:12 発火する悪鬼ディグログ

 きらきらと光る宝箱に後ろ髪をひかれつつも、俺たちはトンネルを疾走する。

 落ちれば針のむしろになるような飛び石地帯を、俺を先頭にぴょんぴょんと飛んで渡る。

 そして岩盤を削りだしてできたような細い橋梁の上を、ワーキャー言いながらも全力で走る。

 とにかく、スタミナ管理をしながら、俺たちは走りに走った。

 

 そうして、ようやくボス部屋の手前の空間にたどり着くことができた。

 そこはこじんまりとした岩の部屋で、真っ二つに割れた壁の隙間から、ちらりとボスがうかがえた。


 が、委員長とキサラギさんの二人はそれどころではなかった。膝に手をつき、身体全体でぜいぜいと息をしている。さすがにスタミナ管理を完璧にこなすことはできなかったか。まあ、こればっかりは場数がものをいうからな。


「あれが……ここのボスね」と黒髪を垂らす委員長。

「ああ。隧道の主【発火する悪鬼あっきディグログ】だ」


 ここのボスを一言でいうなら、巨大な、ビルほどもある黒鬼だった。

 遥か上、やつの頭部には二本の巨大な角がはえており、裂けそうなほど大きな口からは鋭い牙がつららの如く垂れさがっている。両手には鍾乳石と見まごうほど巨大なこん棒を携えており、侵入者を圧殺せんと待ち構えていた。


「あれは……さすがに無理じゃない?」


 とキサラギさん。初見は誰でもそう思う。かくいう俺も、初めてやつと対峙したときは足がすくんで動けなかった。


「あいつをちゃんと倒すなるとかなりの知識がいる。まずヤツの攻撃パターンは全部で12種類。そのどれもが広範囲で、どれもが即死級の威力がある。上級者でも心が折れる相手だ」

「そんなんを相手に、ハヤタはまたその格好でいくの?」

「もちろん、できうるかぎりの準備はする。なんたって今回はノーダメで倒さないとだから」


 とはいってもあまりすることはないのだが。しいて言うなら、戦う前に少しだけこちらを有利にすることくらいか。


「そこで、委員長」

「はい」

「ちょっと持ち物を見せてもらっていいかな」

「それは、ええ。べつにかまわないけど」


 委員長の道具リストに【毒団子】があった。ありがたく使わせてもらおう。


「この毒団子、もらっていい?」

「え、ええ。べつにかまわないけど……戦闘中、それを使用するのね」


 いや今だけど、と言って俺は足元を見ながらしるしを探す。


「あった、ここだ」


 端っこが欠けたタイルの上に立つと、団子を投げるべく俺は振りかぶった。

 不思議そうな顔をする二人を横目に、俺は天井に向かって思いきり団子を投げる。


「えっ、ちょっ、いま⁉」

「そんなところから投げて当たるの⁉」


 二人の疑問をよそに、毒団子は放物線を描いてボスのフロアへと消えた。

 しばらくすると、遠目に、黒鬼の頭上にぽわぽわと緑色の泡が発生しているのが見えた。


「よし、毒った」


 バトル開始にならないぎりぎりの場所からの遠投。それによる、戦う前からの毒投与。何度も試行錯誤をして見つけた技だった。


「なんか……すごいというか、せこいというか……」


 委員長は呆れた様子でそう言った。

 そうかな? 俺は立派な戦略だと思うけど。


「あとは……そうだな。二人とも、【封域ふういき三角錐さんかくすい】は持ってる?」

「それなら私が。一つだけ持ってるわ」

「よし、じゃあ。戦いがはじまったらすぐに封域を展開して、その中に入ってくれ」

「わかったわ。でも封域はたしかに無敵だけど、中からは何もできないわよ? あれは外からの攻撃をすべてシャットアウトするだけのものだから」

「ああ、それでいい。ヤツの吐く炎にまきこまれたら一発アウトだから。だから二人は封域の中に避難していてくれ。さっきも言ったけど戦うのは俺一人だ」

「私たちは足手まといということね」

「シ、シボ……」


 まあ、はっきり言ってしまえばそのとおりだ。が、いまの俺にはデリカシーが生きているからな。思っても口にしない。


「んじゃ、行ってくる」

「ハヤタもテンション! コンビニ行くんじゃないんだから!」


     ★ now loading ...


