10:00 橋
:19 橋の死闘①
夜の橋は耳が痛くなるほど静かだった。
石造りの橋は、馬車が三台悠々と並走できるほどの幅があった。両サイドにある
そんな夜の滑走路のいたるところに、たいまつとはまた違うツーペアの赤い光がゆらゆらと揺らめいている。
その光を放つ主が欄干のほう、たいまつに近づけば近づくほど、その全貌が明らかとなる。
フルアーマーに身を包んだ骸骨騎士。
【
亀裂谷にいたそれとは違い、全身を銀色の鎧で包み込んだ骸骨たちが、それぞれ刀や斧を手に、橋の上で悠然とプレイヤーを待ち構えていた。
「うひー。あの骸骨、めっちゃ強そうなんだけど……」
「強いよ。目ん玉が飛び出るほど」
俺が淡々と事実を述べると、キサラギさんが慌てて振り返る。銀髪ショートをふわり揺らして、
「じゃあやっぱり、ここも走ってスルー?」
「そう上手くいくといいけど……ここ、サンソウで一番難しいから……」
まず間違いなく、ここがサンソウで一番の難所だった。ここをクリアした全プレイヤーもきっと同意してくれるに違いない。
「でもハヤタ……自信あるんでしょ?」
キサラギさんが念を押すように訊いてくる。
が、俺は即答できない。なんて答えればいいのか。
そんな答えに窮する俺を見て、委員長は重たい口を開く。
「……ハヤタくんが黙ってしまうぐらい、ここは難しいということね」
「ああ…………ここだけは、何度死んだかわからない」
言うと、さっきまで元気いっぱいだったキサラギさんが、とうとう押し黙ってしまった。
ごめんて。ビビらせたい意図はないのだが、ここだけはどうしても緊張してしまう。それに、もっとビビらせてしまうかもしれないネタもあるのだが。これはさすがに笑えないので黙っておくか。
ハア。ここが対人戦のメッカじゃなかったらなぁ。
「まあ、悩んでても時間がもったいないし、行こうか」
そう言って歩き出す俺に、キサラギさんが歩調を合わせてくる。
「あのさ、なんか作戦とかって、ないの?」
「作戦かあ」
考える。
当たり前だけど、いつもは一人で走っていた。
それも、最悪は死んでもいいというぬるい条件付きで、だ。
でも、今回は違う。今回は、ここに初めて来た二人を連れて走らないといけない。
当然、一発勝負。それも、もちろんノーダメージで、だ。
って――
むっっっっず! えっ⁉ むっっっっず! 俺だけならまだしも、二人とも無傷となると……砂漠に落としたコンタクトレンズを見つけるような難易度だな、まったく。
でも、なぜだろう……どこかで、わくわくしている自分がいるのは……。
くくく。
俺はやおら服を脱ぐと、極黒の盾を装備した。
「よし、いま思いついたばかりの作戦なんだけど、いいかな?」
そう前置きすると、委員長とキサラギさん二人ともがこくりとうなずいて聞く態勢に入る。
「ここから先、えげつないぐらい攻撃される。具体的には、橋の上には三種類の骸骨御庭番衆がいて、それぞれ刀と斧と槍を持って襲いかかってくる。で、橋の途中途中に建ってる見張り塔の上には弓兵もいて、そいつらも際限なく、俺たちに向かってバカスカ矢を撃ってくる」
「そっ……そんないんの⁉」
「まるで総力戦ね」
「ラスボスからしたらここが最後の砦だからな。そうなるよ」
ゲームの設定に軽く触れてから、俺は作戦の続きを伝える。
「で、ここからが今回の作戦なんだけど、俺たちは一匹も倒さない」
「そうね」と委員長が軽くうなずいて言った。「レベルも全然足りていないし、やはりここもスルーで行くのね?」
「いや、かといって全スルーは無理だ。それぐらいここはモンスターの数が多い。そりゃもうアホみたいに配置されてる。一度でも選択をミスったが最期、あっという間に囲まれて、首を刎ね飛ばされて、死ぬ」
「じゃあ、どうすんの……」とキサラギさん。
「俺がやつらの攻撃を全部片っ端からパリッていく」
「そんなこと、できんの?」
青い目をカッと見開いたキサラギさんのその質問に、俺は首肯して答える。
「あいつらの攻撃パターンは全部身体に染み込ませてるから、パリるだけなら余裕」
二人は一瞬呆れたような顔をするが、すぐにうなずく。
