07:00 断崖街区

:14 断崖街区

 隧道を抜けるとそこは小高い丘になっていた。

 目線の少し上に太陽があり、そのすこし下に白亜の城があった。

 その城から視線をさらに下へともっていくと、城のある高台をぐるりと街がとり囲んでいた。


「あれが最後の街、断崖街区だんがいがいくだ」

「ほえぇ」とキサラギさんが声を漏らす。「めっちゃキレイ。めっちゃファンタジー。でも、なんで断崖? どこにも崖なんて見えないけど……?」

「ここからじゃ見えないけど、あの街の中心部分、城のある高台のところがぐるりと深い溝になってるんだ」

「直接、城へは行けないようになっているわけね?」と委員長。

「そう。城に行くには、街の中にあるマンホールから【地下水脈】に入って、崖の中腹にある橋まで下りてかないといけない」


 とはいえ、地下水脈は難しすぎるから今回はパスするつもりだが。

 とにかく――


「その橋を渡れば、ラスダン王の根城ねじろだ」


 俺のその言葉に、委員長はため息を落とす。


「何もしていないのに、もうそんなところまで来てしまったのね……装備もレベルも腕前も、何もかもが閾値いきちに達していないのに……」

「でも、こればっかりはしかたなくない?」とキサラギさんが語気強く言った。「シボ、狙われてるんだよ? そんな悠長なこと言ってる場合じゃなくない?」


 言われた委員長は、さすがに自覚があったのか、


「それも、そうね……ごめんなさい」


 素直に謝った。

 まあ、でも、いちゲーム好きとして委員長の気持ちは痛いほどわかる。一歩一歩攻略して、うまくなってから自分の力でたどり着きたかったはず。これではただのキャリーだもんな。

 閾値か……。


「よし」と俺は仕切り直す。「目に見える成長をするためにも、まずは【導女どうじょウルスラ】のところへ行こう」


 導女ウルスラは得た経験値と交換でステータスを上げてくれるNPCだった。


「なるほどー。ステ上げってことね」

「そう。ステータスを上げて、隧道で手に入れた装備を身につけられるようにしよう」

「それいいじゃん。サンセー。シボも、それならいいよね?」

「ええ……わかったわ」


 委員長の険しい顔がすこしほぐれたような気がした。


「あっ、でも、シボはバレないように、フードかなんかかぶってたほうがいいんじゃない?」

「だな」

「わかったわ」


 委員長はステータス画面を呼びだすと、指先でスクロール。

 と、彼女の全身の装備が一瞬にして黒の装束から、茶褐色のローブへと変わった。頭からすっぽりとかぶるポンチョタイプの装備で、全体的にのっぺりとしていて地味だった。


 なるほど【東方より来たりし賢者のローブ】か。それなら身体全体を隠せるし、変装にはもってこいだ。

 フードを目深にかぶった委員長は、黒い滝のように垂れさがった自身の髪をフードの中に仕舞いこんだ。するとほんとうに誰だかわからなくなった。


「よし、行こう」


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 断崖街区は賑やかな西洋の城塞都市といった印象を訪れる者に与えた。

 石造りの建物が隙間なく並び、そこかしこで商人が商いをしていた。


 街の中心を突っ切るように馬車が二台並走できるほどの石畳が一本通っており、そこを大勢のNPCが往来していた。ローブを纏った行商人や、巨大な斧を担いだ女戦士、全身を鎧で固めた大男などなど。彼らはすこしもぶつかることなく、スムーズな流れと心地いい喧騒を生みだしている。


「ヤバいハヤタ! 俄然RPGみが増してきたんだけど! めっちゃわくわくするんだけど!」


 きょろきょろと子どものようにはしゃぐキサラギさん。


「俺も、最初ここにたどり着いたときは興奮したな」

「やっぱり? するよね。いやぁ、これは感動だわ」


 委員長も思うところがあったのか、街の雰囲気にじっと見入っているようだった。


「サンソウは……」と委員長がようやく口を開く。「どちらかといえばダークファンタジー寄りの世界観だから、そのギャップもあいまって、感動もひとしおなのかも」


 どうやら委員長もこの賑やかな街に感動しているようだ。

 さすがは断崖街区、サンソウ唯一のオアシスと呼ばれるだけのことはある。


「よし、じゃあウルスラのところへ行く前に、さくっと買い物を済ませてしまおう」

「おっ、いいじゃん! お買い物! いこういこう!」

 