 隧道のボスエリア。

 そこは地下深くにあるはずにもかかわらず、まるでパルテノン神殿にいるかのような錯覚を覚える。それほどに荘厳な空間だった。

 丸みのある石柱が高層ビルのごとく天に伸び、等間隔に天蓋を支えていた。


 その柱の列のど真ん中を、俺は全力で走る。

 するとすぐにディグログの鋭い眼光が俺を捉えた。


 まずはこん棒による一撃が選択されたようだ。

 大上段から振り下ろされるその攻撃は、まるでタワーマンションがこちらに向かって倒壊するかのような迫力があった。

 いつ見てもすごいな。この一撃に何度ぺしゃんこにされたことか。


 俺はヤツの初撃を、斜め前方へのローリングで回避。

 直後、こん棒が大地を穿つ。

 ドォン、と空間全体が振動。


 もうもうと立ち込める煙の中、ディグログの眼光を頼りに、俺は地面を蹴って走る。


「ハヤターッ!」


 キサラギさんの悲鳴にも似た叫び声が耳に届く。

 大丈夫。いまのところ、やつはデレてる。


 もうもうと立ち込める煙を抜けると、黒い絶壁のようなディグログの脚が見えた。

 よし、なんとか潜り込めた。

 と思った、そのときだった。


 待っていたと言わんばかりに悪鬼は肺いっぱいに空気を吸い込むと――

 やっぱ、そうくるよな。


 俺はピタリと足を止めると、全神経をヤツの大きな口に集中させる。

 ディグログは耳をつんざく雄たけびとともに、足元に向かって火炎を吐いた。


 赤い滝のような炎が地面にぶつかると、それは瞬く間に放射状に広がる。まるで業火の津波だ。

 背丈をゆうに超える炎の壁が眼前に迫りくる。


 が、俺は落ち着いて、炎の壁の薄くなったところを見つける。

 そしてそこに向かって頭からダイブ。


 よし、一つ目の壁は越えた。次だ。

 ディグログの吐く火炎は二波、三波、と波状攻撃になっていた。

 

