第44話


「アン。」



 自分の胸元に、顔を埋めている婚約者を愛でながら、ギルバートは声を掛けた。アンは、どう答えようか考えあぐねているようで、小さくうめき声が聞こえる。




「ほら。もう着く。」



 ぴくり、と反応したアンがもそもそと動き始める仕草はとても可愛らしい。周りを見渡したアンは、目を輝かせた。




「わぁ!きれい~!」




 森の中にある湖は、とても美しく、周りには色とりどりの花が咲いている。キョロキョロしながらはしゃぐアンを見て、思わず頬が緩んだ。




 馬から降り、湖の周りを歩こうと手を差し出すと、顔を赤くしたアンは、少し悩んだ後、おずおずと遠慮がちに手を取った。




「嫌だったか?」



 思わず不安になり、先ほどと同じように尋ねてしまう。馬に乗っていた時のギルバートのからかいを思い出したアンは、文句でも言おうと思ったのだろう、大きく口を開いた。だが、ギルバートの表情を見て、ギルバートが本気で尋ねていることが伝わったようで、きまり悪そうに口を閉じた。




「……嫌ではないです。ただ……。」



 アンは小さく呟くように言った。



「ただ?」




「緊張しちゃっただけです。」




 ぷい、とそっぽを向くアンの横顔はあまりにも可愛くて、ギルバートはいつまでも眺めていられた。





◇◇◇◇




「じゃーん!」



 お昼の時間になり、漸くいつもの調子を取り戻したアンは、力作のお弁当を披露した。





「これは……。」




 ギルバートは目を丸くした。アンはその顔を見ると、得意げに笑った。




 こちらの世界では、お弁当と言っても、パンやチーズ、果物をそのまま簡易的な箱に入れて持ち歩くことが殆どだ。だが、前世の記憶から、鮮やかで、たくさんのおかずが詰められたお弁当を思い出したアンは、どうにか再現できないか考えた。いつもは食パンのサンドウィッチが多いので、今日はロールパンにハムや野菜、ポテトサラダなどを挟んだものを準備した。おかずには、具沢山のキッシュ、ミニハンバーグ、野菜のソテーなどを詰めている。




「そうか、前世の弁当か。」



 作った経緯を聞いたギルバートは、より興味深そうにアン特製のお弁当を見ていた。



「再現できる物だけですけどね。」




「……うまい。」




 ギルバートが一番最初に手に取ってくれたのはロールパンだった。ギルバートは無意識だったかもしれないが、アンが一番食べてほしいものを分かってくれているようで、アンはそれがとても嬉しかった。

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