獅子頭

獅子頭(1)

 夜盗による公卿邸襲撃事件が相次いだのは、長雨ながめの続く時期だった。

 その晩に襲われたのは、ちょうど物忌ものいみを行っていた公卿の屋敷であり、家人も寝静まった夜半に数人のぞくが押し入ってきたという。

 現場に到着した篁は、そこで見知った顔を見つけた。白い水干を着た、背が小さくやせ細った色白の男。陰陽寮おんようりょう刀岐ときの浄浜きよはまである。


「これはこれは、篁殿」


 篁の存在に気付いた浄浜は、親しげに話しかけてきた。

 なぜ賊の押し入った現場に陰陽師がいるのか。篁は疑問に思ったが、その疑問はすぐに解決した。

 殺害された公卿は物忌の最中だったのだ。

 物忌とは、公事や神事などにあたり、一定期間飲食や行動を謹んで不浄ふじょうを避ける行為のことである。物忌中の人間は家門を閉ざして、訪客があっても会うことはなく、家から一歩も出ないのが習わしであった。

 この物忌は陰陽道の教えによるものが多く、殺害された公卿は浄浜の教えの元で物忌を続けていたとのことだった。


けがれが入ってきた」

「と、いうと?」

「これはただの賊の仕業では無い」

「浄浜殿、すまないが私にもわかるように説明していただけると助かるのだが」


 篁の言葉に浄浜はその唇を歪めるようにして笑みを浮かべた。


「鬼の仕業よ」

「まさか」

「ほれ、あそこを見てみよ」


 浄浜が指した場所。そこには殺された公卿のものと思われる血が飛び散った跡が残されていた。


「あの血の跡が何か」

「そちらではない。その脇じゃ」


 そう言われて篁が視線をずらすと、そこには大きな手形の跡が残されていた。それは人のものと比べても遥かに大きな手形だった。


「生き残った家人によれば、この家の姫君が鬼に連れ去られたそうじゃ」

「なんと」

「ここは篁殿の出番じゃな」

「しかし、逃げた鬼はどこぞにいるのかなどはわからん」

「それに関しては、力を貸せなくもない」


 浄浜はそういって、懐から一枚の紙を取り出した。

 その紙は人の形に切り取られたものだった。


「式よ、案内しておくれ」


 浄浜がその人形ひとがたの紙に語りかけて、息を吹きかける。

 人形の紙は浄浜に吹き飛ばされる形でひらひらと宙を舞い、床の上に落ちた。

 これが何だというのだ。

 篁がそう思っていると、背後から小袴の裾を引っ張られた。

 振り返ると、そこには一人の童子どうじが立っていた。


「童子よ、篁殿を案内して差し上げろ」

「わかりました」


 童子は浄浜の言葉にぴょこんと頭を下げる。

 それを見た篁は、どういうことなのだという顔をして浄浜のことを見つめた。


「これは私の式神じゃ。このモノが篁殿を鬼のもとへと案内する」

「本気か、浄浜殿」

「私が戯れでそのようなことを言っているとお思いか?」


 浄浜はそう言って笑ってみせた。


「わかった。案内いたせ」

「では、参りましょう」


 篁は童子についていく形で公卿の屋敷を出た。

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