最難関を最速で ~デスゲームに閉じ込められた同級生を救出に、世界最速のRTA走者、動きます~ 

相対定理

サンゲリアソウルズ

01:00 レギュレーション確認

:01 最速の男

 老人の脇腹にナイフを二度、突き刺す。

 

 ざくっ、ざくっ。


 そしてすかさずバックジャンプで距離をとる。


 見ると、先ほどまで俺がいた場所に枯れ枝のような腕が伸びていた。

 

 あぶない、あぶない。もしアレに捕まっていたら首を絞められた挙句、どてっぱらに長剣で穴をあけられていたところだ。そのダメージもさることながら、モーションの長いこと。思わず再走を考えてしまうほどだ。

 

 まあ、もっとも今の俺の体力では一撃でお陀仏なのだが。

 

 俺に刺された老王ろうおうサンゲリアは白い眉毛をくいっと上げ、なにかを言いたげな目でこちらをじっと見つめてくる。


「やったか……?」


 謁見えっけんの間。

 半壊した玉座の前で、その持ち主である老人が、立ったまま息を引き取ろうとしていた。

 やがて白ひげに隠れていた口が、ゆっくりと開く。


臣民しんみんたちには苦労をかけた。良かれと思って撒いてしまった私の呪いは――」


 よし、倒したな。


 老王のセリフからそう確信した俺は、大理石の床を蹴って玉座の裏へ。


 玉座の裏には巨大な門があった。インド象でも楽々通れそうなほどの高さと幅がある。

 その門に手をあてると、俺は全力でそれを押し開ける。


 背後からは老人のぼそぼそと喋る今際いまわの声。そして彼の身体が消滅するシュウという音。その上に、ぐぎごご、と蝶番のきしむ派手な音が重なり、先ほどまでの静寂とは打って変わって謁見の間が騒がしくなる。


 やがて人一人が通過できるほどの隙間ができあがると、俺はそこに身体をねじり込んだ。


 身体すべてが門を通過したところで、ゲームクリアだった。

 

 クリアタイムは6時間54分27秒。

 

 やった! ついにこの俺、早田はやたモハヤは世界最速の男となった!


 これで俺の念願であるところの富、名声、女が手に入る。さあ、視聴者の諸君! まずは俺にあふれんばかりの投げ銭を! フハハハハッ! 

 

     ★ now loading ...

 

 高笑いしながら、俺は現実世界へと戻ってきた。

 

 森閑とした自室。

 上体を起こすと、いつもと変わらないベッドの上にいた。

 さっそく俺は半ヘルタイプの白いヘッドギアを頭から外す。


 2020年代前半、新種のチャットAIの登場により人類のシンギュラリティが何段階も早まった。そんな革命的事象もあいまって、人類は娯楽方面へといっそう力を入れはじめる。

 

 そうして生まれたのが、このヘルメット型の脳波同調のうはどうちょうギア【ダイヴナイーヴ】だった。理論はよくわからないが、量子論的に脳波をギアと同調させてうんぬんかんぬん、らしい。

 

 まあ早い話が、こいつをかぶるだけで人類はゲームの世界へと行けた。

 かぶるだけで、このイヤな現実世界からオサラバできた。

 そして、なにより、かぶるだけでファンタジー世界で冒険ができた。

 

 そんなのはもう……ダメだった。反則だ。やらないという選択肢は俺にはなかった。

 

 そうして俺は【サンゲリアソウルズ】(略してサンソウ)に出会った。

 

 サンソウはダーファンタジーが舞台のアクションRPGで、とにかく難しく、死んで覚える死に覚えゲーと揶揄されるほど鬼畜な難易度を誇っていた。

 実際俺もサンソウをクリアするまで一年を要した。中一の夏にはじめて、中二の夏になってようやく最後のボスを倒すまで何千回死んだかわからない。


 だが、サンソウの本当に怖いところは、その鬼畜な難易度ではなく、人をひきつけてやまないその魅力のほうにこそあった。そのことを証明するかのように、いまだに同時接続者数の世界記録は抜かれていないし、発売から五年経った今もその勢いは衰えておらず、かなりの数のプレイヤーが残っていた。

 

 かくいう俺も、ダヴナイーヴをかぶって以来、ずっとサンソウ一筋だ。

 そのかいもあってか、もう目をつぶってでもクリアできた。 

 

 そして、いつしか、クリアするだけに飽き足らず早さを求めだしたりもした。

 こうなったらもう止まらない。

 

 気づいたときには、俺は、クリアタイムのみを求めるRTAリアルタイムアタックの走者となっていた。

 

 こればっかりは俺も、なぜタイムを競うようになったのかわからない。

 おそらく最初は単に効率を求めてのことだったように思う。それが徐々にエスカレートしていって、ついには、いかに早くクリアできるかにのみ心血を注ぐようになっていた。

 

 ともかく1秒でも早く、誰より早く、クリアがしたい。

 

 と、このようにして、全世界のRTAアールティーエー走者たちと1分1秒を死に物狂いで競っていたわけだが――

 今夜ついに……。

 

 俺はベッドから足をおろすと、ふらつく足取りでPCデスクへと直行。 

 

 チェアに腰かけると、電源の入っていないモニターに男の顔が映り込む。やつれた廃ゲーマーの顔だ。黒髪はぼさぼさで眼の下のクマがひどい。不健康を具現化したようなツラだ。思わず、ひぃと叫びたくなるが、まあ俺だった。マウスを動かすとPCの電源が入る。

 

 と、無事に不健康ヅラも消え、かわりに眩しい光が目を刺した。

 案の定、モニターの向こうでは視聴者たちが沸いていた。皆が皆、すごいものを観たと興奮している。そりゃそうだ、世界一難しいゲームを世界一速くクリアしたのだ。沸いてもらわないと逆に困る。


