第51話 始動する悪

 死の大地と呼ばれるところがある。

 ここはダンジョンがひしめき合うダンジョン都市国家の中でもアルメス王国とカエサル王国の北側に位置している。


 死の大地と呼ばれる通り食料が育たない。草木も生えず不毛ふもうな土地が広がっている。またダンジョンもなく商業的価値もない。加えて死の大地を手に入れたとしても、その向こう側に存在する国と隣接してしまい紛争が起こる恐れがある。

 よってアルメス王国やカエサル王国を含めた死の大地周辺各国の間で不干渉地域とした。


 死の大地は犯罪組織にとってこれ以上ない隠れ家に思えるが実際そのようなことはない。

 何故ならば食料もなければ水もない。かり宿を建てようにも各国の監視をい潜り物資を運ばないといけないので不可能に近い。


 それこそ、そう。ダンジョンのような所がない限り。


 ★


 時は少しさかのぼり『死の大地』名も無きダンジョンの一つ。

 そこには黒い司祭服を着た男性『イビルガルド』と冒険者の斥候せっこう役のような格好をした女性『メアリ』を中心に多くの黒い服を着た信者が二人を囲っていた。


 彼らは邪神教団員。

 その中でも最も規模の大きな組織、『破壊の邪神』をあがめる邪神教団である。


 複数の団員が誰かわからない人をかついでいる。担がれている人はジタバタと逃げようとしているが、——拘束されているのか逃げれない。

 運ぶ人が円の外側に着くと彼らを通すように二手に分かれる。

 人が中央まで運ばれると呪文のようなものを唱え、イビルガルドとメアリの手により殺された。


 異様。明らかに異様な光景だが、彼らは慣れているのか粛々しゅくしゅくと行う。

 そして一段落つき二人以外は解散した。


 血生臭い中イビルガルドとメアリは向き合う。

 イビルガルドが短い聖句せいくのようなものを唱えた後メアリに言った。


「……試練の塔が攻略されたようですね」

「みたいだね」

「貴方も冷たいですね。我らが同胞カウツ・フォーシャが殺されたのですよ? 」

「かもしれない、でしょう? 」


 メアリがそう言い少し詰まるイビルガルド。


「確かに試練の塔は攻略された。けれどあのドクだよ? 認めるのはしゃくだけど、——研究職ってのを除いても彼は高位の魔法使い。加えて邪神様の力を取り込んだ彼が塔からの脱出を考えないはずがないと思うんだけど」

「……確かにそうですが」

「イビルガルドが彼の事をどう思おうと構わないけれどそれを僕に押し付けないでほしいな」


 そう言われてイビルガルドは口を閉じる。


 アダマ達はカウツ・フォーシャを討伐した。しかしその事実を知る方法はない。

 彼らの情報の仕入れ方は原始的なもので、自分で出向くか団員から聞くかのどちらかである。

 無論団員の中には念話ねんわや通話のような魔法を使えることができる者はいる。

 しかし幾つかの理由からそれらは使えない。


 まずは傍受ぼうじゅの危険性があることだ。

 『魔法』系統のスキルは (例外を除き)それぞれにおうじた対抗魔法が存在する。

 念話や通話ならば傍受や魔力阻害、魔力攪乱かくらんなどがそれにあたる。


 また距離の問題もある。

 国境にいる各国の兵の対抗魔法をすり抜けてもカエサル王国と死の大地をつなげるほどの力はない。


 これらの他にも様々な要因がかさなり最新の情報を得られないでいるのだ。


 少し黙るイビルガルドに「言い過ぎたかな」と反省するメアリ。

 今日はいつものうざったい説法せっぽうがないのを寂しく感じ彼に向いた。


「ま、脱出したのならこっちに来るんじゃない? 」

「……それにしては遅すぎる気がしますが」

「研究が命のドクだよ? どこかで道草みちくさでも食ってるんだよ」

「そうだと良いのですが」

「あぁ~もう! イビルガルドが彼に肩入れするのは分かるけどさ。そろそろうざいよ! 」


 メアリが叫んで怒る。


「そうですね。きっとどこか寄り道をしているのでしょう。彼とは約束しましたから。このダンジョン——『邪神のダンジョン』を我々の手で完成させると」


 イビルガルドは天井を見ながら約束を思い出す。


 『イビルガルド! 歴史に名を残す邪神のダンジョン。復活させてみないかい? 』


 カウツ・フォーシャの言葉を。

 

 イビルガルド自身その言葉がドク自身の研究意欲を満たすための方便ほうべんであったことは分かっている。

 しかし、——メアリもそうだが心のどこかでこころざしは一緒であると信じている。

 それは彼の本心であり、この世界を破壊する目的でもあった。


 『本来死別するはずの友人と、親友と、家族と、恋人と——共に死ぬことが出来ればどれほど幸福なものか』


 狂っている。

 しかし、この狂っているほどの破滅はめつ願望が彼の活動原理である。

 故に誰にも理解されない。

 故に孤独である。


 しかし邪神教団の中で彼は孤独ではない。

 同じ目的を持った団員がいる。

 例えそれぞれの理由はことなれど、ここに彼の居場所はあった。


 故に共に死ぬことを彼は望む。

 故に世界を破壊することを彼は望む。

 故に——ここにその友であるカウツ・フォーシャがいない事をさみしく思う。


「あのドクだ。またにくまれ口を叩かれに戻ってくるさ」


 いつもの調子を取り戻したイビルガルドを見てメアリは少しホッとする。

 次の作業に入ろとした時一人の団員が息を切らしながら二人に告げた。


「た、大変でございます! ドクが……同胞カウツ・フォーシャが倒されました! 」


 その言葉に二人は固まる。

 何を言っているのかわからない。

 がイビルガルドが再起動し団員に詰め寄り肩を掴む。


「何を不確かなことを言っている! 」

「ほ、本当の事です! 」

「あのドクが、カウツ・フォーシャがやられるはずがないだろうが! 」


 イビルガルドが強く言う。

 メアリも「ありえない」と言い説明するように彼を非難した。


「そうだよ。嘘は良くない。ドクは完成された邪神の使徒となったんだ。もう彼に傷をつけることができる者はいないはずだ」

「ほ、本当の事でございます! ドクター・フォーシャに関する手配書が撤回てっかいされ、カエサル王国軍内部でも我々に通じていた者が処断しょだんされています! このままだとこの場所がバレるのも時間の問題かと」


 イビルガルドはそれを聞きたじろいだ。

 ありえない、とブツブツ言いながら黒い瘴気しょうきのようなものを出している。

 イビルガルドの様子に団員は狼狽うろたえメアリに目線を向けるが彼女からも黒いもやのような物が出ていた。


「ドクが……やられた? ありえない」

「そんなバカな。神々の神聖な壁を超える者がいるというのですか」


 ブツブツ言いながら二人の体は肥大化していく。

 背中から腕が生え顔には複数の赤い目が浮かび上がる。


「ドク……。あぁ、我らが友——カウツ・フォーシャ。この世界を壊し、すぐに君の元へ行くよ」


 イビルガルドらしき魔物から言葉が放たれる。

 その瞬間二人の体から出る黒い瘴気がダンジョンを満たし、——邪神のダンジョンは完成した。

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