 そのどれもを、イルカショーの如くローリングで回避。

 すべてを避けきったところで、俺ははじめて後ろを振り返った。

 というのも、この火炎はフロア全体にいきわたるため、逃げ場がない。よって、もし、二人が巻き込まれていたら……。


 と、ボスエリアの入り口付近に、グレーのピラミッドがにょきっとはえていた。

 目を凝らすと、それは半透明になっていて、その薄い壁の中に二人の少女が立っているのが見て取れた。


 半透明の三角錐の中で、委員長とキサラギさんは肩を寄せ合い、心配そうにこちらをじっと見つめている。


 ほっとため息が漏れる。

 どうやら無事、火炎津波は乗り越えたようだ。 


 振り返ると、ありったけの火炎を吐き終え、しばしの休息モーションに入ったディグログ。巨大な山がぜぃぜぃと息を切らしていた。


 その隙を逃すわけもなく、俺は、ヤツの巨大なくるぶしに向かって命に届きうる一撃を選択。もちろん武器は素手、すなわち正拳突きだ。

 ダメージはほぼ入らない。

 が、肝心なのは、もちろんノックバックの有無だった。


 ズドン、とヤツのくるぶしに拳が突き刺さる。

 ぐぅおおおぅ、と、うめき声があがると同時、どどん、どどん、と大地が間欠的に揺れた。

 ディグログが数歩よろめいたのだ。


 そう、こんな巨体ですら、ノックバックは有効だった。 

 そして静止したディグログの向こう、すこし先に石柱がそびえている。

 あそこまでこいつを運べば、俺の勝ちだった。


 しかし、スイッチの入ったディグログの猛攻は、ここから苛烈さを増していく。

 大地をドラムに見立て、こん棒でやたらめったらに演奏する、殴打奏法。

 アトランダムに吹きつけられる火炎の津波。

 天蓋近くまで跳躍したかと思いきや、重力のままに落下、四方八方に衝撃波をまき散らす、鬼の駄々っ子。

 などなど。


 それらを丁寧に避けては、地道に、足元にクリティカルを叩きこんでいく。


 はじめてここを訪れる冒険者たちは、いずれの攻撃も圧倒されるばかりで、回避すらできず、ぶっ殺されていくことだろう。

 かつては俺もそうだった。

 幾度となく轢殺れきさつされ、幾度となく焼死体となった。


 だが、すべてが無理筋に見えるヤツの攻撃も、落ち着いて見ればちゃんと抜け穴があることがわかる。

 それを知った当時の俺は俄然、燃えた。


 それからだ、ヤツのすべての攻撃とその抜け道を脳と身体に叩き込む日々が始まったのは。

 そして、いつしか俺は、こいつをノーダメージで討伐できるようになっていた。

 今ではそれがさらに進化。RTA走者仕様の時短レシピを取り揃えるまでになっていた。


 具体的に言うなら、今のこの状況。

 すでにディグログは俺の幾度とないクリティカル攻撃により、石柱とピッタリ背中合わせになっていた。もう後ろによろめくスペースすらない。よって、これ以上のノックバックは意味がない。


 と、一般人パンピーならそう思うだろう。

 が、ここでもう一撃ノックバックを食らわせるのがRTA走者という人種だった。


 俺は、ヤツ最強の攻撃、燃えるこん棒の二重奏を半身になるだけで躱す。

 そして轟音と高熱が渦巻くボスの足元で、ぎゅっと拳を握り締める。


 「これで最後だ!」


 ズドン!


 何度目のクリティカルだったか、巨躯の黒鬼がドンドンとその場で足踏みをする。

 と、すぐ後ろ、巨大な柱になかば吸い込まれるようにボスの身体がわずかに浮上。そのままにゅるっと柱に飲み込まれてしまった。

 かくして石柱とディグログの融合体は完成。

 再び、ボスエリアに静寂が戻ってくる。


「ふう。終わったかな」


 とは言っても、柱の中でボスは元気に動いているのだが……。

 柱の中のディグログは、そこから出たいのか出たくないのかよくわからない動きを延々と繰り返していた。まあ、ただの歩きモーションなんだけど……。


 そんな奇妙なブツを背に、俺は二人のほうを振り返って言った。


「とりあえず終わったから、もう出てきていいよ」 

   

     ★ now loading ...


「ハメたの⁉」


 キサラギさんの口からエロそうな響きが飛び出たので、俺は聞こえなかったふりをして再度訊きなおす。


「えっ、いまなんて?」

「えっ……ハメたの? って訊いたんだけど……ってか、さすがに聞こえてたでしょ、めっちゃ声大きかったし」


 ふむ。今の音声を脳内フォルダに永久に記憶しておかねば。


 そんな俺のゲスい思考を瞬時に見抜いたのか、さきほどまで羨望の眼差しをくれていた委員長が一転、ゴミを見るような目で俺を睨んできた。

 まずい。このままでは俺の信用が失墜しかねない。

 俺はさらりと話題をボスへと戻す。


「そう、ハメた。柱とぴったり隣接するボスをさらに素手で殴り飛ばしたら、こうやって柱にめり込んでハマるんだ」


 石柱の中で蠢くディグログを三人で見上げる。

 自分でつくっといて言うのもなんだが、なかなかにキモい絵面だ。柱の中のディグログは歩くモーションをしているようだが、まるで出られる気配がない。柱という牢獄にがっちり捕らえられていた。