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 大通りから一本入った筋に、その商店はあった。

 両手を広げると入店できないほど狭い【崖っぷち商店】。ここはラスダン前の最後の商店ということもあって、品ぞろえが豊富で、そこらの店では見ないようなレアアイテムも取り扱っていた。


「えっ、ここ? なんていうか、ちっちゃくない?」

「ステア、見た目で判断してはダメよ。何事も、質が大事なんだから」

「うえぇ、まあ、そうだけどさぁ。入り口せまっ」


 現実世界の占い屋と見まごうほどの狭い入り口から中へ入ると、色とりどりのアイテムが俺たちを歓迎した。

 小瓶に入った怪しい液体や、禍々しい形をした刀剣、いかつい鎧の数々。それらが狭い店内に所狭しと並べられているせいか、西洋のドゥンキィホーテに迷い込んでしまったような気分になる。


「なんか……ファンタジーの中なのに、ドゥンキィにいるみたい……」


 キサラギさん、俺と同じことを思ってるな。かくいう俺も、最初にここへ来たときはその既視感からつい長居してしまって、アイテムを物色するだけで一日潰したっけ。なつかしい。


 細い通路の奥、店の最奥には大きな三角帽をかぶった老女が鎮座していた。

 占いが得意そうな彼女に話しかけるとさっそく商談がはじまる。


「よくいらしたご客人。さあ、ご用件――」

「アイテムを売りたい」


 俺は持っているアイテムのうち、いらないものを一刻も早く換金したかった。


「承知いたしました。さぁて、なにを売っていただけ――」

「これとこれ、あと、この下から全部」 


 言いながら、俺はステータス画面のアイテム蘭を次々とタップ。

 すると、指定されたアイテムが続々と消滅し、所持金の値がぐんぐん上昇した。

 いいぞ、もうちょいで目標金額だ。


「ちょちょちょ、ちょいちょいちょい!」


 キサラギさんが俺の肩をむんずと掴んで絶叫した。


「いまのって、えっ⁉ もしかして全部売っちゃった⁉」

「え、そうだけど……いらないし」

「いらっ……ないって、さぁ……あたしらそんなん知らないし……いるかもしんないじゃあん……」


 なぜかキサラギさんは泣きそうになっていた。ふぇ、と情けない音をこぼす。

 そんな彼女の頭をよしよしと撫でる委員長も、どことなく残念そうな眼差しを俺に向ける。


「必要のないもの、今後使わないであろうものは、全部お金に変えてしまうのね」


 鬼畜だわ、と、そう聞こえてきそうなほどクールな目つきだった。 

 なんだろう、俺って守銭奴なのかな。

 言い訳臭く聴こえてしまうだろうが、一応考えを吐露とろしておくか。


「この先、必要になるアイテムを買うために、もう使わないであろうアイテムを売って資金を捻出する、これもいうなればRTA走者の技……みたいなものかな」


 と、俺がアイテム蘭にあった上半身装備【蒼き血族の胸当て】をタップしようとした、そのときだった。


「それも売るの⁉」


 大きな声に思わず指が止まる。

 見ると、委員長が俺のすぐそばで、この世の終わりみたいな顔で立ちすくんでいた。


「え……いや、売るけど……この先、特に使わないし」

「お、お金が欲しいのなら私の所持金をすべて渡します。だから、それだけは取っておいてもらえないかしら」


 まるで子供が親にオモチャをねだるような上目遣いに、ドキリとする。

 にしても委員長、お金持ちなのに貧乏性なのか。あっ、もしかしてあれか、装備コレクターってやつ。確かに俺も初心者の頃、すべての装備を後生大事に持っていたっけ。   


「いや、べつに金が欲しいってわけじゃ……」

「じゃあ、なんでそんな売るのぉ?」


 ちょっとムスッとしたキサラギさんも参戦してきた。


「なんでって、そりゃ、ここにしか売ってない封域の三角錐を買うため、だけど」

「……それって隧道のボス戦で使ったやつ?」

「そう。あれはダンジョンで拾う以外はここにしか売ってないんだ。だから最低でも一つはストックしておきたい」


 封域の三角錐があるのとないのとでは、走るときの安心感が全然違った。何度あれのおかげでリカバリーできたことか。


「ちなみにあれ一個で500万エンペイする」

「500万⁉ たっか! てか、あれってそんなに高価なものだったんだ……でも、そっか、そうだよね。ディグログの吐く炎、ぜんぜん熱く感じなかったもん……そっか……500万かぁ……」


