:20 橋の死闘②

 しんと静まる夜の橋。

 

 しかしある一定のラインを俺たちが越えると、まるで合戦でもはじまったかのように突然騒々しくなる。


 骸骨系最強種、骸骨御庭番衆がいこつおにわばんしゅうによる総攻撃。

 それは、まさしく具現化された殺意の波だった。

 そして、そんな殺意の波は途切れることなく、俺たちを飲み込まんと次々と押し寄せてくる。

 

 首を刎ねんと薙ぎ払われる剣の一閃。

 頭蓋をかち割らんと振り下ろされる斧による断罪。

 心の臓を止めんと突き出される槍の衝撃。


 それらの計算されつくした殺意の数々を、俺は身体に染み込ませた動きで、次々とバリィではじき返しては拳を叩き込んでいく。


 そうやってモンスターを弾き返しながらも、俺は常に目の端で安全地帯となる目印を探す。たとえばそれは崩れた欄干の隣だったり、隅っこが欠けた石の上だったり、火のついていないたいまつのすぐ横だったりする。


 そういった安地にさえ立てれば、骸骨の攻撃が重複することなく比較的安全に一対一ができた。そうしないと一瞬で囲まれて、からな。


 そういうふうにして俺たちは安地あんちと安地のあいだを渡り走っていく。


「シボ! 前から矢!」

「ええ。見えてるわ」


 滞空を完全に捨てている俺の頭上で、委員長とキサラギさんの二人が文字通り盾となって迫りくる矢を落としてくれる。


 うむ、即席ながら、いいパーティだ。しみじみそう思う。


 が、やはりというべきか、ここは経験値がモノをいう鉄火場てっかば。二人とも前方からの矢ばかりに気を取られているようで、背後がガラ空きだった。

 仕方ない、うしろは俺がケアするか。


「自撮りモードオン!」


 俺はステータス画面を出すと、すぐに自撮りモードに変更する。


「って、こんなときに記念撮影⁉ どうなってんのよ、あんたの神経は⁉」


 と、俺のステータス画面には、目の下のクマが凄い男と、横から割り込んできて憤慨する青い目のギャルが映しだされる。


 そして、その背景には、今まで走ってきた夜の橋と、おびただしい数の骸骨の群れも鮮明に映っていた。

 

 その背景が、キラリと光る。

 振り返ると、俺たちの背後に矢が二本。


「あぶないっ!」


 俺はキサラギさんの肩を抱くと、そのまま欄干のほうへとジャンプした。


 直後、今まで俺たちがいた石畳に立て続けに矢が着弾する。


 橋の上にペタリとへたり込んだキサラギさんは、弾ける二本の矢をじっと見て、やがてハッとする。


「えっ……もしかして、今の……自撮りモード視てわかったん……?」

「まあ。バックミラーのかわりだよ」

「あ……あったまい~」

「感心してる暇はない。さ、急ごう」


 次の安地を目指して走り、途中で骸骨をぶっ飛ばしては、次の安地へと急ぐ。

 そのあいだ、二人はずっと飛来する矢を落とし続けてくれた。さっきのこともあってか、今度は前方をキサラギさんが、後方を委員長が注視するといった役割分担もできあがっていた。