「あとは煮るなり焼くなり、俺たちの自由ってわけ」


 しばらくうごめく柱を見上げていたキサラギさんが、はたと思い出したように訊いてくる。


「てか、ハヤタ。あんた、大丈夫なの? 遠くから見てても、引くほどえぐい攻撃ばっかにみえたけど……」

「ああ、大丈夫。ダメージはない」


 俺のノーダメ宣言に、キサラギさんはもとより、委員長も言葉を失っているようだった。


「あんな猛攻で無傷とか……やっぱハヤタって人間辞めてんね」

「いやぁ、それほどでも……」

「いや、褒めて……るか。うん、褒めてるよ」

「お、おおん」


 褒められてしまった。眉尻が下がる。

 が、すぐにまた眉尻を上げないといけない。なぜなら――


「でも、まだ終わってない。こいつを倒すという大仕事が残ってる」


 巨大な壁のような足が前へ後ろへとピストン運動を繰り返していた。その足をこれからみんなでチクチク攻撃して、なんとかこいつを倒さなければならない。


「でもこれって……やっぱりシステムのバグということになるのかしら?」

「みたいだな。最初に見つけたときは一人で爆笑したけど」


 半笑いで答える俺に、委員長は正気を疑うような目を向ける。    


「見つけた? あなたが?」

「ああ、うん。そうだけど」

「どうやって?」

「え、どうやってって……最初はボスを柱に追い込めば楽かなって思ってたんだけど、そういえば、もう一発入れればどうなるんだろうって、それでやってみたらこうなった……かな」


 今度は、呆れと尊敬が入り混じったような目で見られる。


「すっご……」とキサラギさんはつぶやく。「でもさ、これってみんなに知られてないもんなの? こんなことが低レベルでも出来ちゃうんなら、みんなやっちゃうんじゃない?」

「どうだろ。知らない人のほうが多いんじゃないかな。サンソウは配信はオッケーだけど、攻略サイトは基本、作成禁止だし、自前の情報秘匿部隊もかなりの数がSNSに常駐してるみたいだし。それに、なにより、誰もこいつと素手で殴り合おうなんて思わないんじゃないかな」

「言われてみたら……そうかも」


 配信も、RTA部門はどちらかといえば下火で、俺みたいなアクロバティックな攻略をげらげらと笑ってくれる客層は、存外少ない。それでも中堅なんだから、もっと褒められてしかるべきだ。


「でも、間違いなくRTA走者はみんな知ってると思う」


 じゃないとこいつと数時間、ヘタをすると数十時間バトルをしないといけない羽目になる。そんなの、かったるいことこの上ない。ただでさえ、こいつのHPは十万を超えているのだ。あの猛攻の隙を縫って、ちまちまと攻撃していたのでは日が暮れてしまう。


 見ると、委員長は柱に埋もれるボスをじっと眺めていた。何か思うところがあるのだろう。

 さて、今回のこれを彼女はどう結論づけるかな。


 この状態は確かにシステムのバグで、勝ったも同然なのだが、ここにもっていくまでには何百、何千というディグログとのバトルの蓄積があってこそだった。


 事実、俺はヤツの攻撃をすべてノーダメージで避けた。

 避けられるだけの知識とテクがあった。そして、それらを駆使してバグへともっていったわけだが。

 まあ、委員長にしたら、それでもズルはズルか。最終的にはハメたんだもんな。


「よし、じゃあ、さっさと倒して経験値に変えてしまおう」 


 呆然と突っ立つ委員長の横を通りすぎると、俺は柱からはみ出たディグログのくるぶしをしばきはじめる。一発殴ると、ごいん、と硬いゴムのような感触が拳に伝わってくる。これをスタミナ管理をしながら延々と続ける。なかなか根気のいる作業だ。


「そーいうことなら、あたしも手伝う!」


 キサラギさんは腰にあった長剣【聖銀の一振ひとふり】を引き抜くと、俺の隣で元気にくるぶしをイジめはじめる。

 いいぞ。いつもの孤独な作業とは違い、今回は二馬力だ。

 さあ、無防備なボスをしばけ! しばき倒すのだ! フハハハッ!