「んで、二人は、できるだけ重い武器を持って、隙だらけになった骸骨から地面に叩きつけていってほしい。ぐしゃって――」
「なるほど」と委員長が口の中で言った。「そうやって、逃げる時間を少しでも稼ぐわけね」
「そのとおり。できそう?」
問いかけると、二人は顔を見合わせる。できるかどうかを視線で確かめ合っているのだろう。
すぐに、こくりとうなずき合う。両名とも、すでに覚悟はできているようだ。
「わかったわ」
「まかせて。フルボッコにしてやる」
さっそく委員長は憧れのオグリアスと同じ剣、青き血族の刃を肩に担ぐ。闇夜に出現した青き大剣は、巨大な刃からぼんやりとした青の光を放ち、委員長の端正な顔をうすぼんやりと照らしだす。
キサラギさんは白馬亭でシャラ―が使っていた
細身の少女たちが、自分たちの背丈ほどもある大剣を肩に担ぐさまは圧巻だった。ほんとうにこの国のどこかに実在する女騎士のようだ。とても頼もしい。
さてと。
俺も橋へと身体を向ける。
真っ暗な橋の上を、無数の赤い眼光がゆらゆらと漂っていた。
橋に一歩足を踏み入れたが最期、いま見ているあいつらが怒涛の如く押し寄せて来る。
のるかそるかの大勝負。果たしてうまくいくだろうか。
はっきり言って、自信はない。
でも、ほんとに、なぜだろう、体の芯からゾクゾクするのは。
「よし、行こうか」
そう呟いたとき、自分でも驚いたのだが、俺は口の端を上げ笑っていた。
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石の床を蹴って走る。
ある一定のラインを越えると、骸骨どもの眼光がキッと俺たちに向けられる。
戦闘態勢に入った証拠だ。
まず俺を出迎えたのは、日本刀を持った骸骨御庭番衆だった。
そいつがこちらに向かって全速力で走って来たかと思いきや、おもむろにジャンプ。
そのまま袈裟に斬りかかってくる。
さすがは御庭番衆、迷いがないな。
俺はさっそくパリィの構えに入る。日本刀タイプは西洋の剣とは違い、タイミングが若干速くシビアだ。
襲いかかる髑髏の向こう、刃がきらりと光る瞬間を俺は見逃さない。
ここだ!
俺は思い切り盾を振るった。すると――
ドーン、とパリィの成功音が鳴る。
同時に、太鼓でもぶっ叩いたかのように骸骨が刀ごと大きくのけぞる。
「今だ! キサラギさん!」
「とーーーーりゃーーーー!」
ズドン。
まっ黒な大剣による大上段からの振り下ろしが、頭骨のてっぺんに見事炸裂。骸骨はぐしゃり圧し潰されると、真っ白な骨の数々を床に散らかした。
「うわっ、やった! やったよハヤタ! 見てた? ねえ、見てた?」
キサラギさんが青い目をキラキラさせて喜ぶ。
が――
「ステア! 後ろ!」
「へっ⁉」
呆けた声を漏らす彼女の背後。
石の床。転がっていた真っ白な髑髏が、ぐぐぐ、と起き上がると、顎をガチガチと振動させはじめる。
と、その音を合図にしてか、周囲に散らばっていた白い骨たちが、振動する髑髏めがけてつーっと移動を開始。まるで見えない糸で引っ張られているかのように集合していく。
「キサラギさん、走れ! これはただの倒れモーションだ。すぐに復活する!」
「えっマジで⁉ ってか、ほんとに合体してるし! だるっ!」
俺たちはヤツの復活を待つわけもなく、ダッシュを再開。
すぐに次の骸骨が立ちはだかる。
次の獲物は斧だった。やたらめったらに長い斧を、まるでホッケー選手がボールを強打するかのように下から顔面めがけて振り上げてくる。
電車の車輪のような巨大な刃が、俺の顎に向かって飛んでくる。
はい、ここ!
俺は盾を前へ押しだす。
と、ドーンと斧の刃が受け流され、そのままの勢いで骸骨がバランスを崩し、真っ白な背骨を俺たちの前に晒す。
「はい! 委員長!」
「せりゃああああ!」
鬼気迫る掛け声とともに、横に一閃。
ざしゅ、とシボシ渾身の一撃を背中にモロに食らった骸骨は、くの字に折れ曲がったままぶっ飛び、欄干に衝突して砕け散った。
「ナイス! 次!」
闇夜の中から、ぬっと槍の骸骨が出現。
呼び動作のない突きが俺の鼻めがけて急襲する。
槍の一撃は特に難しく、俺は刃の先端が拳大になるほどじゅうぶん引きつけてから――
ここだ!