 キサラギさんはようやくアレの真の価値を知ったようだ。うむ、そうやって人は成長してゆく。 


「ハヤタくんはいま、いくらもってるの?」

「んと、いま350だから、青き血族シリーズを一個売れば届くな」

「……じゃあ、私の所持金をすべて譲渡します」


 いさぎよくそんなことを言うと委員長はステータス画面を操作。すぐに俺の所持金が上昇を開始し、あっという間に550万エンペイとなる。


「それで売らなくて済むわね?」

「ああ、じゅうぶんだ」


 委員長は安心したのか小さな吐息を漏らしていた。

 俺はさっそく封域の三角錐を購入する。


「まあ、これも、絶対必要ってわけでもないんだけど」

「えっ……」と委員長が呆けた顔で固まる。「えっ……⁉」

「いざとなったときのお守り程度だけど、ないよりマシだから」


 言った瞬間、その場の空気が凍りついた。ような気がした。

 心なしか店主のバアさんも目をひん剥いている。ような気がした。

 キサラギさんは、淡々と支払いを続ける俺と、うつむいて肩をひくひくさせる委員長とをせわしなく交互に見ていた。


 やがてゆっくりと顔を上げた委員長は、唇をぎゅっと噛みしめ、今にも泣きそうな顔になっていた。あーあ、可愛い顔がだいなしだ。


 でも、なんでそんな泣きそうなんだろう。

 あ、そっか、買い物も済んだことだし、早くウルスラのところに行きたいのか。

 ならそう言ってくれればいいのに。


「よし、買い物も終わったし、ウルスラのところへ行こう」

「えっ⁉ もう⁉」


 キサラギさんが驚いたような声を出した。


「…………まだ何も見てない」と委員長はぼそりとこぼす。 


 二人ともが冷酷な機械を見るような目で俺に訴えてきた。


「えっ、でも、もうここには必要なもんはないから」

「そ、そりゃあハヤタはね⁉ あたしたちは初見なんだよ? 初見。こう見えて、今すっごいわくわくしてるんだから」

「ねえ、ハヤタくん」

「はい」


 委員長の改まった言い方に、すこし背筋が伸びる。


「わがままは承知の上で、その、お願いがあるんだけど。もうすこし、ここのアイテムが見たいから……もうちょっとだけ、ダメかしら」


 先ほどまでの悔しそうな顔とは一転、モジモジする委員長は、しかしその態度とは裏腹に目をキラキラさせていた。ほんとうにオモチャコーナーにいる子供みたいだ。


 まあ、そうなるか。ラスダン手前の最後の店だもんな。

 俺はステータス画面を出す。現在のプレイ時間は6時間を少し超えたところだった。


「まあ、あと9分だけなら」

「9分ね。ありがとう、大切に使わせてもらうわ」

「お、おおん」


 委員長の顔がパッと明るくなる。さすがヒエラルキー最上位、可愛さが上限を突破していた。


 俺はキャッキャとはしゃぐ二人を置いて店を出る。

 そして店の反対側の壁にもたれて天を仰いだ。もうここからは太陽が見えない。見えるのは青い空と、そこを気持ちよさげに流れる雲の一団だけ。

 

 ふぅ、と息を一つ吐く。なんか、引率の先生みたいだな。

 はじめてのパーティは楽しくもあり、勝手がわからない分、しんどくもあった。

 でも、まあ、今のところは楽しさが勝ってるか。

 

 もうすぐ陽が落ちるな。


     ★ now loading ...

 

「いや、おっっそ!」


 委員長とキサラギさんに与えた9分は、2分前に過ぎていた。

 相変わらず商店の前は、うらぶれた路地にもかかわらずNPCの往来が途切れることはなかった。


「やっぱり9分は与えすぎたか……7分、いや6分でよかったか……」


 どこかで女性の買い物は長いと聞いたことがあったが、まさかここまでとは。

 とはいえ、それを指摘することはできない。指摘したが最後、烈火のごとく逆ギレされる、とネットの掲示板で見たことがあった。

 正論に対してキレられるとか意味がわからない。


 ん? 待てよ。女の子の買い物を文句も言わず、ただひたすらに待つ男。物静かで、柔和な笑みをたたえたナイスガイ。

 それってもう彼氏なのでは?