『すげぇええ。アルブレラルより7時間も早いとか……信じられん。このタイムはもう、誰も抜けないのでは?』


『【目の前のリング】さんから【投げ銭】2500円が届けられました――おめでとうハヤイヲ。最後の老王戦、シビレた。惚れそうになったよ』


『【ノリーノ7歳】さんから【投げ銭】250円が届けられました――ありがとう、約束を守ってくれて。ハヤイヲもがんばったんだから、明日の手術、僕もがんばる』


「ふっ、誰かを元気にして、俺も富む。なんたる好循環!」

 

 俺はさっそく返信を打ち込む。


『投げ銭サンキューな。でも、額がぜんぜん足りん。元気になったらこれの倍を払いに来るように。いいな? あ、出世払いも可』


 と、これでいい。フハハッ。こうして俺も倍のスピードで富んでゆくのだ。

 ああ、これでついに俺もクラスで人気者か。やばっ、早くも人生アガってしまったか。


 RTA走者系配信者、早田はやたモハヤ。17歳と2か月と15日。

 人生という名のタイムアタックもクリア目前だった。


     ★ now loading ...


「おはよう!」

 

 一夜明けた翌日の学校。俺は、いきおい教室のドアを開けて快活に挨拶する。

 

 が、誰も反応しない。


 あれ、おかしいな。声、小さかったかな。まっ、まあ、そのうち人だかりになるだろ。なんていったって世界で一番難しいゲーム、サンゲリアソウルズを世界で一番早くクリアした男なのだ。ほっとくわけがない。ふひひ。

 陰キャの定位置、最後尾の席につく。


 しばらくすると担任が入ってくる。春日出かすがで高校2年2組を受けもつ、四十代半ばのさわやか系男性教諭だ。


「なんだ、今日は委員長のかんぬきは休みか。珍しい」


 開口一番、委員長の不在に驚く担任。


 いや、そこじゃない。驚くところはそこじゃないよ先生。真に驚くべきはこの俺が世界一になったことだ。ほんとうなら全校生徒の前で校長から表彰されてしかるべきなんだ。それくらいの偉業なのだ。


 滞りなく朝のホームルームも終わり、教室を出ようとしていた担任が「あ、そうだ」と思い出したように注意を促す。


「キミたちはもうネットの情報で知ってるかもしれないが、サンゲリアソウルズというゲームがいまジャックされているみたいなんだ」


 ざわつく教室。俺の胸も、もちろんざわつく。


「ゲームにログインしたが最後、こっちに帰って来れないかもしれないみたいだから、くれぐれもログインしないように。いいね?」


 担任が去ったあと、教室中がどよめく。


「やってる?」

「もうやってない。だって超ムズイんだもん」

「あれムズすぎだよな。そのくせ死ぬときやたらリアルだし」

「それ。死ぬってあんな感じなんだなって怖くなったもん」


 皆が皆スマホで情報をチェックしていた。

 例に漏れず俺もそうする。


『日本製のゲームでゲームジャック発生。ゲーム内に取り残されたプレイヤーは全世界で百万人規模か』


 とニュースの見出しが躍っていた。ゲームで徹夜したときばりに頭がくらくらする。


「ウソだろ……神よ……俺からサンソウをとったら、それはもうただの生き急ぐホモサピです」


 と、そのときだった。


 バン! と前の席の背もたれが飛んできて俺は現実世界に引き戻される。


 見ると、前の席の女子、如月きさらぎステアが悠然と立ち上がっていた。


 真後ろから見る彼女はいつにもまして神々しい。

 彼女を一言であらわすならギャル。そう、ギャルJKだ。校則をぶっちぎりで破っている銀色のショートボブ。誰に何を言われようが貫く十本の黒ネイル。絶対に下げない膝上丈のスカート。

 予備動作のない彼女の行動に、水を打ったように静かになる教室。


 まあ、茶飯事だった。

 こういう突飛なことをよくする生徒なのだ。だから今回もろくなことにはならないだろう。


 そんなことをぼんやり考えていると、彼女がやおら振り返った

 短いスカートがはらりと舞い、香水の甘い香りが鼻の奥に侵入してくる。日米ハーフの整った顔、白い肌はきめが細かく、喉も眩しいくらいに白い。


 そんな絵に描いたような美少女が、俺の机をバンと叩く。


「ハヤタ!」

「はい」

「ちょっと話があるんだけど!」


 銀髪の下、カラコンではない天然の青い目に射抜かれ、俺はフリーズする。

 

 しんと静まり返る教室。クラスのみんなが息をのむ音すら聴こえてきそうだ。

 無理もない。ヒエラルキーの最上位と最下層がいまランデブーしたのだ。ちょっと俺もなにを言っているのかわからないが、普段出会うことのない二人が出会ったのだ。そりゃあビックリもする。


 当の俺が一番驚いている。


「えと……それは今ですか?」

「いま! ナァウ!」


 さすが日米ハーフ。ナウの発音が良すぎて、ねちっこい猫の鳴き声みたいだった。


「とにかく一緒に来て!」


 手首をがしっと掴まれると、あとはなすがままだった。俺って人体模型だったかなと思うほど雑に教室の外へと持っていかれる。


 クラスのみんながただただ真顔で、ヤンキー女子に拉致られる陰キャを見送ってくれた。

 さようなら、みんな。俺という陰キャがいたことをいつまでも忘れないでくれ。あと、できれば助けてくれ。頼む。怖い。


 どこかへと急ぐキサラギさんはキャリーバックよろしく俺を引っ張り回して、そのまま正門を出てしまった。


「ちょっ、どこ行くの、キサラギさん」

「いいから、黙ってついてきて」


 感じたことのない焦燥感で足元がふわふわしていた。

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