:02 レギュレーション確認

 最寄り駅の裏通り。

 光っていないネオン管に【ゲーミングホテル・虹】の文字。


 陽が昇りはじめたにもかかわらず路地裏にひっそりとたたずむラブホテルは、なんか背徳的な感じがした。こんな朝っぱらから客とかいるのだろうか。まあ、いるんだから営業してるんだよな。


 と、そこへキサラギさんは迷いなく入っていく。


 マジか。

 非常に不本意だが俺も客となってしまう。


 アクリルの仕切りがされたカウンターの前に立ったギャルは、一息に注文する。


「二人でしっぽりゲームしながらしたいんで、そういう部屋ありますか?」


 待て待て。回転数が低下している俺の頭でもひっかかるものはひっかかる。


 ゲームをしながら『したいんで』


 したいってなにを? キサラギさんはなにがしたいの? 俺と。というか、俺は何かされるの? いまから。

 ひょっとして、ひょっとすると、これは貞操の危機というやつでは。


 否、ほんとうに危機か? よく考えろ。 相手は如月きさらぎステア。うちの学校でもトップクラスの美少女だ。そう、すっごいギャルだけど美少女には変わりない。ということは、これはむしろ喜ぶべき状況なのでは。


 富、名声、女。常日頃から考えている人生をアガるために必要な三要素のうちの一つが速くも手に入ってしまうのでは。それも極上のものが……。

 思わず喉が鳴った。


 キサラギさんは俺を連れたままエレベーターを経由してノンストップで3階の部屋に入る。見事だ。これがタイムアタックなら優秀な数字が出ているはず。


 と、部屋に入った俺をまずは大きなベッドが出迎えてくれた。というかベッドがマジででかい。あと無駄に丸い。なぜ? 新種の落下防止策か? ただ、さすがはゲーミングラブホテル、枕元に二つのダイヴナイーヴが設置してある。