 え、ちょっと待って。

 俺はもう二人の彼氏のようなものなのでは。

 やばい。そういうことだったのか。


 思わぬ結論に至ったことで、つい口角が上がってしまう。

 と、そこへハスキーな女性の声がかかる。


「あれハヤイヲ? ハヤイヲじゃないか。なんだ、ニヤニヤして気持ち悪い」


 声のしたほうを見る。

 と、そこに居たのは見慣れぬ女性剣士だった。


 年は二十四、五かくらいか。金髪のショートで、気の強そうな切れ長の目をしている。全身を青の装備で統一しており、ぱっくりと割れた胸元からあふれんばかりのバストが顔をのぞかせていた。

 この装備、エロ……もとい、蒼き血族シリーズか。ということは上級者と見ていい。


 そして、彼女はどうやら俺のことを知っているらしかった。

 はて、どこかで会ったような……まったく知らないような……。


「え、と……どちらさまで?」

「えっ、おいおい。ひどいじゃないか。何度も喋ったことあるだろ」


 と、女性はそこまで言ってから、自身のキャラクリが解消されていることに気づいたのか。


「ん? ああ、そうか、いまはキャラクリが消えて、容姿が現実準拠になっているんだったな。これは失敬」


 そう言って女性は居ずまいを正すと、あらためて自分の名を名乗った。


「わたしだ。オグリアスだよ」

「オグリアス……って、あのオグリアス⁉ って、あんた、日本人だったのか⁉」


 俺はてっきり欧米のプレイヤーだとばかり思っていた。普段のオグリアスは、金髪のロングをなびかせる西洋人のような風貌をしていた。

 が、いま目の前にいるのは、バリバリのアジア人だ。まあ、美人には変わりないが。


「なにをいまさら……というかこっちこそ、服を着ているハヤイヲなんてはじめて見たぞ」

「そんな、ひとをヘンタイ紳士みたいに言うな」

「いやいや。あんたはヘンタイだぞ⁉ ヘンタイアワード三年連続受賞者だぞ⁉」

「いや、そんなアワードはない。ないよね?」

「いや、知りませんけど……」


 通りすがりの男性騎士NPCを困らせてしまった。もうしわけない。

 オグリアスはひとしきり呵々かか大笑たいしょうすると、ふと真顔になって言った。


「というか、おまえもゲームジャックに巻き込まれていたんだな。さすがというかなんというか」

「いや、俺は巻き込まれ組じゃない。あとから入った組だ」

「は?」


 彼女は目を丸くした。驚くのも無理はない。デスゲームと化しているようなイカれたゲームに自ら入るようなバカはいない。

 俺をのぞいて。


「彼女たちに頼まれたんだ。一緒にゲームしてくれってな」


 顎でくいっと指した先には、狭い店内で買い物を楽しむ美少女が二人。


「ハア⁉」とオグリアスはとびきり驚いてから、「か、可愛いじゃないか……」


 錆びたゼンマイ式のオモチャのごとくゆっくりと俺へと視線を戻す。


「というか、ハヤイヲ、おまえ……一緒にゲームするフレンドなんていたんだな……」

「失敬な……。でも、まあ彼女たちはフレンドというか……な?」


 皆まで言わすな。そんな目でアグリアスをちらりと見やる。


「なにが、な⁉ いまのはなんの、な⁉」


 腐れ縁プレイヤーとたわいもない会話を楽しんでいると、ようやく買い物を終えた二人が店から出てくる。

 信じられないことに、委員長の手には抹茶ソフトクリームが握られており、キサラギさんは真っ白なバニラソフトをぺろぺろと舐めていた。


 4分52秒遅刻をした二人は、俺が女性プレイヤーと談笑しているのが珍しかったのだろう、宇宙人を目撃したかのような顔でフリーズした。


「あれ、ハヤタ……じゃなかった、ハヤイヲ。その人、知り合い?」


 キサラギさんが珍しく俺をプレイヤー名で呼ぶ。他プレイヤーがいるからか。さすがキサラギさん、デリカシーが生きているな。


「ああ、これ、オグリアスだよ」

「これて」


 オグリアスは端的にツッコむ。 

 直後、ぺちゃり、と食べかけのソフトが石畳に落っこちてしまった。


 もちろん、それは抹茶ソフトで、落としたのは委員長だった。