ドーン。
パリィ成功。
「「てりゃーーーー!」」
よろよろよろめく骸骨に、二人の少女が大剣を叩きつけた。
派手に散らばる骨。
その骨の上をぴょんと飛び越えると、すかさず走りだす。
こうして俺たちは骨をバラバラにしては走るを繰り返した。
時には二匹同時なんていうシチュエーションもあった。
まず刀の骸骨をパリると、斧の一撃をローリングで回避。刀の骸骨をキサラギさんが砕いているあいだに斧の一撃をパリる。委員長がそれに追撃を加える。
ぼちぼち矢も降りはじめた。
だが、降ってくる位置やタイミングは熟知していたので、それほど問題ではない。
カンカン、と降ってくる矢を盾で弾きながらも、俺たちは走った。
すると、矢が飛んできた方向、橋の先に長方形の建物が見えてくる。
一つの目の見張り塔だ。
十二匹目の刀の骸骨をパリィし終えると、俺は二人に言った。
「あれが見張り塔だ。あそこまでいけば少し休憩できる」
「オウケイ!」
と、キサラギさんがジャンピングアタックで骸骨を粉砕する。
相変わらずの元気溌溂なプレイに、こっちまで元気が湧いてくる。案外、パーティを組むっていうのも捨てたもんじゃないのかもしれない。
「よし、この調子で見張り塔までノンストップだ」
と、塔へと振り返った、そのときだった。
目と鼻の先に矢があった。
俺は咄嗟に盾を前に出す。
カン、と乾いた音が鳴って、矢が床に転がった。
「あっっっぶ!」
今のはさすがに肝を冷やした。いや、マジで危なかった。
でも、おかしい。15本目の矢は、本来ここじゃない。もうちょっと先のはず。
それに――
足元に転がる矢を拾う。闇夜に溶け込むようなブルーブラックのそれは驚くほど軽く、かつ鋭利だ。
「……ハア。やっぱ、居るよなぁ」
イヤな予感が当たってしまった。
とにかく、ここでじっとしていたのではやつらの思うツボだ。
俺たちは手と足を動かし続け、見張り塔にたどり着くと、木でできた扉を開いて中へと滑り込んだ。
そしてすぐに後ろ手で扉を抑え、鍵を閉める。
ガチャ、と鉄の錠が閉まった瞬間、ドンドンッ、と扉が叩かれはじめる。
叩かれるたびに膨らむ木の板を見ながらキサラギさんが心配そうに言った。
「だ、大丈夫なの、これ」
「大丈夫。ここのドアは頑丈だから。休憩する時間くらいはもつよ」
「ということは、いつかは破られるということね」
「でも、やっと一息つけるね」
と、二人は一旦武器を仕舞い、素手状態となる。
石造りの見張り塔内部は、兵士たちの詰め所という設定で、こじんまりとした部屋だった。部屋の中央には簡素な机と椅子があり、両サイドの壁に、長さがバラバラの槍がずらりと並べられている。
もちろん、これらも入手できるし、なんなら一本一本ちゃんと強くてレア度も高いのだが、いかんせん使わないので今回もスルーだ。
「ふう」とキサラギさんが息をつく。「でもさ、なんか、今んとこいい感じじゃない?」
「ええ、そうね。今のところは大きなミスなく来れてると思うわ」
「だよね! なんか、あたし、自信ついちゃったかも」
とキサラギさんは力こぶをつくる仕草をして、にへへ、と相好を崩す。
それを見た委員長が、ハア、とため息をつき、長い黒髪をゆさゆさと揺らす。
「そうやって浮かれていると、足元をすくわれるわよ」
「わーってるって。大丈夫、大丈夫。なんたって、ウチらには世界一のRTA走者がついてるんだもん。ね?」
「お、おおん」
突然の賞賛に対し、俺は喉を鳴らすことしかできない。情けない。
「そうね。でも、確かにそうだわ」
と委員長は噛みしめるようにつぶやくと、壁に飾られた槍のほうへと歩を進めながら言った。
「ここまで来れたのは、ハヤタくんがいたからこそっていうのを忘れてはいけないわね」
予想外の言葉に、俺とキサラギさんは首がねじ切れる速度で彼女を見やる。
凝視されているとも知らず、委員長は後ろ手に組み、まるで美術館にはじめてやって来た少女のごとく純粋無垢に、壁に並ぶ槍の数々を鑑賞しはじめる。
「強そうね……これなんて槍かしら」
とかなんとかつぶやいてもいる。
というか、マジか。俺はいま褒められたのか、あの委員長に?
