第54話



 部屋を出た途端、ギルバートの胸の中に閉じ込められたアンは戸惑いを隠せない。



「……ギルバートさん?」



 遠慮がちに呼ばれた名前に、ギルバートはハッとすると腕の力を緩めた。



「……すまない。」



 アンはふるふると首を振るのを見て、ギルバートは優しく手を握った。



「少し、話をしたい。」



 ギルバートのいつもと違う熱の籠った瞳に、アンはこくこくと頷くことしか出来ない。ギルバートに手を引かれ、執務室に入り、ソファに腰掛ける。ギルバートはなかなか口を開かない。握られたままの手に、アンはドギマギしっぱなしだ。




「……ギルバート、さん。」



 沈黙に耐え兼ね、名前を呼ぶと、繋がれた手を強く握られる。ギルバートは真剣な眼差しでアンを見つめ、愛を囁き始めた。




「……好きだ。」




「ふぇ?」




「好きだ。」




「ちょっ……」




「愛している。」




「まっ……」




「明日にでも籍を入れよう。」




「ギ、ギルバートさん!」



 キャパオーバー寸前のアンの叫びに、ギルバートは漸く、愛を囁くのを止めた。



「アン?」



「ど、どうしたんですか!急に!」



「急ではない。」



 少し口を尖らせたような表情のギルバートに、アンは内心可愛さを覚えながらも、追及を続けた。



「こんなことされたら驚きます!何かあったんですか?」



「……何かあったのはアンだろう。」



「え……?」



「祝賀会で、心無い言葉をぶつけられたと聞いた。」



 アンはぎくりとして、言葉を無くした。アンの不安を感じ取ったのか、ギルバートは優しくアンの頬を撫でる。



「反省したんだ。」



「……反省?」



「ああ。俺はアンを愛しているし、これまでも気持ちを伝えてきたつもりだった。だが、婚約のことでアンを不安にさせてしまったということは、気持ちを伝える努力が足りなかったということだ。」



 そんなことない、と言おうとする前に、アンの瞳から涙がぽろりと零れた。





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