第32話 カエサル王国への道中

 朝、日が昇り、いつもと同じ兵舎へいしゃの前にはきらびやかな馬車が一台止まっていた。

 ブルルと馬が顔を振り少し足を動かすも馬車は動かない。


「馬車ってこんなに豪華に出来るんだな」


 俺はポツリと呟いてその後ろにいる二台の馬車を更に見た。

 朝日に照らされ光を反射させている馬車とはグレードが落ちるそれだが、見たことのない程の豪華さだ。

 こんな馬車が道を通ったら通行人は驚くだろうな、と少し現実逃避していると遠くから声が聞こえて来た。


「遅くなりました」

「わりぃ。服を直してたらよ」

「全く。カエサル王国にあの服で行こうなど呆れてものが言えない」


 振り向くとそこには黒い軍服と黒い帽子をかぶった三人の女性がいた。

 隊長達だ。

 しかしいつもと違う所が一つ。


「シグナが服を着ている?! 」

「服はいつも来ているだろ? 」

「……あれを服と言って良いのか? 」

「まごうことなき服だ! 」


 堂々とあの布面積の少ない布を服と言うシグナ。

 しかし隊長がそれを否定した。

 そんなやりとりをしている間に一台の馬車から文官が出てくる。

 そして俺達に出発を告げ、馬車はカエサル王国へ向かった。


 ★


 馬車の中でシグナがもじもじしながら座っている。

 ……慣れない服装をするからだ。

 心の中でそう思いながらも隣に陣取るクラウディア隊長が口を開いた。


「向こうに行ってやることは多くない。今のうちに復唱ふくしょうしておこう」

「……どれだけ早く帰りたいのですか。隊長」

「失礼な事を言うな、エリアエル。私はただ純粋にあの国に行ってスムーズに動けるように確認するだけだ。他意たいはない」


 クラウディア隊長が俺の正面に座るエリアエルに言う。

 他意はないと言うが、他意しかないその言葉に少し顔が崩れる。


「む。アダマ君、君も疑うのかね? 」

「そのようなことは……ありません」

「何だね、その間は。しかしまぁ良い。早速説明を始めよう」


 そう言いクラウディア隊長が周りを見渡した。


「まずやることは、命令書にある通り『試練の塔』の攻略だ。可能か不可能かは置いておきまずこの塔について説明しよう」


 そう言いながらクラウディア隊長が『試練の塔』について説明を始めた。


 この試練の塔で発生する魔物はそこまで強くないらしい。

 しかしながら現在八階層までしか攻略されていない。

 これはカエサル王国の軍や冒険者が弱いのではなく、その塔の特殊性から来ているとのこと。


「あの塔は、出る魔物が弱いわりに広いんだ。無駄に」

「隊長も入ったことがあるので? 」

「無論だ。死者のダンジョンのように国が入場を禁止しているわけでもないし、何より軍の訓練にも使っているからな」


 そう言いながらも隊長は脚を組み直す。


「軍のキャンプ作りに魔物退治。新人訓練にと試練の塔を様々な用途で使っている。しかしそれでも三階層まで。登るにつれて広くなり最後には帰還用の転移魔法陣も見失う」

「そんなに広いのか? 」

「私一人で行っても七階層までだった。あぁ確かその時から『一人師団』と呼ばれるようになったな。一人で行く距離じゃないと」

「という言うことは基本的に人海じんかい戦術になるのですか? 」

「その通りだともエリアエル。消耗を気にしながらキャンプからキャンプへとつないでいくのが基本だ。何せ食料が持たない」


 クラウディア隊長の話を聞き想像する。


 一人ポツンと広いダンジョンに残された冒険者、か。

 寂しくくちちていくのを待つのは嫌だな。


「よってこの塔のフロアボスは何一つわかっていない」

「情報不足、と言うことですね」

「そう言うことになる。しかし私個人としては今回失敗の心配はしていない」

「何故ですか? 」

「まずはシグナの存在だ」


 隊長が正面を向くとシグナが顔を上げて驚いた。


「私か? 」

「あぁ。シグナの索敵・探索範囲はカエサル王国の誰よりも広い。シグナをじくに探索を進める」

「脱いで良いか? 」

「……何でその話の流れから脱ぐことに繋がるんだ」

「こ、こんな面積の広い布を着ていると感覚が鈍るんだ」


 今にも脱ぎたそうな雰囲気を出してシグナが言った。

 まともな服が着れないとは……、どういう育ち方をすればそうなるんだ。

 隣を見ると顔を引きらせた隊長が言う。


「ま、まぁ考慮しておこう。今回の攻略に置いてシグナの索敵・探索は必須ひっすだからな」


 苦渋くじゅうの決断だろう。

 変態部隊として知られているアルメス王国内ならまだしも今向かっているのは他国。しかも隊長の実家があるカエサル王国だ。

 知らない土地でそのフェチズムを解放されたら塔を攻略する前に捕まりかねない。

 アルメス王国に戻るまでは全員で彼女を見張っておいた方が良いかもしれない。


「次にエリアエルだ」

「当然です。私の範囲魔法は国内一、いえ大陸一ですから! 」

「あぁ。その実力を存分に発揮してくれ」


 見張る対象が二人に増えた。

 確かに彼女の範囲魔法は素晴らしい。しかしそれは制御されていたら、だ。

 今の所俺のスキルで被害を抑えているが、もし彼女が何かの拍子にカエサル王国の訓練場で魔法を放つと城ごと吹き飛ばされかねない。

 スキルを組み合わせることで城を護ることはできるが、こんなしょうもない理由で使いたくないのが本音だ。


「次は……、我が夫のアダマだ」

「いつの間に夫になったのですか?! 」


 衝撃の事実だ!


「そうです! 抜け駆けはなしと約束したじゃないですか! 」

「そうだぜ隊長。ことこの件に関しては黙っちゃいられないぜ? 」

「……冗談だ」

「悪い冗談です」

「全くだぜ」

「だが今回もアダマが攻略の鍵となるのは冗談ではない」


 隊長が俺を見上げてキリッという。


「アダマのスキルは強力だ。今回もその恩恵おんけいにあずかるわけだが、今攻略速度はアダマの移動速度に依存する」

「俺の足の速度はそこまで速くないのですが」

「それは知っている。しかし普通よりかは速いだろう? 」


 そう言われて少しほほく。


 慣れと言うは恐ろしい。

 常に超速で移動するシグナについて行くためにダンジョンを駆けまわっていると、ギリギリついて行ける速度になった。

 スキルか何か修得したのかと思って再度スキル鑑定をしたが特に新しいスキルは手に入っていなかった。

 隊長達と話し、考えると普通に足が速くなっただけと結論付けた。


 こうしたスキルに反映されない能力は時々ある。しかしシグナの移動速度について行けるようになったのは明らかにおかしな気がする。

 俺の体に何が起こっているのか気になるが調べる手立てだてはない。


「そう言うことだ。私を含めたこのメンバーで攻略を行う。以上! 」


 クラウディア隊長がそうめくくる。

 馬車は走りカエサル王国へ向かった。

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