:10 フレンド登録
「そう言えばさ、あたしら、まだフレンド登録してなくない?」
「フッ――」
考えてもみなかったキサラギさんの言葉に、思わず声が漏れる。
フレンド登録。それは憧れの響き。いつかはやってみたいなと思いながらも、でも俺には縁がないんだろうなと諦めていた伝説のイベント。
真っ昼間の谷底、どん底はポカポカ陽気に包まれていた。
「ね、いいじゃん?」
くるりと振り返り、起用に後ろ歩きをはじめるキサラギさん。
もちろん、俺に否やはない。いつでも大歓迎だ。
「あ、歩きながらでもいいなら」
ほんと……一回死なないと、この
「シボは? ね、いいでしょ?」
「それが攻略のためになるなら……喜んで」
俺から五人分くらい間隔をあけて隣を歩く委員長の横顔は、その言葉とは裏腹に、喜んでいるようには見えなかった。ただ、じっと前方を見つめるのみ。
まあ、当たり前か。クラスで一番の陰キャとフレンドになって喜ぶ女子はいない。
「オッケー。じゃあ決まりね。はい、みんな、ステータス出してー」
俺は歩きながらもステータス画面を操作。会ったことのあるプレイヤー一覧からシボシとマスクドザザをタップし、フレンド申請を送った。
と、ピポン♪ と二人のステータス画面にメッセの着信音が鳴る。
ほぼ同時に、俺のところにも二人からのフレンド申請が届く。
『二人からの申請を許諾しますか? 【YES】or【NO】』
胸がドキドキする。緊張の一瞬だった。
俺はなんてことない表情を心がけながらも、ブルブル震える指でYESをタップ。
ポロン♪
うお、すごい。フレンド欄に二人の名前が記載された。
は……はじめて見た……フレンド欄って飾りじゃなかったんだ。
すると、離れたところから澄み切った声が届く。
「
「あ、早田モハヤです。こちらこそよろしくお願いします」
そんな俺たちの他人行儀な挨拶に、前を歩くキサラギさんがハハハッと苦笑する。
「いまさらぁ~……なんかリーマンどうしで名刺交換してるみたい――って、ちょっと待って! ハヤタって下の名前じゃなかったの⁉」
キサラギさんは後ろ歩きをしながら、唐突に驚いたような声を出す。何をいまさら。
「ハヤタは苗字だけど……?」
「うっそ……あたしてっきり下の名前だと思ってた」
「いや、毎日うしろにプリント回してくれてたよね。そこにおもいっきり書いてあったけど……フルネーム」
「いやー見てなかったわー。ごめんごめん」
と、キサラギさんはキューティクルのある銀髪の後頭部をぽりぽりする。
「でもさ、モハヤって言いにくくない? だから、あたしはこれからもハヤタでいかしてもらおっ」
苗字呼びか。ふむ。まんざらでもない。
「シボはどうする? ハヤタの呼び方、って、そいえば、二人って喋ったこととかあるんだっけ?」
「ないわね」
考える間もなく、委員長は興味なさげに言った。
「そっ、そういえばハヤタってふだん誰と仲良いんだっけ?」
キサラギさん……その質問は……。たしかに俺のデリカシーは死んでいるかもしれない。でも、キサラギさんのもそうとう死にかけてはいまいか。
とにかく俺は自身の名誉とかプライドとかそういったものを取り繕うために、脳の回転数を上げた。
「と、友達は、その……クラスにはあんま……いないっていうか少ないっていうか、いないに等しいっていうか……でも、まあ配信してるときは……その……結構な人だかりができるから、その人たちを友達の類型としてカウントしてもいいなら――」
「そかそか。ハヤタはいん――大人しい系キャラだもんね」
「いま陰キャって言おうとした? ぜったい陰キャって言おうとしたよね?」
キサラギさんは俺の追及から逃れるように、手をひらひらさせながら言った。
「こらこら、あんま追求しない。女の子に嫌われるゾ」
そうなのか。なら、黙ろう。ん? この一連の流れを人は泣き寝入りと呼ぶのではないか。帰ったらチャットAIに訊いてみよう。って、待てよ、もしかして俺の友達って…………と、これ以上はやめよう。死んじゃう。
「でもハヤタ君とゲームをしていると――」
と、かなり離れた隣の委員長が口を開く。どうやら俺のことはハヤタ君呼びで固まったようだ。ぜんぜんアリですが。
「なんだか別のゲームをしているみたい……」
「ああ、さっきのショートカットのこと?」
「ええ」
「んー、たしかに亀裂谷にある【
「まるでじっくりと攻略したような口ぶりね」
「したよ」
「え?」
驚いたのか委員長は意外そうな顔を向ける。
「いやいや、なにも俺だって最初からあのショートカットを使ってたわけじゃない。最初はじっくりと一段一段攻略していったさ」
