追放者サイド 4 キルケーは売られ、カイトに新しい仲間ができる

「くそっ! 何でだ! 何で上手うまくいかない!!! 」


 夜。宿の一室でカイトは顔を赤くし怒鳴っていた。

 しかしそれにおびえながらもキルケーはカイトをなだめる。


「た、偶々たまたまよ。カイト」

「そんなの当たり前だろう! 俺の実力はこんなんじゃない! 」


 持っている酒瓶さかびんを地面に投げつけ「パリン!!! 」と音が鳴る。

 しかしストレスを発散しきれないのだろう。机を拳で叩いてはまた怒鳴っていた。


 メアリが抜けた『聖杯を受け継ぐ者』だが、カイトとキルケーのみとなったこのパーティーが落ちぶれるのは早かった。


 元々素行そこうが良くないカイトだが、失敗するダンジョン攻略に腹を立てて更に暴力的になっていた。

 ランクの低い冒険者に当たり、食堂やギルドで暴力沙汰ざたを起こす日々。

 高位貴族の子ということもあり他の面々も表立って非難ひなんしないが、カイトを見る目は冷たかった。

 だがその目線を過敏に感じ取ったカイトは更にストレスをめていった。

 そして最後にはここまでついて来たキルケーにも暴力を振るう始末しまつである。


「ね、ねぇ。カイト。もうこの辺にしておかない? 」


 キルケーがカイトに提案する。

 その言葉にカイトはキルケーをギロリとにらみ「何がだ」と聞く。


「だ、だから。冒険者よ。私達のランクが下がったから領地に帰らないかなって……」

「ふざけるなっ!!! 」


 キルケーの言葉に怒りを爆発させて椅子をとばす。

 キルケーは危機一髪でそれを避けて頭を抱えた。


「お前まで俺の事を馬鹿にするのか! 」

「そ、そんなことないわよ」

「俺はまだやれる。俺は……俺はAランクにならないと帰らない! 」


 子供のワガママのような理由を聞きキルケーは何か抜け落ちるものを感じた。

 そして酒瓶をラッパ飲みするカイトを見てキルケーは思う。


 (潮時しおどき、よね。貴族夫人は勿体もったいないけど命には替えられないわ)


 考えがまとまりカイトの事を諦めると、彼女は一気に頭がすっきりしたような気がした。


 (何でこんな男についていったのかしら……。いえなんで見抜けなかったのかしら)


 目の前にいる男はキルケーの知っているカイトとは別人に思えた。

 順調に冒険者ランクを上げていた時のカイトは確かに輝いていた。

 多少ワガママで自信家な所はあったがここまでではなく、むしろその輝きを目立たせていた。


 が今の彼はどうだろうか。

 Aランクも目前と言われたカイトの冒険者ランクは今やDランク。

 冒険者ギルドの信頼をそこねたということでランクが落ち、そして暴力沙汰ざたで更に落ちた。

 冒険者でいられるのが不思議なくらいである。


 Dランクと言えば一般冒険者に毛がえた程度。

 キルケーにとって実家に帰らず現実を見ないカイトにもう価値はない。

 腹を決めカイトに向く。


「……なんだその反抗的な目は」

「カイト。ここまでよ」

「何がだ」

「私は貴方と別れるわ」


 キルケーがはっきり言った。

 しかしカイトの反応はキルケーが予想していたものとは違った。


「ははははははは。キルケー。それは俺の言葉だ」

「え? 」

「キルケー。俺の家を乗っ取ろうとするキルケー。お前はクビだ」


 その言葉と共にノックが響く。

 カイトが「入ってこい」と言うと一人の軽装をした中性的な顔立ちの人が入ってきた。

 手を振る彼女はキルケーに抜けた元仲間メアリを思い出させた。

 しかしすぐに違うことがわかる。


「やぁ。話はすんだかい? 」

「あぁ今別れた所だ」

「それは僥倖ぎょうこう僥倖」


 そう言いながら彼? は手を振りながら堂々と部屋の中を歩く。

 椅子を引いてどすっと座りニコニコしながらキルケーに向いた。


「いやぁ君も災難さいなんだったね。追放なんて」

「わ、私は追放されたんじゃ……」

「違うって? リーダーから見切りをつけられた時点で君は追放されたんだ」


 彼? がそう言うとカイトは近寄り肩を組む。

 キルケーに向いて紹介を始めた。


「こいつは新しい仲間だ」

「ボクの名前は『ロキ』っていうんだ。数分の付き合いだけど、よろしく~」


 軽くそう言いふらふらと手を振るロキ。

 彼はしたし気に肩を組んでくるカイトに少し忠告した。


「一応言っておくけど、ボクは男だからね? 変な気を起こさないでね」

「心配するな。俺もそっちの気はねぇ」

「それを聞いて安心したよ。出来るのならば君とは良いお友達でいたからね」


 笑顔ではにかみカイトに言う。

 カイトは少しドキリとするが踏みとどまる。

 女としてのプライドを傷つけられたキルケーはカイトに向かって「後は仲良く」とだけ言い部屋を出ようとするが——。


「ちょっと待て。キルケー」

「何よ」

「貴族家を乗っ取ろうとしてそのままで帰れると思っているのか? 」


 底冷えするような声に体が固まり彼女は止まってしまった。


 キルケーはカイトの実家——ログ子爵家を乗っ取ろうとはしていない。

 カイトの妻となり『貴族家の夫人』と言う称号が欲しかったのは事実だが、それ以上は望んでいない。

 カイトの被害妄想であるがそれが悲劇を生む。

 キルケーは言いかえそうにも言い返せることができない。


 そのちょっとした数秒の後、更にノックの音がした。

 カイトが返事を複数の大男が入って来た。

 明らかに裏家業の者であることがわかる。


「俺は優しいからな。次の就職先を見つけてやったぜ」


 カイトが嫌らしい笑みを浮かべながらキルケーに言う。

 これからどんな仕打ちを受けるのか想像し顔を真っ青にしたキルケーはカイトに振り向き言葉をしぼり出す。


「な、なんで……」


 出て来たのはその言葉であった。

 別れを切り出したキルケー。

 しかし、心のどこかでカイトの事を信じていたのかもしれない。


 まだまともである、と。


 がそれは裏切られたわけで。


「い、いやっ! 」

「暴れるな!!! 」

「! 」


 大男の怒鳴り声で抵抗がなくなる。

 裏切られたという気持ちとこれから起こる事に絶望しながら崩れ落ちた。


「こいつは大した金にならねぇが、良いんだな? 」

「あぁ構わねぇ。貴族家を乗っ取ろうとした罰だ」


 カイトがそう言うと男の一人が一枚の紙を取り出して彼に渡す。

 抵抗が無くなったキルケーを持ち上げ彼らは部屋を出て行った。


 アダマを追放したキルケ-。しかし彼女もまたカイトによって追放されたのであった。


「はははははは」

「気分を悪くしたか? 」

「いいや。面白い事をするねってね。これだから人間は面白い」

「人間? 」

「何でもないよ」


 そう言いロキは立ち上がる。

 カイトの方を向いて両手を広げた。


「さぁ。ボク達の冒険を始めよう! 」

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