 それを見たオグリアスが残念そうにつぶやく。


「あーあ。もったいない」


 だが、そんなオグリアスの声は、委員長の耳には届いていないようだった。


「うそ……オグリアス、さん……?」

「マジで⁉」とキサラギさんも驚く。「うーわ、生で見ちゃった……」

「えっと、確認なんだが、キミたちはハヤイヲのフレンドさんたち、でいいんだよな?」

「ですです。はじめまして、あたしはマスクドザザ。生業は守護騎士です。で、こっちが――」


 言いかけて、キサラギさんは言葉を詰まらせる。懸賞金のかかった親友を紹介していいものか迷ったのだろう。


 そんな親友の逡巡の甲斐もむなしく、委員長はかぶっていたフードをたぐり上げ、いとも簡単に素顔を晒してしまった。

 黒のロングを解放した委員長は薄茶色の瞳でオグリアスをじっと見つめる。


「シボシです。貴女あなたと同じ業深き剣士の」


 憧れが止まらなかったのだろう、委員長はあっさりと素性をバラしてしまった。


「ん? シボシ……それって……」


 さすがはオグリアス、すぐにピンと来たようだ。

 そう、おまえの目の前にいるのは、この街が丸ごと買えてしまうような懸賞金のかかった少女だ。さあ、どうする?


 対峙する委員長は固唾を飲んだ表情だった。

 キサラギさんもバツの悪そうな顔で、視線をオグリアスと委員長にいったり来たりさせていた。    

 俺も、いつでも対応できるよう、短刀を出して腰に装備。成り行きを見守る。


 すると、オグリアスは委員長にまっすぐ歩み寄ると、彼女に向かってそっと手を伸ばしはじめた。

 驚いた……おまえもそっち側の人間なのか。

 残念だ。あんたとはウマが合うと思ってたんだけどな。


 そんなことを考えつつ俺は短刀の柄を掴む。

 と、オグリアスの手は委員長の小さな顔を素通りし、彼女がたくし上げたフードを掴んだ。

 そして、それをやさしく元あった場所にかぶせて言った。


「そんなに怖い顔をしないでくれ。美少女が台無しだ」


 オグリアスは柔らかい口調で続ける。


「何か、ただならぬ事態に身を置いているということはわかった。安心しろ。わたしは金には興味ない」


 フードを目深にかぶせられた委員長の肩がぴくぴくしている。かがんで彼女の顔をのぞき込むと、口角が上下にひくひくしていた。

 わ、笑っている……のか?


 俺が言うのもなんだが、なかなかにきしょい笑みだ。まあ、でも気持ちはわからんでもない。ずっと憧れていた人にとろけるような甘い言葉をかけられたのだ、そうなるのも仕方がない。


 キサラギさんも今や目がハートになっていた。けっ。どいつもこいつも。

 モテモテ状態の女剣士が、さてと、と仕切り直す。


「それで、ハヤイヲ。おまえは、これからどうするつもりなんだ?」

「そうだな、買い物も終わったし、今からウルスラのとこにいってステ上げかな」

「ステ上げ? おまえが? しょっちゅうレベル3のすっぽんぽんで走り回ってたじゃないか」

「今回は隧道で極黒シリーズを手に入れたからな。それを持てるくらいにはしようかと」

「なんだよ、新しいルートでも開拓する気か。面白そうじゃないか。わたしもついてっていいか?」

「えっ、だるっ。べつにいいよ来なくて。見せるようなもんじゃ――」


 ドス、とキサラギさんの肘鉄が横っ腹に入る。


「なぶゅ」


 息が止まり、言葉が出ない。

 肘鉄を笑顔でなかったことにしたキサラギさんは、ぽかんとするオグリアスに向かって、


「ぜひぜひー」


 と、とびっきりの笑顔で同行を促す。

 もちろん隣にいた委員長もヘドバンのごとくふんふんと首を縦に振っていた。


「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」


 わからない。そうまでして一緒に居たいものかね。こいつ、中身ゴリラだぞ。

 まあ、ともかく。導女ウルスラのところまでアグリアスが同行することとなった。

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