:15 導女ウルスラ

 陽が落ち始めた断崖街区。

 導女ウルスラへの道すがら、今、現実世界はどうなっているのか、そして俺たちのリアルでの関係性はどういったものなのか、キサラギさんが、オグリアスにざっくりと話して聞かせた。


 今回のゲームジャックでリアルが大騒ぎになっていること。

 そしてシボシはお金持ちの子だということ。

 だから懸賞金をかけられていること。

 三人は実はリアフレで、キサラギさんが俺を拉致ってシボシを助けに来たこと、などなど。


 それらを全部聞いた上で、アグリアスは往来のど真ん中にもかかわらず呵々大笑した。


「実にハヤイヲらしい選択だな。いや、わたしも常々思っていたんだ、もしハヤイヲにフレンドがいたら、きっと仲間想いなんだろうなと。まあ、実際にはいなかったわけだが、フレンド」

「えっ、いるじゃん? 目の前にいるじゃん? 二人もいるじゃん?」


 俺は隣を歩く金髪の美人剣士に対し、激しく抗弁する。


「今回の件ではじめてなったんだろ? フレンドに」

「えっ、でもフレンドはフレンドじゃん? またの名を友達じゃん?」


 そんな俺の主張に、黒髪ロングは待ったをかける。


「ゲームのフレンドとリアルの友達はちょっと違う気がするけど」

「えっ⁉ そうなん⁉」


 委員長の冷酷な一撃は、俺のハートにクリティカルヒットした。

 泣きそうだった。否、誰もいなかったら泣いていた。確実に。

 でも、そうか、じゃあ、どん底のあれは偽りのフレンド登録だったというわけか。くそう。あのときのドキワクを返してほしい。


「でも、まあ、まさかハヤイヲがウルスラへ祈りをささげるところを拝める日が来るとはな」

「今回はパーティでのクリアを目指しているからな。万全を期すためだ」

「パーティの為ねぇ……それもまた、実におまえらしい」


 隣を歩く金髪剣士は、なぜか誇らしげにニヤついていた。わからん。こいつだけはさっぱりわからん。 

 と、オグリアスは何か思い出したのか、ハッとした表情をつくる。


「そういえば、知ってるかハヤイヲ。このサンゲリアソウルズの中で、もうここにしか導女ウルスラは残っていないらしいぞ」

「え⁉ それって――」

「ああ、ここ以外のすべてのウルスラが何者かによって殺されてしまったようだな」

「マジか……徹底してるな」


 プレイヤーをこれ以上強くしないためだろうか。はたまた呪いにかかったプレイヤーをそのままの状態にしておくためか。どちらにせよ、俺たちプレイヤーにとってかなりの損失には違いない。

