:07 目的地
持ち物の欄から【たいまつ】を選び出すと、その灯りを穴の奥へと向ける。
亀裂谷の穴の中。
そこはまるで岩でできたかまくらのようで、広さはテニスコートほどあった。
そして案の定、かまくらの中心部には巨大な宝箱が一つ鎮座していた。
さっそくキサラギさんが穴の奥に向かって、かすれるような小声で呼びかける。
「シボ―ッ。きたよーッ。いるんでしょーッ」
「しっ」
「どした?」
「なんか、変だ」
俺の前方、宝箱の蓋がほんのわずかにだが、開いている。
ミミックか……? いや、ここには宝箱に擬態するモンスターはいないはず。
じゃあ……あれはいったい……ん? あれは……目か?
宝箱のすこし開いた隙間から、二つの茶色い眼光が、じっとこちらを見据えている。まるで猛禽類が獲物を狙っているかのようだ。
それを見た俺はすぐにピンと来た。ははーん、なるほど。てか、さすが委員長、賢い。
と、宝箱の中に隠れている人物に声をかけようとした、そのときだった。
ばごんっ、と勢いよく宝箱が開く。
中からすっくと立ちあがったのは、やはり髪の長い少女だった。
たいまつの灯りで揺らめく彼女は、まっすぐこちらに向かって対峙する。
暗闇でもはっきりとわかる薄茶色の瞳が、闇に溶けそうなほど黒いロングヘアの下、じっとこちらを捉えて離さない。
そんな眼光鋭い彼女の装備はというと……上半身は【
脚部は【忍びの
そして腰には【
どの装備も見た目と性能のバランスが良く、選んだ者の性格がよく反映されていた。でも、全体的にまっ黒で、剣士というよりくのいちに近いな。
と、そんなくのいちを彷彿とさせる彼女が、意を決したように、腰にあった刀をすらり引き抜いた。こちらに向けられた鋭利な切っ先がわずかな光を反射する。
ふむ、勇ましき【
というか、剣士の姿になっても、いつも教室で見ていたシャンとした姿勢そのままですこし感動すら覚える。
そんな臨戦態勢をとる彼女に向かって、戦闘の意思はないと告げようとした、次の瞬間。
背後に気配。
「ハヤタあぶない!」
俺は咄嗟にローリングで回避。
見ると、さっきまで俺がいた場所に、白骨のモンスターが剣で斬りかかっていた。
やっぱり、もう一匹いたか……。
攻撃を外した骸骨騎士は素早い動作で剣を肩に担ぎなおすと、すぐに二撃目の態勢に入る。
岩場での戦闘はさすがにだるいな。
周囲が岩に囲まれたここでは、先ほどの木製足場のときとは違って、隙をつくるのが難しい。
ならば、と俺はステータス画面を呼びだし【なべぶた】という最弱の盾を装備。
木製の簡素な盾で防御力は皆無に等しい。が、盾は盾。パリィができたら上等だ。
骸骨騎士の
ドーン、というパリィの成功音が鳴ると、骸骨騎士はトランポリンでもぶっ叩いたかのように大きくのけぞる。
よし、特大の隙ができた。
俺はやつの懐に転がり込むと、すかさず命に届きうる一撃を叩きこむ。
ズドン、という音ともに殴られた敵はウソみたいに吹っ飛んだ。
が、さすがに一発で崖下に落とすことはできなかった。木製の足場の上で、なおも立ち上がろうとする骸骨騎士。
だったら、起き上がりを攻めるまで。
俺は間髪入れずにやつに肉薄すると、がら空きになった胴体にもう一発クリティカルをお見舞いする。
派手に吹っ飛んだ骸骨騎士は、すぐに足場の下に見えなくなった。
がしゃんがしゃん、と派手な音が遠のいていき、やがてかなりの経験値が入ってくる。
「ふう。これで全部かな」
ほかにモンスターがいないか、死角になるところをざっと確認してから、俺は再び宝箱からにょきっとはえた剣士のほうへと向き直った。
そして怯える彼女に向かって、つとめて柔らかい声をかける。
「大丈夫、敵じゃない。助けに来た」
その言葉の意味をようやく理解したのだろう、委員長はただでさえ大きな瞳をより一層大きく見開いた。
と、今度はその瞳がウルウルと水滴を溜めはじめる。無理もない。見つかると殺されるという極限状態の中、委員長が感じていた恐怖は想像を絶するものがあったはず。
さしもの俺もこういう時の作法は頭に入っていた。
俺は飛び込んでくる彼女を受け止めるべく、両腕を広げてスタンバイ。
案の定、委員長が地面を蹴って駆け寄ってくる。なびくロング、飛び散る涙。あまりに美しい光景に、何もかもがスローモーションに見えた。
そして、そのまま彼女は俺に飛び込んで――
「ステア!」
は、来なかった。
俺のすぐうしろ、キサラギさんの胸に飛び込む委員長。
二人ともぐすぐすと鼻を鳴らしながら互いの無事を確認しあう。感動的なシーンだ。なんだろう、俺も泣きそうではあった。いろんな意味で。
「ごめん。遅くなった」
キサラギさんの短く快活な謝罪に対し、委員長はキサラギさんの胸にめり込ませた頭をぐりぐりすることで否定。
「正直、来てくれるとは思っていたわ。でも、来てほしくもなかった……だって、これは私の落ち度だから――」
ううん、とキサラギさんも首を振った。
「何度も言ってるじゃん。もうシボなしじゃ無理なんだって」
二人は少しだけ見つめ合ってから、やがて笑みをこぼしあった。
そしてようやく委員長が俺に気づいたようで、ぎょっとした表情をつくる。なんだろう、新種のモンスターを見るような目をやめてもらっていいですか。
彼女はしばらく俺が人かどうかを訝っていたようだが、やがて毎日見るクラスメイトだと気づいたようで目を丸くした。
「ハヤタ……くん?」
「あ、そう。ハヤタ」
キサラギさんが鼻をすすりながら簡単に紹介してくれる。
「シボを助けるために、あたしがお願いしたんだ」
まだ話を飲み込めていないのかハテナ顔をする委員長にキサラギさんが補足する。
「なんたって世界一の男だからね」
「ということは……じゃあ、また記録を更新したのね」
委員長はすこし冷めたような流し目でそう言った。どうやら俺のことを知っているようだ。
と、そのときだった。
『ほんとうにあそこに入ったんだな?』
『ああ、間違いない。あそこの穴だ』
洞穴の外から、かすかに男性の声が聴こえてくる。
「感動の再会中悪いんだけど。どうやら見つかってしまったらしい」
キサラギさんも気づいたようで、
「どうしようハヤタ」
「ちょっと待って、いま考える」
脳内にある無数のルートから、最速でクリアできるチャートを導き出す。このまま谷底まで降りて……【
「よし、このまま谷底まで降りよう」
「待って!」と委員長が言った。「谷底って深淵に至る隧道ルートでしょ? そんなとこ……とてもじゃないけど私たちのレベルじゃ太刀打ちできないわ」
「どうせ、ここにいても殺される」
端的に事実を述べると、委員長の顔が真っ青になった。
「大丈夫だってシボ。ハヤタを信じよ」
「ステア……」
「こう見えてハヤタ、けっこうカッコイイんだから。ね?」
「…………わかったわ」
よほど俺のことが信用ならないらしい、委員長は承諾するまで5秒を要した。
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