 そして、部屋の左側、風呂の扉がスケスケで浴槽が丸見えだ。いったい何のために⁉ 入浴中に暴漢を警戒しないといけない時代に突入したのか⁉ 大丈夫か日本⁉


 でも、まあ、こうなったらもう覚悟を決めないとな。きっと世界一になったご褒美なんだ、これは、うん。

 と、覚悟を決めて後ろを振り返った、そのときだった。


 トン、と鎖骨の辺りをやさしく押され、俺は尻からベッドにへたり込んだ。


 俺を押し倒したキサラギさんはそのまま俺に馬乗りになると、顔をぐっと近づけてきた。端正な顔が近い。そしてそこから垂れ下がる銀髪もまた、近い。

 息のかかるような距離まで寄って来ると、キサラギさんは囁くように言った。


「ハヤタお願い……」

「はい」

「一緒にして……?」

「ええ。しましょうとも」


 いい顔といい声を心がけて、俺は答える。もう、なるようになれ、だ。

 対するキサラギさんも真剣な表情で、ぷるんとした唇を開く。


「あたしと一緒にサンゲリアソウルズをしてほしい」

「はい」


 一度返事をしてから、ようやく脳みそが望みの展開ではないことに気づく。


「……はい?」

「サンソウの中に取り残されたシボを……委員長を助けに行きたいの。だからお願い」


 言うと、キサラギさんの目じりに大粒の涙が生まれ、そして、それはいとも簡単に落っこちた。

 ぱたっ、と俺の頬に。


 もはや俺は混乱の極致にいた。わけがわからない。もしかして、えっちな展開ではないのか。とりあえず、下から見る泣き顔のキサラギさんも息をのむほど可愛かった。


 て、バカか俺は! これは非常事態だ。女の子が泣いているんだ。しかもいつも笑顔を絶やさないギャルJKが、だ。


 といっても、どうしていいかはわからない! こちとら教室でも居ないことになっている陰キャオブ陰キャ。こんなときの対策なんて知っているわけがない。


 とりあえずこれがゲームなら、俺ならどうする。どう攻略する。考えろ。


 そうだな、まずは情報を集めたい。集められるだけの情報を集め、そして考えたい。どうするのが正解か。正解に近いのか。そうだ、これはゲームなんだ。俺ならできる。


 よし、まずは一旦彼女を落ち着かせよう。情報集めはそれからだ。

 俺は素早くキサラギマウントから抜け出すと、ベッドの上で正座した。


「と、とりあえず落ち着こう。ゆっくり深呼吸して」


 キサラギさんは案外、素直に言うことを聞いてくれた。スーハ―と深呼吸をしてから、黒ネイルの指で目じりの涙を拭う。


「落ち着いた?」

「ごめん、とりみだしちゃって」


 よし、いいぞ。とりあえず今の状況を整理しよう。


「キサラギさんは、その、俺とゲームがしたいから……このラブ……ホテルに?」


 こくりとうなずくキサラギさん。


「それは……なぜ?」


 訊くと、彼女はスカートのポケットからスマホを取り出した。


「これ」


 そう言ってスマホの画面を観やすいよう目の高さまで上げてくれる。

 画面に焦点が合うと、とある少女があおむけになって寝ている画像だということがわかった。


 スマホの中の少女は、黒いロングヘアを半ヘルタイプの白いヘッドギアで包み込んでいた。寝ながらにしてゲームができる最新式のダイヴナイーヴ。これは俺も持ってるやつだな。てことは彼女はゲーム中ということになる。


 そして俺はこの少女を知っていた。


「これって、委員長?」

「そう。シボん家のお手伝いさんに送ってもらったんだけど。あいつまだゲームから帰って来てないって」

「帰って来てない? ゲームから?」

「うん……」

「そのゲームってもしかして――」


 こくり、とキサラギさんはうなずいてから、


「あいつクソ真面目でさ、毎朝、朝活あさかつと称して、サンソウのデイリーミッションを消化してから学校に来るのが日課だったんだけど――」


 デイリーミッション。それはゲームにログインすると日刊で出されるお使いミッションのことで、それをこなすと攻略に役立つ様々なアイテムがもらえた。


 というか意外だ。ウチのクラスの委員長はそういうのとは無縁の人物だと思っていた。


「そこを狙われたんだと思う」

「狙われた? って誰に?」

「こいつら」


 そう言ってキサラギさんは人差し指でスマホ画面を一度横にスワイプする。

 すると目出し帽をかぶった人物のドアップが映しだされる。再生ボタンがついているところ見るに、どうやら動画のようだ。

 真ん中の再生ボタンをタップすると、目出し帽の人物の口だけがなめらかに動きだす。


『サンゲリアソウルズが何者かによってゲームジャックされ、全世界で何百万ものプレイヤーが人質となってしまった』


 声は機械によって変えられているようで、性別すら判然としない。


『ちなみにだが、運の悪いことに、かんぬきグループの社長令嬢もプレイ中だったようだ』


 キサラギさんがひぐっと吐息を漏らす。


『だが私なら、この事件を速やかになかったことにできる。私のいう口座に50億振り込んでいただければ、迅速にこのゲームジャックからすべてのプレイヤーが解放されることだろう。私にはその自信がある。だから任せていただければさいわいだ。あ、これは忠告というかアドバイスなのだが、このゲーム中にプレイヤーが死に至れば、現実世界でもそうなってしまうのであしからず。ちなみに私が仕事を請けられるタイムリミットは12時間。この数字にあまり意味はないが、キリがいいのでそうさせてもらった。ぜひ検討を頼む』


 さすがに絶句した。言葉が出ない。


「これって……ガチ?」


 キサラギさんがスマホをもう一度スワイプすると、関連ニュースの見出しが現れる。


『閂グループに激震! 株価急落! ゲームジャック犯からの身代金要求が影響か――』


 もう一度スワイプすると閂グループの株価が現れた。それを観た俺は息をのんだ。ロウソク足のチャートがジェットコースターばりに下がっている。


 さらに一度スワイプすると、登校中と思しき少女の写真が現れた。指二本を使って画面を拡大すると、黒のロングをなびかせて歩く委員長だとわかる。いつの写真かはわからないが、週刊誌の記者が隠し撮りでもしたかような写真だった。