「ねえ」

「ん?」


 しばきハイになっていた俺に、委員長がなにやら神妙な面持ちで声をかけてくる。  


「いまこそ大爆発の業を使うべきじゃないかしら。ほら、ここは空間的にも余裕があるし」


 委員長はそわそわとして落ち着かず、その目は攻撃したい欲にまみれ、ぎらぎらと輝いていた。この人、意外と脳筋なのかもしれない。


「あー、いや、それだけはオススメできない」

「どうして?」

「あんなもんぶっ放したら、ディグログの位置が変わってしまう。そんなことになったら――」

「また、あの猛攻がぶり返されるというわけね」

「そ、だからこうしてチマチマと、くるぶしを物理でしばくしかない」


 くるぶしをしばきながらも俺は、委員長の言うことも一理あるなと思いはじめる。


「ふむ……でも、たしかに、このままチマチマとくるぶしをしばいても、倒すのに2時間はかかるな」

「2時間も⁉」とキサラギさんが驚いた声を出す。「どんなけ体力あんのよ……このくるぶしオバケ……」


 ごめんなディグログ。俺のせいでお前の本体がくるぶしになってしまった。


「てか、そういえばハヤタって、いつもはソロなんだっけ?」


 キサラギさんが気づいてはいけないことに気づく。

 まったく……これだから勘のいいギャルは嫌いだよ。


「はい。このルートを選ぶときはいつも一人で4時間ほどこいつをしばいてますが、なにか?」

「4時かっ……やっぱハヤタって人間辞めてんね」

「それは褒めてるんですか? けなしてるんですか?」

「ハハッ、褒めてる褒めてる。もちろん褒めてるよぉ」


 なんか笑い方がぎこちないが、まあ褒めてるなら許そう。俺は寛大なのだ。

 でも、そうか。今回はパーティを組んでいるんだった。

 だったら、あのテクが使えそうだな。


「委員長」

「はい?」

ごうが使える生業がパーティにいる場合にのみ、つかえる時短テクがあるんだけど……」


 お伺いを立てる。まあ、これはRTA走者だけが使うテクというわけではないのだが、時短にはもってこいだ。


「私にできることがあるなら何でもするわ」


 どうやら委員長も乗り気のようだ。


「オーケー。じゃあ一つ。【狂気への渇望かつぼう】はもう覚えた?」

「え、ええ。そのごうなら覚えているけど、でも、あれは業を使ってくる敵にかける、デバフ型の業だと思うけど」

「たしかに、そういう使い方が一般的だな」

「あれだっけ」とキサラギさんも会話に加わる。「かけられた相手が狂人化して、物理攻撃しかできなくなるっていう」


 彼女の言うとおり、そういう業だった。つまるところ、業使いを封ずる混乱系の業というわけだ。


「そう。それを俺にかけてほしいんだ」

「ええっ⁉ そんなことできんの⁉」とキサラギさん。

「できる。実はあれは敵だけじゃなく、味方にもかけられるんだ。なんなら自分にだってかけられる」

「そうだったんだ……知らなかった……」

「たしかに……試したことはなかったわね……」   


 放心状態の委員長に向けて俺は、今回のこのテクで一番重要な部分を伝えるべく口を開く。


「そのかわり、注意事項が一つ」

「狂人化ね」


 さすがは委員長、鋭い。


「ああ。狂気への渇望をかけられた者は、バーサーカーとなって攻撃力が爆発的に上昇する反面、何も考えられなくなる」

「それは、そうでしょうね。そういう業だもの」

「だから第一目標であるディグログを倒したら、次は二人を殺しに行くと思うから――」

「えっ」とキサラギさんの声。「それって……」

「同士討ちがはじまるということね。ハヤタくんの意思に関係なく」

「そ。だから、もしそうなったら素早く俺を気絶させてほしい」

「気絶って……」と委員長が口の中で言った。「そんなことが可能なの?」

「できる。人型の敵に対して、武器を持たずに素手でバックスタブを取りにいったら、自然とバックチョークになるから、そのまま締め続けて、俺が泡を吹くモーションに入ったらすぐに手を離してほしい。そしたら、死なずに気絶判定になる」


 俺の説明を最後まで黙って聞いていた二人は、感心したように吐息を漏らした。


「そんなことができたんだ……」とキサラギさん。

「わ、わかったわ」


 さっそく委員長は両手の指を絡ませ祈りの態勢に入る。

 集中しはじめた彼女に向かって、俺は最後に一言だけつけ加える。


「くれぐれもそのまま殺さないようお願いします」

「善処するわ」


 ぼそりといって委員長は目を閉じ、おごそかに業の詠唱をはじめる。


「狂いは人の本質なり。狂え。そして夢見心地で牙を振るえ――狂気への渇望」


 開かれた委員長の手が電球でも仕込んでいるかの如く、ぱっと赤色に染まる。

 それはまるで真っ赤な薔薇の開花する瞬間を眺めているような……甘い……香りが…………。


 そこで俺の意識はぷつりと途絶えた。

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