください」
「藤原良門に嘘をつき、金をだまし取ろうと計画をしたが、その計画に気づいた良門に返り討ちにあって、殺された……か」
閻魔大王は花から渡された罪状の書かれた台帳を見て、顎髭を撫でる。
そして、ちらりと篁の方を見てから、言葉を続けた。
「普通であれば地獄道であるが、極楽への道も考えなくはないな……。小野篁、お主もこの件には絡んでいたであろう」
突然、閻魔は篁の方を向いて、話を振ってきた。
「絡んではおりましたが……」
「では、こうしよう。ひとつ面倒ごとがある。それを篁が解決すれば、極楽への道を案内してやってもよい」
「本当にございますか」
女房は嬉しそうな声をあげる。
ちょっと待て、どういうことだ。
篁は突然の閻魔からの提案に困惑した。
「実は、獄卒がひとり地獄を抜け出して現世で暴れまわっていると聞く。その者を冥府へと連れ戻してはくれまいか。さすれば、この女房を極楽へ送っても良い」
「ちょっと待て」
「頼んだぞ、小野篁」
閻魔大王は篁の反論が聞こえないかのように、声をあげると花に次のものを呼ぶように促した。
最初から閻魔が自分に仕事をさせるために仕組んだものなのだと、篁は察した。
こんな回りくどいことをせずに、素直に頼めばいいものを。
そんなことを思いながら、篁は冥府の別室で閻魔の裁きが終わるのを待った。
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