 そしてプレイヤーといえば。


「そういえば、プレイヤーの姿が見えないな」

「いるよ。そこらじゅうに。隠れているだけさ」


 オグリアスは挑むような横顔で言った。まだ見ぬ猛者を想像して興奮でもしているだろうか。


「やっぱ、いるよな、ふつう」

「みんな、疑心暗鬼になっているのさ。誰が敵で、誰が味方なのか、もはや誰もわからないからね。だから出てきたくても来れないのさ」


 でも、この状況なら俺もそうする。隠れて、じっと救助を待つ。そのほうが生存確率も高くなる。なんたって命は一つしかないからな。


「わたしだってそうだ。こんな往来の中に、姿を晒したくはなかった」

「じゃあ、なんで出てきたんですか?」とキサラギさん。

「そりゃあ、ハヤイヲを見つけてしまったからね。嬉しくなって、あとはもう無意識だった」 


 導女ウルスラへの道中、キサラギさんの肘が俺の横っ腹にずびずび刺さった。彼女は肘鉄をしたのち、小さな声で囁きかけてくる。


「なに、ハヤタってオグリアスさんと知り合いだったの⁉ そゆのはもっと早く言ってよ!」

「知り合いっていうか、よくすれ違ってただけっていうか。腐れ縁? こいつも一応は俺の視聴者みたいだし」

「オグリアスさんが⁉」と委員長が声を張った。

「あ、ああ。ボス攻略で詰まったときとか、よく俺の動画を参考にしてたらしい」


 信じられないといった表情をする委員長。ウソは言ってない。前に直接、本人から聞かされたからな。おまえの動画は最優先で観てる、と。なら投げ銭しろ。


「すごいねシボ。もしかしてあれじゃない、シボの中でハヤタの株が上がったんじゃない?」


 え、うそ。そんなことで俺の株が上がるの。もしやストップ高か⁉


「べつに……それとこれとは話が別よ」


 上昇失敗⁉ なんで⁉ あれか、プレイスタイルの不一致ってやつか。なら仕方ない。どうも俺のプレイスタイルは真面目からは程遠いらしいからな。


     ★ now loading ...


 人ごみを抜けるとそこは静かな【枯れた噴水広場】だった。

 人気のない円形の広場で、真ん中に噴水があるのだが水はなくカラッカラに乾いていた。もう何年も使われなくなって久しいような雰囲気を醸し出している。


 その水の出ない噴水の前に、深緑のローブを目深にかぶった小柄の女性が立っていた。

 彼女がステータスを上げてくれるNPC、導女ウルスラだ。


 俺たち四人でぞろぞろと、彼女に歩み寄っていく。

 と、オグリアスがぴたり足を止めた。

 そして腕を伸ばして、俺たちの歩みも止める。

 見ると、彼女の横顔はまっすぐとウルスラへ向けられていた。


「殺気がするなぁ……まるで隠せていない」


 その楽しげな言葉に俺もウルスラのほうを見る。が、いつもと変わらない様子にしか見えない。水の出ない噴水があって、その前にウルスラが佇んでいて、それだけだ。プレイヤーの姿は見えない。


 そんな俺の思考を読み取ったのか、オグリアスは小声でヒントをくれる。


「見ろ、ハヤイヲ。ウルスラのうしろだ。ほら、あの噴水の囲いのところ――」


 言われて、目を凝らす。

 ん? 棒きれ……?