だとしたら、ちょっと嬉しい。思わずはにかんでしまう。
と、不意にキサラギさんと目が合う。
俺の気持ち悪い笑みを目撃したであろう青い目の少女は、フグみたいにほっぺたをぷくっと膨らませると、赤い舌をベッと出してくるりとそっぽを向いてしまう。
えっ、なぜ⁉ なぜいま膨らんだ⁉ 膨らむ要素あった⁉ そしてなぜベロをベッてされた?
うーん、わからない。女心は謎だ……。帰ったら、チャットAIに相談だ。
と、まあ冗談はともかく、これだけはハッキリとしていた。
彼女たちはいま、ノっている。キサラギさんの言う通り、なかなかいい感じに攻略できているのが、それに拍車をかけているだろう。
それぞれ反対側の壁の槍を鑑賞している二人の背中が、楽しそうに揺れている。
が、そんなノりにノっている女性陣二人に俺は、残念なお知らせを伝えなければならなかった。
そんな俺の憂鬱を、委員長はちらと
「どうしたのハヤタくん、浮かない顔して。私たち、うまくいってるわよね?」
「俺たちは、な」
「それって……どういう意味……?」
俺たちの会話が気になったのだろう、キサラギさんもすぐに近寄ってくる。
「なになに、どしたん?」
「さっきの橋の上。いつもより飛んでくる矢が多かった。それに――」
と、俺はステータス画面から橋の上で拾った矢を取り出すと、机に転がす。
机の上をコロコロと転がる暗色の矢は、部屋のたいまつの灯りを受け、妖しい光を放っている。
「この矢は【
俺の言葉ですぐに意味を理解したのだろう、委員長の茶色の瞳が大きく見開かれる。
「それって、まさか⁉」
「ああ。大量にいるモンスターにまぎれて、プレイヤーキラーが混じってる」
ええっ⁉ とキサラギさんが大きくのけ反る。
「それって、やっぱ……シャラ―かな?」
「まだ、そこまでは。でも矢のスピードから考えて、チーターじゃないと思う。チーターだったら、今ごろ俺はここにいないと思う……」
そんな俺の本音にショックを受けたのだろう、二人の顔からさーっと色がなくなった。
顔色の悪いキサラギさんが縋るような口調で言った。
「でも、どうしようハヤタ。もうここまで来ちゃったよ」
たしかに。もう後戻りはできない。
戻ったところで死ぬことは確定している。
俺たちに残された時間は、銀髪ギャルの頭上のタイマーによると40分を切っている。
もう進むしか道はない。クリアすることでしか、この呪いを解くすべはない。
だが、進行方向の扉。あの扉の向こうからは、最強のモンスターと殺意マシマシのプレイヤーキラーがタッグを組んで襲いかかってくる。
それらの猛襲をすべて、ノーダメージで捌かないといけない。
えっ……そんなんムリゲーじゃね。
骸骨を捌きつつ、意志のある人間も捌く。しかも彼らは上級者。
って、いやいや、ムリゲーだって、さすがに。
でも、なぜだ。
笑みがこぼれてしまうのは……。
挙句の果てにはヨダレまで……。
「って、ハヤタ笑ってる⁉ こんな地獄みたいな状況なのに⁉」
「ごめんごめん」
と俺は腕で口元を拭う。じゅるり。
「この先のこと考えてたら、ちょっとわくわくが上限突破しちゃって……」
こんな世迷い事を吐いているのだ、さぞ
「ハヤタくんって、ほんと、生粋のゲーマーなのね」
「いや、シボ……」とキサラギさんが苦々しく笑う。「この場合、ゲーマーってより、ジャンキー的な何かのほうが近くない?」
キサラギさんのとんでもない提案に、委員長はくすくすと肩を揺らして同意する。
「たしかに、そうかも……そうね、さしずめ、スリルジャンキーといったところかしら」
スリルジャンキー!! なんか……いいな、その呼び名。しっくりくるというかなんというか。
でも、そうか。やはりというべきか俺は、脳汁がドバドバ出るような、まさに今みたいな状況を心の底からから欲していたのかもしれない。
もっとスリルを!
もっと興奮を!