 

 スマホが下がると、キサラギさんの困惑した顔が現れる。


「ハヤタだって聞いたことくらいはあるでしょ。シボの家のこと」

「……閂財閥」


 車や重工にケミカル、果ては宇宙までなんでもござれの大財閥だ。閂シボはそこの令嬢ということで学校でも有名人だった。


「どうしようハヤタ……シボのやつ、誘拐されちゃった……」


 誘拐。その言葉にドキリとした。


 いや、でも、こんなことって、可能なのか。いくらなんでもこれは……無理なのでは。誰かのイタズラってことはないのか。そんな思いがどうしてもぬぐい切れず、俺も自分のスマホでザっと情報を集めてみる。


 と、SNS界隈が騒がしくなっていた。つぶやきがメインの【トゥイラー】では【サンゲリアソウルズがリアルデスゲーム化】のタグがトレンド入りしていた。

 それに加えて【帰ってこない】の文字が続く。どうやらログアウトができないらしく、友人や親族がゲームに入ったっきり戻ってきていないという報告で溢れかえっていた。


【ゲーム中に心停止】というイヤなワードも散見された。


 マジか……。

 とにかく、今わかっている情報を整理しよう。


 サンゲリアソウルズが何者かにジャックされた。

 そのゲームはただでさえ難しいのにログアウトができず、ゲーム中に死ねば、現実世界でも死んでしまう。

 運の悪いことに、同じクラスの委員長がゲームジャックに巻き込まれて帰ってきていない。

 その彼女の家を含むプレイヤー全体に、莫大な身代金が要求されている。


 そして、同じクラスのギャル、如月ステアにラブホテルに連れ込まれている、と。


 いやいや、そこだ。そこがつながらない。なぜ俺がホテルに?


「でも、じゃあ、なんでキサラギさんは俺をホテルに? こういうのってふつう、警察とか委員長の親にいったほうが――」

「シボパパはダメ。頑固すぎるし……警察も、頼りにならないから却下……」


 キサラギさんは膝の上でスマホを一度スワイプすると、それをまた見える高さまで上げてくれた。


『北米に唯一の生還者か⁉ 最後の門を潜り抜け現実世界へ』


「事件後、一人、帰って来てる。正規のルートでクリアして――」


 言われ、記事にざっと目を通す。

 北米のプレイヤー、アルブレラルがインタビューに応じていた。

 彼曰く、『ゲームジャックが発生していたなんて知らなかったよ、ハハハ。運が良かったね』とのことらしい。どうやらゲームジャックとほぼ同時にゴールして助かったようだ。


 そして俺はこの人を知っていた。俺と同じRTA走者だ。して、そのタイムは⁉

 13時間47分11秒。

 ほっ。助かった……俺のタイムは抜かれてないな……。て、安堵している場合か!