 石造りの噴水の囲いから、なにやら細長い棒が一本、斜めに飛び出ている。まるで忍者が水中で息をするために水面に出す竹筒のような。


 いや、違う。よく見ると、その棒きれは竹筒ではなく、剣の柄だった。

 オグリアスはニヤリと口の端を上げ、ウルスラに向かって吠えた。


「おまえら! 待ち伏せするならもっとうまくやれよ!」


 すると佇む少女の背後、飛び出ていた剣の柄がビクッと反応を示す。


 ややあって、石造りの囲いから男がおもむろに立ち上がった。

 遅れてもう一人、立ち上がる。


 両人とも、三十代の疲れ切った顔をしていた。

 なるほど見知った顔ぶれだ。


「あーっ! あいつら!」


 と、キサラギさんがPKを指さして叫ぶ。


「知り合いか」

「いいえ、ぜんぜん! だってあいつらPKですもん! 野盗窟やとうくつからずーっとあたしらを追いかけてきてる!」

「野盗窟から⁉」


 と、さすがのオグリアスも驚いたようで、瞠目どうもくしていた。


「そりゃあ、とんだストーカーだ」


 囲いの向こう、中年男性たちの悪態がここまで聴こえてくる。


「くそがっ、なんでバレたんだ」

「気配探知系の業はなかったよな? な?」


 ぶつくさ言いながらも、石造りの囲いをまたいでこちらに出てくる。

 いや、バレるよ、あれは。丸見えだったもん。


 と、今なら言えるが、俺もオグリアスのヒントがなかったらヤバかった。

 さすがはゴリラ。対人戦が得意なだけはある。


「でも、まあ、やっと追いついたぜ。このグリッチ野郎が」

「グリッチ野郎?」


 男のきった啖呵に、オグリアスは小首をかしげる。


「ああ、いや、あいつらをケツジャン透過法で撒いたんだよ。古戦場の森で。それでだと思う」

「ケツジャン透過法!」とオグリアスは興奮気味に叫ぶ。「ってことは、二人とも経験したんだな? ケツジャン透過法を」

「あたしはやりましたけど……この子はまだ……」


 とキサラギさんは委員長の細い肩に手を乗せる。 


「いいなぁ。わたしもやってみたいなぁ。ケツジャン透過法」

「あの……オグリアスさん、その、女性があまりその言葉を連呼しないほうが――」


 委員長がおずおずと進言すると、オグリアスはバツの悪そうな顔で、


「ん、ああ、それもそうだな。すまんすまん。どうもわたしはデリカシーがないみたいでな」

「もしかして」とキサラギさんはハッとした。「ゲームの上手さとデリカシーの有無って反比例してる⁉」

「ごちゃごちゃうるせーんだよ!」


 剣を背負った男の一喝で、こちらの会話が打ち切りとなった。


「おい、そこのローブの女! おまえシボシだろ! わかってんだよ!」


 びくりと肩を震わせる委員長。


「いや、もう正直に言うけどさ。オレらだって暴力沙汰はイヤだよ。でもさ、あんたが投降してくれるだけで、ここにいる全員が助かるんだ。もうそれでいいじゃねーか。な?」


 言われ、委員長の目線が気持ち下がる。何かを考えはじめたのだろう。


 そして彼女のその考えは容易に想像がつく。自分には確かに、ここにいる全員を助けられるほどの懸賞金がかけられている。目の前の男が言うように、投降すれば全員が助かるはず。

 ならば、いっそのこと――と。

 委員長ならそう考えるに違いない。

 中年ゲーマーは続ける。


「おれたちを助けると思ってよォ? たのむよ、なあ?」


 さらに委員長の視線が下がる。

 これ以上、彼女の頭に余計な考えが浮かぶ前になんとかしなくちゃな。

 そう思い、一歩を踏み出そうとした、そのときだった。

 

 短い銀髪を揺らして、キサラギさんが委員長の前に立った。


「ステア……」

「言ったでしょ? 誰のための守護騎士なんだって」


 さすがはキサラギさん。肝が据わっている。

 でも、ここは女性陣には荷が重い。俺の出番かな。まあ、皆が逃げるくらいの時間稼ぎはできるはずだ。

 キサラギさんのさらに前に、俺は歩み出る。


「ハヤタ」

「ハヤタくん……」


 異口同音に本名を呼ばれ、何かかっこいいことを言わなくちゃな、と口を開きかけた、そのときだった。


 俺のさらに前に、金髪剣士が躍り出た。


「おいおい、ハヤイヲ。おまえ、対人戦はからっきしだったろ?」

「ああ、だから、あんたに倒されたヤツから装備をかっぱらおうかと」


 オグリアスは驚きに目を丸くしてから、白い犬歯を見せて笑った。


「おまえってやつは……こんなときでもおまえなんだな。だが、そこが――」


 笑い終えると空気が変わった。歴戦の者が発する凛とした空気だ。

 オグリアスは腰にあった剣の柄に手を置くと「いいんだが」という言葉を残して消えた。


 と思ったら、たったの二歩でPKに肉薄していた。


 一閃。


 気づくと、抜身の蒼い刀身が逆袈裟に掲げられていた。

 いつ抜いたかもわからない。しかし、その攻撃が確実に二人に届いたことだけはわかる。なぜなら斬られた二人の足が地面から離れていたから。


 衝撃波でぶっ飛ぶ二人。

 がはっ、とか、くぅあ、といったうめき声を残して、二人とも囲いの向こうに消えた。

 あっという間のできごとだった。


 俺は言葉が出ない。オグリアスの戦闘は何度か見てはいたが、今回のこれは本気だとわかる。それほどの迫力があった。

 強い強いとは思っていたが、こんな強かったんだな。プレイに迷いがないというかなんというか。決して敵にはしたくないプレイヤーだ。


 さっそく委員長とキサラギさんがオグリアスのそばまで駆け寄っていった。

 そして案の定、キャピキャピと感想戦がはじまる。


「す、すっごくかっこよかったです」と顔の前で指を絡ませる委員長。

「これは惚れるわ。うん」と一人うなずくキサラギさん。

「まあ、なにごとも先手必勝だ」


 わいわいと賑やかな一団のすぐ横を通りすぎた俺は、囲いの向こうで気絶する哀れな男たちににじり寄ると、こそこそとアイテムを物色する。

 倒した相手のすぐそばで、チェックと念じれば相手のステータス画面が出現し、なんでも好きなアイテムを盗むことができた。

 の、だが……。

 

