第53話



「ギルバートさん、今日はありがとうございました。おやすみなさい。」



 今にも泣き出しそうな笑顔を浮かべ、アンはギルバートにぺこりと頭を下げ、ギルバート私室の隣の部屋に入って行った。ギルバートは、今すぐにでも抱き締めたい衝動に駆られたが、手を伸ばす事すら出来なかった。




 祝賀会の後、前回の舞踏会のようにアンはギルバートの屋敷に泊まることにしていた。ギルバートは帰ってから、また二人でお茶でも飲めたらと、内心楽しみにしており、アンが好きそうな茶菓子まで買っていた。




 だが、祝賀会でアクシデントが起きてしまった。褒賞の授与式自体は滞りなく終わらせることが出来たが、その後見知らぬ令嬢達の心無い言葉を聞いてしまったらしい。



 これはアンから聞いたのではない。ギルバートの元に戻ってきても、心ここに在らずなアンを不思議に思っていたところ、セレナがこっそりと教えてくれたのだ。




「あの令嬢達へのお仕置きは、私にお任せください。」



 目をぎらつかせ囁いたセレナに、令嬢達の対応は任せるとして、ギルバートはアンへ掛ける言葉に迷っていた。



 アンは、会場で痛々しいほど悲しげな笑顔を浮かべており、ギルバートはすぐ帰宅することにした。ギルバートが頭を捻り、あれやこれやと話しかけても、アンの反応は鈍かった。そうこうしている内に、屋敷に到着してしまい、先程の挨拶となる訳だ。




(足りなかったのか……。)



 ギルバートはこれまでアンへ惜しみなく気持ちを伝えてきたつもりだった。アンのことを誰よりも愛しく、大事に思っている。だが、アンは一言も令嬢のことを話してくれず、それはギルバートが相談できる相手になれていない、と突き付けられているようだった。




(アンの顔が見たい。)




 つい先程まで一緒にいたアンと会いたくて堪らなかった。ギルバートは私室を出ると、隣のアンの部屋の前で固まってしまう。今のアンに会っても良いものか、ギルバートの心は不安で覆われた。しかし、それも束の間、かちゃりと音がしてアンの部屋の扉が開いた。




「ギルバート、さん?」



 目を見開いたアンを見た瞬間、ギルバートは考える間も無くアンをきつく抱き締めていた。

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