「この記事を観て、居てもたってもいられなくなって、それで、ハヤタをホテルに拉致って来ちゃったの……ごめん」


 この記事と俺に何の関係が? そんな目でキサラギさんに訴えると、彼女はこともなげにこう訊いてくる。


「だってハヤタ。この人より、クリアするの早いでしょ?」

「それは……」


 その通りだった。


「6時間54分27秒」

「6時間て……はやっ……」


 俺の最新のクリアタイムに、キサラギさんは言葉を失っている様子だった。


「でも、これはあくまでもソロの記録だし、かなり無茶なことをしての数字だから」

「ううん、十分すぎるよ。お願い、ハヤタ。一緒に来て」


 ガシッと腕を掴まれ、青い瞳でじっと射抜かれる。心臓が早鐘を打ちだす。


「いや、だから、俺じゃなくて委員長の親とか警察に――」

「シボのパパや警察頼みだと……きっと、シボ、見殺しにされちゃう」

「いや……いくらなんでもそれは――」

「ううん、絶対そう。わかるもん。シボのパパは会社命だし、警察は機械音痴だし」


 機械音痴て。でも、まあ、対応が後手に回りそうなのは容易に想像がつくが。


「だからハヤタお願い。もうハヤタしか頼れないの。あたしと一緒にサンソウに入って、シボを助けて。お願い」

「でも、なんで、そこまでして――」


 言っちゃあなんだが、学校でも浮くほどギャルのキサラギさんと、深窓の令嬢といった感じの委員長とでは水と油、とてもじゃないけど交点があるようには見えなかった。


「情けない話、あたし、シボがいないとダメなの。シボのいない人生なんて考えられない」


 ベッドの上で喉が詰まったような声を出すキサラギさん。

 再び彼女の青い目に涙の玉が浮かぶ。そして、それがぱたぱたとシーツに落ちる。


 正直、驚きだ。

 もちろん彼女たち二人が談笑している場面なんてこれまで幾度となく目撃していた。

 が、陰キャを拉致ってでも助けに行きたいほどの仲だったとは思いもしなかった。


 でも、まあ、生きがいがないと生きていけないというのは、すこしわかる。俺もゲームがないと生きていけないからな。


 それでも、本当に死んでしまうゲームとなったら話は別だ。ただでさえ、サンゲリアソウルズは鬼畜ゲーなのだ。死んでナンボのゲームなのだ。


 ゲームをクリアした者ですら世界で一万人もいない。

 その中で12時間を切るのはたったの一人。


 それなのに、ゲームのどこかにいる人を助けつつ、12時間以内に死なずにクリアするというのは、もう神業でしかない。


 無理だ。断る以外に選択肢はない。


「わるいけどキサラギしゃん!」


 発言の途中でほっぺたを両手でむぎゅッとされ、俺はフリーズした。


「もちろん、ただでとは言わない」

「ふえっ?」

「ハヤタ、欲しいものとかって、ある?」


 如月ステアの端正な顔が近すぎて脳がうまく働かない。

 とりあえず最初に浮かんだ言葉を口にする。


「とみ、めいせい……おんな、です」


 キサラギさんの目が軽蔑するようなそれに変わった。言った俺もすぐに後悔する。もっと、こう、オブラートに包むべきだったか。


 キサラギさんはぎゅっと目をつぶると、口の中で小さく「富、名声、女ね……わかった」とつぶやいた。そしてカッと目を見開いて言った。


「もし一緒に行ってくれたら、何でもしてあげる」


 ん? いやいや……聞き間違えたのかもしれない。はたまた俺の願望が彼女の発言を歪めてしまったのかもしれない。ここは是非とも再確認が必要だった。


「いまなんて?」

「だから、シボを連れて帰ることができたら、何でもしてあげるって言ったの」

「何でもというのは、何でもアリ、というあの何でもですか?」

「そう。その何でもだよ。覚悟はできてる」


 クラスメイトの豊満な谷間を覗いているとき、豊満な谷間もまた俺を覗いていた。


 い、いったい俺は何を考えている? ダメだ。頭が混乱している。こんなときに正確な判断ができるわけが……。


「お願い。ハヤタ。あたしゲーム下手だし、一人じゃシボのとこにたどり着くことさえできない……」


 潤んだ瞳で懇願される。顔が近い。香水の甘い香りも近い。

 考えろ。早田モハヤ。これがゲームならどうする。


 いや、逆に断る選択肢がなくなったんじゃないか。

 ゲームの中に入って、もしヤバくなったとしても、マップの隅っこでじっとしていれば12時間後には解放されるかもしれない。

 ゲームに入るだけで、この極上の身体――もとい、如月ステアさんとの何でもありなひとときが手に入るのだ。


 そうだ。もう断る選択肢は、ない。


「まあ、一緒に入るだけなら」

「ほんとに⁉」

「だけどヤバかったら秒でトンズラこくから」

「いいよ、それで。世界一位のハヤタが一緒に来てくれるんなら百人力だよ」 


 キサラギさんは目尻の涙を指ですくいながら、弱々しく微笑んだ。

 なんだろう。人から頼られるのって、すごく気持ちがいいんだな……。

 