 む、むなしい……。でも、スムーズな攻略には、こういう地道な作業が大切なんだ。

 そう自分に言い聞かせながら、男のアイテム蘭を指でスクロールする。


「おっ、アサシンの短刀めっけ」


 さっそく具現化する。刃先がくいっと曲がっていて、投擲に向く武器だった。

 そういえば、しょっぱなにこいつを食らったな。あのときは、死ぬかと思ったが。二本目だけどありがたくもらっておこう。遠距離でいいダメージの出る物理攻撃手段は貴重だ。


 さあ、お次はあちらさんだ。

 と、隣を見ると、しかしそこにいたはずの気絶する男は忽然と姿を消していた。


 ――しまった。

 飛びあがるように立ち上がる。


 噴水の囲いの向こう、ウルスラの陰に隠れ、談笑する女性陣に向かって弓を構える男がいた。

 矢が向く先にはオグリアス。


 まずい! 間に合え!

 俺はちょうど手にしていた短刀を男に向かって投げる。


 ひゅひゅん、と風を斬る音がこだました。

 その音に最初に反応したのは誰あろう、談笑中のオグリアスだった。


 彼女が再び剣を抜くのと同時だった。

 どす、と男の背中に短刀が突き刺さる。


 男の手から放たれた矢がオグリアスの頬のすぐ横を突っ切っていった。

 ごふっ、と男は鮮血を吐くと、膝からくずおれた。


 ふう。なんとか間に合ったか。

 委員長とキサラギさんは何が起こったのか、いまいちわかっていないようだった。


 が、オグリアスだけはわかっていた。驚きに目を見開いている。

 その焦点が俺に合うと、彼女はようやく口を開く。


「ハヤイヲ……おまえってやつは……」

「一つ貸しだからな」

「ハハッ。また厄介なやつに貸しをつくってしまったな」


 オグリアスは楽しそうに言うと、剣を仕舞った。

 そんなやり取りをハテナ顔で見守る女子二人。そのうちの一人、ぽかんとするキサラギさんに向かって、オグリアスは楽しげに言った。


「あいつをこのゲームに誘ったのは、マスクドザザ、確かきみだったな」

「えっ……ああ、はい、あたしですけど……それが?」

「まったくたいした慧眼けいがんだよきみは。もしかすると、きみの選んだその選択肢が、わたしたち全プレイヤーを救うことになるやもしれん」

「えええっ⁉」


 驚いた同級生二人がいっせいに俺を見る。

 そしてすぐに苦笑いになる。


「救世主には……今はちょっと見えないかなぁ」とキサラギさん。


 その横で委員長も深くうなずいている。


「失敬な。これでも世界一のプレイヤーなんだぞ」


 言ってから、俺は物色していた男のステータス画面をちらりと見る。


「今は、ちょっと、その、かっぱらいみたいなことしてるけど……」


 ぶふぉ、とオグリアスが噴いた。

 やつの笑いが爆笑になるまで、それほど時間はかからなかった。

 

     ★ now loading ...


 近くで見る導女ウルスラは、額に第三の目がある色白の魔女だった。


 ラスボスである老王サンゲリアが、国中の人々を永遠に生かしたいからと撒いてしまった呪いを解いて回る、という設定の健気なごう使いの少女だ。

 ウルスラの前に立つと、彼女は三つの目すべてを使ってこちらをじっと見つめてくる。


「呪いの根源を打倒すべく呼びだされし異国の戦士達よ、よくぞ参られた。そなたらの力になれるよう日々研鑽をつんだこの魔力で――」

「筋力を15アップしてくれ」


 ウルスラの口上が終わるのを待たずに俺がそう口にした途端、横からものすごい視線を感じた。


 そちらへと顔を向けると、案の定、委員長がブスっとした顔で睨みつけていた。なんだろう、もしかして嫌われてる?