と、俺の本性が二人に暴かれたところで、時間だった。
俺は下半身装備のぼろきれを脱ぐ。
「ちょっ⁉ また⁉ ただでさえイカれてんのに、もっとイカれてどうすんのよ⁉」
キサラギさんのツッコミが詰め所に響き渡る。
ごめんて。これが俺の正装なんだ。こうすることでスイッチも入る。
すると、なにを思ったか突然、委員長がステータス画面を召喚する。
彼女がステータス画面をポチると、委員長の肢体を包み込んでいたカラスの濡れ羽色の装束がパッと消え、同じような色の下着姿となる。
ふむ、潔い。そして、すごく綺麗だ。スリム過ぎず、かといってぽっちゃりでもない。大きすぎず、小さすぎず、ちょうどいい肉感とでもいうか。
おっと、いかん。俺は委員長の身体から目をそらし、扉のほうを見る。
「ちょっと! なにやってんのシボ⁉」
「ステア、私わかったのよ」
「えっ……何が……えっ……こわっ……」
「このゲームの攻略には狂いが必要なんだってことが。そして私には、それが足りなかったんだわ」
委員長の声色はほとんど確信めいたものがあった。そうか、俺は狂っていたのか。なんか、へこむ。
「あ、ヤバい。親友がラリった」
ぼそりと言うと、キサラギさんは俺のすぐ正面に肉薄する。そして、ツンっと人差し指で胸を突っつかれる。
「もう、ハヤタのせいだかんね!」
そんな憤慨するキサラギさんの肩に、委員長はポンッと手を置いて言う。
「さ、ステアも脱ぐのよ。脱いで、身軽になるの。それがきっとここの攻略の鍵なんだわ」
彼女の茶色の瞳は、もうすでにガンギマっていた。
「うへぇ。マジでぇ、ってか、シボ、目ぇバッキバキ……」
イヤそうなキサラギさんは、ビーチクと下半身にモザイクがかかった俺と、全身下着姿の委員長とを交互に見やる。
そして苦虫をかみつぶしたような顔で、ガックシとうなだれた。
かなり追い込まれているようだ。いや、俺にそんなつもりは全くないのだが。むしろ、
うーん、とうつむき加減で唸った挙句、彼女はがばっと顔を上げた。
「よし! 脱ぐか!」
委員長同様、青くガンギマった目をしたキサラギさんが、ステータス画面を操作した直後、彼女の身体からパッと銀白色の鎧が消える。
白い下着が、こぼれそうな彼女の胸を支えていた。
でっっっ! いや、大きい大きいと思っていたが、まさかこれほどとは。
眼福である。
おっと、俺はすぐに扉へと視線を向ける。
「よし、こっから先は作戦を変更する」
「わかったわ。で、私たちは何を?」
「二人とも、もう剣は装備しなくていい。わかりに盾を持ってくれ」
「オッケ。ってことは、次はハヤタが剣ってことね」
「いや、俺も盾のみで行く」
「まさかの三盾構成⁉」とキサラギさんは驚く。「って、それ大丈夫なん? いくらなんでも偏りすぎなんじゃ……」
「なにも俺たちはここを隅々まで攻略したいわけじゃない。ノーダメで、走り抜けられればそれでいいんだ」
「それも、そっか……うん、そうだね」
「そこで、今回、俺は下にいるモンスターだけに集中する。下にいるやつらをパリッて、素手の一撃で吹っ飛ばして道をつくっていくから、二人は、上から降ってくる矢を全部盾で落としてほしい」
そう伝えるも、背後にいる二人からの返事がない。それもそうか。これから先、意志のあるプレイヤーによる、意志のある攻撃が降ってくるのだ。今までの自信が揺らぐのもうなずける。
「大丈夫。二人ならできる。俺が保証するよ」
二人のこれまでのゲームプレイを見ていて、これは確信を持って言える。
二人は上手い。
だから、いくら意思のあるプレイヤーによる攻撃だろうと、彼女たちなら捌ける。
そんな俺の思いを言外に感じ取ったのか、やがて委員長の澄んだ声が聴こえてくる。
「まかせて。もう一本たりとも、ハヤタくんを射抜かせたりはしない」
ハテ、もう……とは?
あっ、
どうやら委員長はあそこで身を挺して庇ったことをえらく気にしているようだ。そんなに気にすることないのにな。
でも、まあ、そう思ってくれるのは素直に心強い。
ややあって、キサラギさんの元気な声も耳に届く。
「やっぱハヤタを拉致って正解だった。だって、こんな状況なのにもかかわらず、ちょっとわくわくしてるもん、いま」
「俺も。来てよかった」
本音を伝えると、すぐ後ろから、ふふっ、と二人で笑いあう声が聴こえる。
俺は扉へと近づくと、それを開けた。
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