かつての苦行を思い出す。
「最初の頃は、何度あの骸骨剣士たちに突き落とされたことか。ここ、戦う場所が異常に狭いんだよ。んで、落下死するたびにビクッてなってベッドから落ちたりしてたな」
懐かしい。ベッドから落下しては、リアルたんこぶをつくったものだ。
「というわけで、どこに何の宝箱があるのかわかるし、どこにどんな即死トラップがあるかも全部頭に入ってる」
そう言って俺は自分の頭を指でとんとんする。現実世界の俺には誇れるものは何もないけど、ゲームの世界にならあった。この膨大な知識という宝物が。
「そうだよシボ。ハヤタはだてに世界一じゃないのだ」
「お、おおん」
キサラギさん、もっと言ってやって。自然とまなじりが下がってしまう。きっと鏡を見ると相好が崩れていることだろう。自分でもキモい顔をしていると思う。
「意外ね。最初からああいうプレイスタイルだと思っていたわ」
「ああ……これはどっちかというと後天的なものかな。最初は、俺も【シャラー】みたいなプレイスタイルを目指していたから」
「へえ、意外」とキサラギさん。「シャラ―ってあれでしょ? 伝説の配信者の――」
「知ってるんだ」
シャラ―は俺が中学生になったばかりの頃に流行っていたゲーム配信者で、俺にとってはヒーローのような存在だった。
彼は、観てる人を飽きさせないそのトークもさながら、プレイスタイルも観客に勇気を与えるものだった。何度も死んでは、そのたびに愚痴を吐き散らかし、ケロッと元に戻ったかと思ったら陽気に続きを攻略する。そんな彼の健気な姿に、何度、元気をもらったことか。
「知ってるもなにも超有名人じゃん」
前を行くキサラギさんが当たり前のように言う。
そうなのか。そういえば女子リスナーもかなりの数いたっけ。
「それにシャラ―って一時期【オグリアス】さんとよくコラボしてたし。ね? シボ」
不意に問われた委員長がこくりとうなずく。
ほう、あのオグリアスとねぇ。ってか、なんでキサラギさんはいま委員長に同意を求めたのだろう。
そんな俺の疑問は、スーッと近づいてきたキサラギさんからの耳打ちで解ける。
「シボ、オグリアスさんの大ファンなの」
「ああ、それで」
こんなにも耳が赤くなっているのか。少し離れたところを歩く委員長の耳が、今や真っ赤になっていた。でも、なんとなくわかるような気がした。オグリアスのプレイスタイルは質実剛健といった感じで、委員長の性格とも合っている。
「でもさ、シャラ―に憧れてこうなる? ふつう」
「そうね」と耳の赤い委員長も同意する。「彼も、オグリアスさんまでとはいかなくとも、けっこう真っ当に攻略するタイプだと思うけど」
「ああ、俺もそこは驚いてる」
「自分でも驚いてた⁉」とキサラギさん。
「何をどう間違ったのか、攻略していくうちに早さを求めだして、それでついには人生もRTAみたいにできるんじゃないかってことに気づいて――」
「ああ、それで富、名声、女ってわけね」
うん、とうなずいて、俺は少し前で後ろ歩きをするキサラギさんの身体をためつすがめつする。聖銀の鎧に抑え込まれた大きな胸がとても苦しそうだ。
富、名声、女。このゲームをクリアすると早くもその一つが手に入るのかもしれないと思うと……。くくく。ヨダレが出そうだ。
と、今の俺たちの会話に引っかかるところがあったのだろう、委員長がジト目で訊いてくる。
「ステア……あなた、いったいどんな条件を?」
「ん? 一緒に来てくれたら、なんでもしてあげるって――」
「ダメ」
それは食い気味の却下だった。
委員長がピタッと立ち止まったので、俺も遅れて足を止める。またタイムロスだな。
「ここから出られたら、お金ならいくらでも払うわ。だからステアとの約束はクーリングオフにして」
薄茶色の目でじっと睨みつけられ、俺はドギマギする。だが、なるほど、さすがは財閥のご令嬢。金に糸目はつけないらしい。
ふむ。金か女の天秤か。
くくく、最高ではないか。どちらも人生をアガるのには必須な要素だ。
「べつに俺はどっちでもいいけど」
ほんとうにどっちでもよかったのでそう言ったのだが、それを口にした途端、委員長にキッと睨まれてしまった。心外だ。
と、そのときだった。
俺たち三人のステータス画面が呼んでもいないのに虚空に出現する。
「なんだ……これ……?」
すぐに委員長とキサラギさんと顔を見合わせる。
が、俺同様、彼女たちもなにが起こっているのかわからないといった様子で、肩を竦めるばかり。
すると、ステータス画面が勝手に動画モードへと変更された。