「あの……今度は何か……?」

「いえ、べつに……」ただ、と委員長は静かに言葉をつむぐ。「ウルスラの口上を遮るタイプの人なんだ、と……」

「めっ――」


 めんどくせー、という言葉が喉まで出てきたが、復活したデリカシーによってなんとか世には出なかった。

 ふう。あぶないあぶない。

 がしかし、耳ざとい彼女には通用しなかったようで、ぬっと顔を覗き込んできた。


「め? め、なに? もしかして、めんどくさい女とでも言おうとしたの?」


 委員長の厳しい追及を尻目に、導女ウルスラは淡々とステータス上昇の口上をつぶやきつつ両手を光らせはじめる。

 やがて俺の筋力の数値がぐぐーっと上昇する。


 そう、ウルスラの口上を聞こうが聞くまいが導女はステータスを上げてくれるのだ。所詮これはゲーム、そういう仕様なのだ。

 だが、たしかに視聴者の中にもいた。彼女のセリフを最後まで聞いてやれよ、という真面目なお方が。こちとら秒単位でタイムを競っているのだ、無理は言わないでほしい。


「まあまあシボ。腐ってもハヤタはRTA走者なんだよ? こういうところで一分一秒を削らないと」

「腐ってもて」


 腐ってるの俺? いちおう一生懸命生きています。


「あれだな」とオグリアスは言った。「シボシはゲーム世界にどっぷりと浸かる、ロールプレイングタイプのプレイヤーなんだな」

「……べつにそんなつもりは……そういうプレイヤーはキライですか……?」


 委員長が上目遣いで問うと、オグリアスは一度だけ首を振った。


「いんや。わたしがモロにそっち側だから見ててこそばゆくなっただけさ。同族を見ているような気がしてね」


 いやいや脳筋ゴリラ――もとい、お姉さん、あんたの影響でゲーマーになったんですよ、その娘。


 オグリアスと同じプレイスタイルと言われた委員長は頬をポッと赤らめていた。

 けっ、一生やってろ。


「でも、我を通すにはそれなりの力がいるのはいつの世も道理。弱っちいやつが吠えててもワンパンでぶっ殺されるのがサンソウという世界だからね」


 オグリアスの諭すような言葉に、二人はフンフンと肯定する。

 でも、それは、俺もそうだと思う。そしてそれは、あるいは、現実世界でも同じことが言えた。弱いやつに通せる我はない。


「そこでだ。ハヤイヲはまだ何かステを上げるのか?」

「いんや、もういらないけど」

「なら、あとは彼女たちの分だな」

「へ?」

「二人とも、残った経験値で筋力を上げられるだけ上げておけ」


 オグリアスにそう言われ、二人とも挙動不審となる。


「筋力ですか……でも、それってどうして――」と委員長。

「決まってるだろ。舐めたヤツがいたらぶっ飛ばすためだ」


 実にオグリアスらしい単純明快な答えだった。


     ★ now loading ...

 