 そのかいもあってか、特にヒヤリとする場面もなく、俺たちは二つ目の見張り塔へと入ることに成功した。


 すぐに扉の錠をかけ、一息つく。

 ふう。なんとかうまくいった。


 二つ目の部屋も、一棟目となんら変わらない簡素な詰め所といった印象を受ける。

 ただ、壁にかけられているアイテムが一棟目とは違っていた。向こうは槍だったが、こちらには色とりどりのフルアーマーがずらり整列している。


 もちろん例に漏れず、これらも入手可能なのだが、いかんせん荷物になるので今回も拾うことはない。


「ふいー、緊張したー」


 とキサラギさんが特大の息をつく。


「でも、なんとかうまくいったわね」


 というか、二人とも下着姿なので目のやり場に困る。俺は銀色のフルアーマーと彼女らを曖昧に見るかたちでおさまった。


 と、驚いたことに、二人とも息一つ切らす様子もなく、けろっとした顔で感想戦をはじめていた。どうやらスタミナ管理はもうお手の物のようだ。


「ってかさ、塔の上にいるプレイヤー、一人じゃないっぽくない?」

「そうね。飛んでくる矢の種類と本数から見て、最低でも二人はいるわ」

「一つ目の塔の上に一人、んで、この真上に一人、だね」

「ええ、だと思う」


 たまげた。二人のやり取りに思わず感心してしまう。スタミナ管理をしつつも、戦況もきちんと把握できていた。

 やはりというべきか、この二人――


「ってか、やっぱ二人ともゲーム上手いよ」


 言うと、二人ともが意外そうな顔でこちらを見る。


「それ、マジで言ってる?」

「ゲームに関して俺はウソは言わない。二人とも、ゲーマーの素質あるよ」

「えっ、ちょっ、ハヤタにそんなこと言われたら、まんざらでもなにじゃん。ね、シボ」

「そうね。自信になるわ」


 気を抜けば、白と黒の下着が目に入ってしまうので、俺は銀色のアーマーを見るともなく見ながら口を開く。


「よし、じゃあ、この調子で、ラストの見張り塔まで走ろう」  

「おーっ!」


 銀色の鎧に映るキサラギさんは元気よく拳を上げ、委員長もこくりとうなずいてそれに応えた。


     ★ now loading ...


 不思議なことに、そこから音が聴こえづらくなった。

 

 いや、正確には遠くのほうで鳴っているというのが正確か。

 大量に放出されている脳内物質のせいか、はたまた、ゾーンというやつにでも入ってしまったのか。

 いずれにせよ、迫りくる骸骨の動きがすべてスローモーションに見えた。


 それでも俺は手を抜くことなく至極機械的にそいつらを処理し、後ろに控える二人を安地へと誘導した。


 そうして気づくと俺たちは、ノーダメージで橋を渡り切っていた。

 まだ興奮がおさまりきらない。心臓が早鐘を打ち、耳もよく聴こえない。


 でも、橋を越えたことは確かだ。

 その証拠に、地面が石から土へと変わっていたし、すぐ目の前に城へと至る大階段もあった。


 ただ、そんなことより、俺には気になることがった。今回の橋の走り抜け。タイム的にも凄いことになっていたんじゃないか。

 惜しいな、記録をとっていないことが悔やまれる。

 しかし、もしそうだとするなら、パーティでのRTAも案外アリかもしれないな。 


 そう思い、それを伝えようと振り返ると、最悪なことが起こっていた。


 顔面蒼白になった委員長とキサラギさん二人の首筋に、それぞれ男性プレイヤーが刃物を突きつけていた。


「武器を捨てろ」


 俺のすぐ後ろにも一人居たようで、ドスの利いた声でそう脅しをかけてくる。


「と、言いたいところだけど、ハナから持ってないとなると……じゃあ、その盾だね。盾を捨てて両手をあげろ」


 俺は一ミリも逡巡することなく、持っていた極黒の盾を地面に捨てた。


「ハヤタ!」

「ハヤタくん!」


 二人の懇願するような目を見ながら、俺は白旗を上げる。


「降参だ」


 そして両手もあげる。まいったな、さしもの俺も、今回ばかりはリカバリー案がない。


「つーか、キミら、なんて格好でゲームをしてるんだ。あっ、させてるのか」

「ち、ちがわい!」


 矛先が俺に向いたので慌てて否定。しながらも、隣にいる男の身なりをざっと確認する。


 俺の隣にいる男は、見た感じ二十代後半くらいか。やせ形のイケメンで、真っ黒な髪をセンター分けにして、それを夜風に遊ばせている。眠そうな目でぼんやりと少女たちを観察していた。装備は全身極黒きょっこくシリーズか。人気だな。


「そうよ。これは私たちが進んでこうしているの。ハヤタくんは関係ないわ」

「そうだよ。あたしたちはこう見えてヘンタイなんだ」

「いえ、そこは同意しかねるわ」

「ええっ、ちょっ、なんでよぉ、もうみんなヘンタイでいいじゃん」

「あっ、俺もヘンタイでは――」

「「いいえ、あなたはヘンタイです」」


 ハモられた。つらい。全国のRTA走者たちよ、俺に元気を分けてくれ!