そこへ映し出されたのは、精悍な顔つきの男性だった。年は二十代後半ぐらいか、らんらんと輝く双眸が見る者にポジティブな印象を与えた。
いわゆるイケメンってやつだ。
『おい、これ、ほんとに映ってんのか』
映像の男性はきょろきょろと落ち着かない。
この声……そしてこの喋り方……。中学の時、死ぬほど聴いていたからわかる。この人は――
キサラギさんも気づいたようで、動画を指さしながら口を開く。
「この声にこの喋り方って、もしかして、シャラ―じゃない?」
「間違いない。シャラ―だ」
「だよね。ってか、こんな顔してたんだ」
噂をすればなんとやら。
突如としてステータス画面に映しだされたリアル版シャラ―は、こちらをまっすぐ見ながら続ける。
『みんな、いきなりの強制オープンチャットすまない。これしか連絡を取る方法がなかったんだ』
「彼もプレイ中ということは……」と委員長がぼそりとこぼす。
「ああ。シャラ―も巻き込まれたってことだな。このゲームジャックに」
『仲間たちは犯人にも聞かれるからやめとけってうるさいんだけど、んなもん知るか! オレは今みんなに伝えたいんだ!』
かつてのシャラ―節も健在のようで、すこし嬉しくなる。
『オレたちは腕のたつプレイヤーを集めてレジスタンスを結成した。そこで、これを観てる人たちに呼びかけたい。レジスタンスに興味がある人や、絶対にここから出たいってプレイヤーは、是非オレたちに合流してほしい。オレたちが今いる場所は断崖がいぐぁ――』
うしろにいる誰かに蹴りでも入れられたのか、最後まで聞き取れなかった。
まあ、ぶっちゃけ、そこまで言えばわかる奴にはわかるのだが。
『そうだな、皆まで言うのはダメだったな。えっと、あの、あれだ、最後のほうの街! これもダメか。そうだ、ディーからはじまるとこ。英語でダイってあるだろ? 死ぬのダイ。あのディー。あ、死ぬも今はやめたほうがよかったか、縁起わりぃもんな。すまん』
こんな事態にもかかわらず不謹慎なことを口にするシャラ―に、女性陣二人もくすくすと笑いをこぼしている。
これだ。シャラ―のいいところは。
殺伐としたゲームなのにもかかわらず彼の周りだけパッと花が咲いたように明るくなる。つくづく思う。いい配信者だと。
シャラ―は照れ隠しのように黒髪をぼりぼり掻きながら言った。
『まあ、その、なんだ、あれだ。とにかくみんな死ぬな! 生きのびて、ともに帰ろう。現実世界に』
ヴン、とオープンチャットが終了すると、どん底に再び静寂が戻ってくる。
「いまの……信じても、いいのかな」
「どうかしら」と委員長は腕を組んで言った。「彼、前にチートで
チートというのは外部ツールなどを使い、自身のステータスをイジったりする規約違反のことだ。そして、BAN――つまりアカウントを運営に永久抹消される、と。
要するに委員長は、シャラ―はズルをしてアカウントを消された過去があるのでは、と疑っていた。
その彼女の説に、俺はすぐさま否定を唱える。
「いや、チートでBANされたのは正確にはシャラ―じゃない。彼のフレの一人【戦士ドグラマグラ】だよ」
あれは俺もショックだった。シャラ―ともよくコラボをしていたし、配信も何度も観たことがあった。
「シャラ―はチートを使ってしまったドグマグを最後まで擁護して、運営に直談判もしたらしいんだ。そのときの余波でBANされたって聞いたけど。まあ、詳しくは俺もわからないけど……」
当時、ネットでは彼についてのいろんな噂が飛び交っていた。ほんとうはシャラ―がチートを使ったんだ、とか、それにかこつけての女性配信者との良からぬ噂やフレンドとの金銭問題などなど。そのうちのどれが真実かわからないまま、ついぞシャラ―は配信界には戻って来なかった。
そんな彼がいま、俺たちの前に再び現れた。レジスタンスの長として。
「シャラ―の言ってた場所って――」とキサラギさん。
「
だんがい、で始まるエリアはここしかないのでそう断言すると、キサラギさんは浮かない顔をする。
「それって……最後の街なんだっけ?」
「そうだけど、ま、どっちみちクリアを目指すなら、そこを通らないと」
「そっか、そうだよね」
「でも、そこに彼らがいるのね」と委員長。
「……うん。そうだよ、シャラ―たちと行動を共にできれば、頼もしいかも」
キサラギさんの意見に俺も同意を示す。BAN歴があろうがなかろうが彼らは上級者。対人戦もバリバリやっていたし、頼りにはなるはずだ。
「よし、じゃあ、さくっと隧道を越えますか」
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