「ここだ」


 金髪の美人騎士オグリアスに案内されたその店は、大通りに面した瀟洒な三階建ての建物で、石造りの軒先に、馬が後ろ脚だけで立っている看板がぶら提がっていた。

 そこには【いなな白馬亭はくばてい】とある。


 時刻は5時30分を少し過ぎたあたり。

 辺りはすっかり夜モードとなっており、ガス灯のやわらかな光が通りを行くNPCをぼんやりと照らしだしていた。


「シャラ―率いるレジスタンスの連中はよくここを使用している。だからここで飯でも食ってれば、ばったり会うこともあるんじゃないか」


 ぐぅう。


 飯、という言葉に反応したのか、俺と委員長、そしてキサラギさんの腹がいっせいに鳴った。そういえば、今日は朝からなにも食べていなかった。そりゃあ腹もすく。

 頬を赤らめる美少女二人に、オグリアスは豪快な笑い声をあげる。


「まだ時間的に余裕あるんだろ?」


 彼女の質問に、俺はステータス画面を呼びだしタイムを確認する。

 もうすぐゲームをはじめて、7時間が経とうとしていた。

 タイムリミットの12時間まで、まだ余裕があるといえばあるし、ないといえばない。


「ちなみに、ここのメシは死ぬほど旨いぞ」


 ごくり、とキサラギさんの喉が鳴った。

 見ると、委員長も懇願するような目で俺をじっと見つめている。

 二人の視線が両サイドから痛かった。


 正直、このまま走ってもよかった。当たり前だが、そのほうがタイムも早い。

 しかしラストに待ち受けるのがいつものラスボス老王ではないことを鑑みると、やはりレジスタンスの話も聞いておきたい。


 それに、なにより、俺もすでに脳が飯モードに入っていた。

 腹がへって死にそうだ。


「よし。ここで夕食とする」


 俺の高らかな宣言に、二人の顔がぱっと明るくなる。


「やったー!」とキサラギさん。

「断崖街区の食事、楽しみね」

「ただし30分だ。それ以上は長居しないから、そのつもりで」


 しかし、キサラギさんはじゅるりとヨダレを垂らすだけで返事がない。

 他方、委員長も舌で唇を湿らせながら店の中を窺うことに夢中で、こちらを見ようともしなかった。

 こいつら、聞いてねーな。


「では、ここでお別れだな」


 そうオグリアスが切り出すと、フードをかぶった委員長は首がねじ切れんばかりの速度で彼女を振り返った。


「えっ⁉ オグリアスさん、来ないんですか?」

「悪いが、わたしは遠慮させてもらう」

「そんな……せっかく仲良くなったのに……」とキサラギさんも残念そうに言った。

「わたしもハヤイヲ同様、ソロが好きなんでな」

「失敬な。俺はソロが好きなんじゃない。ソロ好きなんだ。そこんところよろしく」


 くすくすとオグリアスは微笑してから、ぽつりと言った。


「それに、まだ死にたくはないからな」


 その金髪剣士の意外な言葉に、委員長とキサラギさんはショックを受けたようだった。二の句が継げない様子だ。


 でも、まあ、賢明な判断だと思う。むやみやたらに動き回るより、じっとしていたほうがいいに決まってる。


 と、オグリアスは金髪の下、切れ長の目を俺に向けて言った。


「知っているかハヤイヲ。シャラ―率いるレジスタンスの第一陣は失敗に終わったらしい」

「そうなのか」

「ああ、だから、彼らと行動を共にするなら、じゅうぶんに気をつけろよ。玉座を占領しているヤツは、たぶん普通じゃない」

「だろうな」

「それもお見通しか。さすがだ」


 ニヤリ、と口の端を上げるとオグリアスは一人、雑踏のほうへと歩きはじめる。


「では、邪魔者はおいとまするとしよう」


 そのときだった。


「フッ!」


 と、大きな声がかかってオグリアスは足を止めた。何事かと振り返る。

 俺とキサラギさんも声を出した張本人に注目する。


「フレンドになって……くれませんか⁉」


 その黒髪ロングが振り絞るようにして出した大きな声に、道行くNPCも立ち止まり、なんだ、なんだ、と委員長にくぎづけとなる。


 すると、あっという間に円陣ができあがり、一種の見世物のようになった。

 まるでフラッシュモブの告白タイムみたいだ。


 ぷっ、と噴きだしたオグリアスは、やがていつもの呵々大笑をしてから、スタスタ戻ってきてそれに応じる。


「もちろんだよ。そういえば、ハヤイヲともまだだったな。どうだ? 一発」

「なんか……その言い方、エロいな」


 俺もそこではじめてやつとフレンドとなる。今日だけで三人もフレンドが増えた。ちょっと嬉しい。

 フレンド登録を滞りなく終えると、委員長がおずおずと訊いた。


「あの……メッセージとかって……送ったりしてもいいですか?」

「ああ、是非。そうだ、なんならここの店の感想を送ってくれ。シボシが美味しいと思うものがあったら、わたしもそれを頼むよ」

「はい! すぐに送ります!」  

「楽しみにしてるよ」


 そう微笑みかけると、今度こそオグリアスは雑踏に消えた。


 委員長は祈るような顔つきで、オグリアスが見えなくなるまで店の前で見送っていた。

 誰が見てもガチ恋勢のそれだった。

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