 ハッ⁉ いや、待て。

 これは彼女にうまく乗せられているだけなのでは。いや、そうだ、そうに決まっている。危なかった。危うく大切な命を落とすところだった。


 よし、やはり断ろう。


「あの、キサラギさん、やっぱり俺――」

「隣、寝ていい?」

「お、おおん」


 不意の上目遣いにドキッとして、なし崩し的に同意してしまった。


 うむを言わさず、ギアを装着しながら隣ににじり寄ってくるハーフ美少女。衣擦れの音が生々しいせいか、いつもより鼓動が速い。まずい。完全に乗せられている。彼女のペースだ。


 でも、いいのではないか。ゲームに入って様子を見るだけ。それだけだ、うん。

 俺もギアを装着して横になる。

 ふと隣を見ると、ショートの似合う女の子と目が合った。


「なんかちょっとドキドキするね」

「お、おおん」


 それにしても、すごいと思う。ぐいぐいくる押しの強さと、可愛らしさをないまぜにしたギャルという人種。我が国においてもっとも生き残りやすい種なのではないか。それとも単にキサラギさんが天性の人たらしなだけなのか。

 わからないが、とにかくすごい。


「そういえば、あたしはゲームデータがあるけど、ハヤタは?」

「ああ、それなら、ちょうど昨日クリアしたデータがある」

「クリアしたデータって……最高じゃん! めっちゃ強いんじゃない⁉」

「いや、生業なりわいはど貧民ひんみんだし、持ち物もほぼゼロだから」

「え……と、ちなみに……レベルは?」

「3」


 急に黙り込んだので何事かと隣を見ると、キサラギさんのジト目が突き刺さった。先ほどまでのらんらんと輝く目はもうそこにはない。使えないゴミを見るような目だった。


「ごめんて」素直に謝ってから、「そもそもRTAにレベルはカンケーないから――」

「それでも3はなくない? あたしのほうが9も高いじゃん!」

「ごめんて」


 俺はダイヴナイーヴに繋げたスマホをいじりはじめる。話題を変えたい気持ちもあったし、スタート地点を決めないといけなかった。


「そういえば、今日の委員長のデイリーミッション、場所はどこか聞いてる?」

「ああ、それなら」とキサラギさんもスマホをいじる。「うん、【亀裂谷きれつだに】だって」

「亀裂谷ってことは【野盗窟やとうくつ】が一番近いな」

「オッケ。じゃあスタート地点は野党窟だね」


 キサラギさんもスマホに目的地を入力する。


「そういえばハヤタってキャラの外見どんなだっけ? 会えばすぐわかる?」

「わかると思う。俺はいつもキャラクリは適当で、ほぼこのまんまだから。キサラギさんは?」

「あたしは髪の色とかけっこうイジってるから。じゃあ、あたしが見つけにいくよ。だからハヤタはじっとしてて」

「わかった」


 ヘッドギアを装着したキサラギさんと最後に、一度だけ、アイコンタクトをとる。

 こくりとうなずきあうと、彼女はしばしの別れを告げる。


「じゃあ、あとで」

「ああ。ゲームの中で」


 俺は側頭部にあるスイッチを長押しする。

 と、やがて耳の奥のほうでキュイィィンと何かの回転音が鳴りはじめる。


 突如として入眠時のような心地よさが俺を襲う。

 視界の端のほうからじょじょに薄暗くなっていき、やがて真っ暗になった。


 ゲームに入るこの瞬間が、俺はたまらなく好きだった。

 でも今回はわくわくした気持ちよりも、不安のほうが大きい。今から行くところは、俺の知っているサンソウではない。誘拐犯に乗っ取られ、ほんとうに死んでしまうかもしれないリアルデスゲームだ。考えるだけでも恐ろしい。

 

 でも、なんでだろう。ほんのすこし……ほんのすこしだけ、わくわくしている自分がいるのは。

 委員長よ、どうか無事でいてくれ。最速で助けに行く。

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