 と、冗談はさておき、向かって右側。

 キサラギさんの首に【紫光剣しこうけん】の切っ先を向ける男は、三十代半ばか、頬がこけ、ひょろりと細長い印象を受ける。全身を紫色の鎧で包み込んでいる。


 他方、委員長の首筋に【曲刀きょくとうラルワール】の刃先を近づけているのは、二十代後半ぐらいの小太りの男だ。銀色の鎧を着こんだそいつのふっくらとした顔の下半分に、うっすらと青髭がこびりついている。


 なるほど、御三方の風貌から見るに、かなりの廃ゲーマーでいらっしゃるようだ。

 そして、もちろん、目の前にいる二人とは面識もクソもない。知らない人だ。


 ただ、俺の隣にいる男の声には聞き覚えがあった。

 外れてもともと、訊いてみるか。 


「あんた……戦士ドグラマグラだろ」


 男は一瞬フリーズした。ふぁさ、と黒髪を掻き上げてから、


「へえ、なんでわかったん?」

「声と喋り方。中学の頃、死ぬほど聞いてたから」

「うーわマジだったんだ。シボシのガードに僕らの熱心なファンがいるって話。それってさ、なんかすごい運命的だよね。そう思わない?」


 俺はそうはなってほしくなかったけどな。


「てことは」と俺は無視して続ける。「あの二人、遠雷えんらいとジョニー?」

「ピンポーン、当たり。どっちがどっちだと思う?」


 ドグラマグラはひどく楽しそうにそんなことを訊いてくる。おいおい、リアルだとあんたら今まさに強盗中なんだぞ、と思わなくもない。

 ともかく、俺は中学の頃の記憶を総動員し、ジョニーっぽい人を選ぶ。俺の記憶が確かなら、ジョニーの声は野太い声だったような。だったら――


「左の……あのふっくらした人がジョニー?」

「ブッブー」


 とドグラマグラは唇を鳴らした。


「ハハッ! やっぱそう思うよねぇ。正解は、あっちが遠雷の貴公子で、向こうがジョニー」


 と、委員長の背後にいる小太りの男、遠雷の貴公子が眉間にしわを寄せて怒鳴る。


「オイ! またその名前ネタかよ! いいから早く写してメッセ送れって!」

「はいはい、まあそう怒んなって。ほら、撮るから二人ともマスクつけて」


 そのドグラマグラの言葉に、男性プレイヤーたちがいっせいに【般若面はんにゃめん】を装備。その名のとおり般若のお面で、かぶることによって彼らの匿名性がグッと上昇して、一瞬で誰が誰だかわからなくなった。


「さあ、二人とも笑って。シボシのオヤジさんに最後通牒を届けなくちゃ」


 が、もちろん二人は笑わない。

 笑わないどころか、楽しげに撮影を続けるドグラマグラを視線で射殺すかのように睨みつけている。


「いいねえ、その顔。臨場感ばっちし」


 ドグラマグラは下着姿の少女たちを写真におさめると、さっそくそのデータをどこかへ送信しはじめる。さすがに送信先までは見えないが、まあ十中八九、委員長のお父さんに届けられるはずだ。

 彼は画面を操作しながら、つまらなさそうに言った。


「というかシボシのオヤジさんさぁ、頑固すぎるよ。そんなに金が大事かねぇ」

「父は!」委員長は噛みつくように叫ぶ。「私みたいな放蕩娘の為に、お金や時間を無駄にしないだけよ!」

「うお、かっけぇ」ドグラマグラはぽつりとこぼす。「でも娘の頭の上にあるタイマーが35分を切ってたら、さすがに焦るんじゃない? 焦らない?」


 操作を終えたのか、ドグラマグラは腰に手をあてて言った。


「外では結構な数のプレイヤーがゲームにつながったまま死んでるみたいだし、今度こそ考えてくれるといいんだけどな」


 こいつら……人の命に対する気持ちがちょっと軽すぎないか……。

 そんな思いがつい口をついて出てしまう。


「楽しそうっすね。守銭奴のロールプレイっすか」


 ドス。

 ドグラマグラの拳がみぞおちにめり込み、胃液が飛び散る。

 かはっ、という音が勝手に出る。痛い。素手の一撃なのに、ものすごいダメージだ。涙で視界がゆがむ。


「キミ、ゲームは上手いけど空気を読むのは相当下手っぴだね。そういう神経をいらだたせる言動は、いまは慎むべきだぞっと」

「ハヤタ!」とキサラギさん。「おまえら! ハヤタに手を出すんじゃねーよ!」

「ハヤタくん! わたしのことはいいから、どんな手を使ってでもここから抜け出して! そして先にクリアして! お願い!」

「だい、じょうぶだよ。委員長」

「えっ……」


 首筋に剣を突きつけられている委員長の目じりに涙の玉があった。

 が、かまわず俺は伝える。


「まだまだぜんぜん焦る時間じゃない。むしろ時間は常に俺たちの味方だ。それに、身代金を払ってない委員長のお父さんも、ちゃんと俺たちの味方だ」

「えっ……それってどういう……⁉」

「委員長のお父さんが金を払っていたら……今ごろ、俺たちの命はない」


 言うと、ドグラマグラが俺の耳元で低く囁く。


「そんな……僕たちを快楽殺人者みたいに言ってくれるなよぉ。それにキミ、時間は味方って……あと35分しかないんだよ? 35分で、あの城の最上階にのぼって、そこにいる老王を倒して、玉座の裏にある門から外に出るって。まあ、フツーに考えて無理じゃない?」


 所詮はドグラマグラも一般プレイヤーか。そう思うと、自然と口の端が上がってしまう。

 そんな俺の笑みが気に食わなかったのだろう、彼はこめかみを一度ピクリとさせた。


「何か面白いこと言った?」

「いや、こっからクリアまで10分もあれば楽勝なのになーって」


 ドグラマグラはしばしの沈黙の後、どでかい舌打ちをした。

 それから居ずまいを正すと、向こうにいる女性陣にも聞こえるような大きな声を出す。


「5分だ。あと5分で返事がなかったら、ここでキミらを殺す」

「残念。オヤジさんを恨むんだな」と、委員長を拘束している貴公子がささやく。

「てかさ、もう5分待つのもダルいわ。いますぐっちまおうぜ」と、キサラギさんの背後にいるヒョロ長ジョニー。


 そんなジョニーのせっかちな発言に、隣の小太り貴公子も同意する。


「それでいいかもな。身代金がなくても、もう株の空売りとかでかなりの益が出てるし」

「うーん。そうか……」とドグラマグラは揺れる。「そうしようか。もう、なんか待ってるのも時間の無駄な気がしてきた」


 と、やつらが俺たちを殺す宣言をした、そのときだった。


 ぎり、と奥歯を噛みしめる音が、前方からかすかに聴こえた。どうやら女子チームのどちらかがブチギレたようだ。


 見ると、真っ黒な下着を着用した委員長が、真っ白な犬歯をむき出しにこちらをじっと見つめていた。


「ハヤタくん」

「……はい」


 鬼のような形相なのに、口調が優しいせいか余計怖い。


「私、キレたわ。ブチギレました。だから今から彼らをぶっ飛ばすことにしたわ」

「へ?」


 そんな突然の委員長のぶっ飛ばす宣言に、周囲から音が消えた。


 やがて、シメンソカーズの面々は耐え切れなくなったのか爆笑する。

 そのうるさい笑い声の中、俺は委員長の声を聞き逃すまいと耳をすます。


「そのあと、ハヤタくんもぶっ飛ばしにいくと思うから、そのときはよろしくね」


 そう言って委員長は満面の笑みを見せた。

 よろしくねって……委員長……まさか⁉


 そして、彼女は目をつぶると口の中でごうの詠唱をはじめる。


「狂いは人の本質なり――」


 俺の隣で腹を抱えて笑っていたドグラマグラが、いち早くそれに気づく。


「っと、けなげだねぇ。だが残念。僕たちに狂気は通じない。見えるかい? この指輪」


 と、彼は左手を掲げて見せる。その中指に緑色に輝く指輪が装備されていた。


「これは【無神論者の誓い】といって、ありとあらゆる状態異常を――」


 ドグラマグラによる装備の説明の途中、委員長のたくらみに気づいたのか、キサラギさんが楽しげに声をかける。


「いいね、それ……あたしにもちょうだいよ」


 詠唱の途中だが、委員長がこくりとうなずく。

 そして続ける。


「狂え、そして夢見心地で牙を振るえ――狂気への渇望」


 途端、委員長を中心に真っ赤な光が放射状に広がると、一瞬で夜が扇状に赤く染まる。

 そして、広がりに広がった赤の扇は、あるところでパァンと弾け、悲しげな雨となって二人の少女に降りかかった。

 しとしと、と力を与えるかのように、赤の雨は降りづつける。

 あーあ、どうなっても知らねーぞ、と。


「なっ⁉ こいつら混乱系の業を自分にかけてるのか⁉ バカじゃねーのか⁉」


 と、ジョニーは言うが。

 バカはお前らだ。悪いことは言わない。


「早く逃げたほうがいい」


 と、俺は隣にいたドグラマグラに忠告してやる。


「なっ、なんでよ……?」

「鬼神がくる」


 その言葉どおり、すぐに鬼神が来た。

 それも二人も。

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