第40話



 長い時間、誰も言葉を発することは出来なかった……いや、掛ける言葉が見つからなかったのだ。





「サイモン殿下。」



 最初に口を開いたのは、アンだった。




「私の母も、サイモン殿下と殿下のお母様と同じ病に罹っていました。」




「ああ。聞いている。」


 サイモンは小さく頷いた。




「私の母は、結果的に治っているので、私には殿下の気持ちが分からないと思われても仕方ないと思います。ですが、看病していたあの日々の恐ろしさは、今でも夢に見ます。大事な人が、苦しんでいても自分は何も出来なかった。いつまで一緒にいられるのか、毎日怯えて、良くならない症状に絶望していました。」



 その場にいる全員が、アンの話を静かに聞いていた。



「そんな中で、助かる道があったのに、それを邪魔した相手がいるのであれば恨むのも、自暴自棄になることも当然だと思います。だけど。」




「助かりたくない、と思っている相手でも、やっぱり病に苦しんでほしくない、と私は思ってしまうのです。」


 アンは、泣きながら美しく笑っていた。




「そして、私以上に殿下に苦しんで欲しくないと思っている方がいます。」










「サイモン……本当にすまなかった。」



「……兄上。」




 ルイスは膝をつき、深々と頭を下げた。





◇◇◇◇





 ルイスが自身の母の歪みに気付いたのは、随分と幼い頃からだった。側妃やその息子のサイモンへの嫌がらせは、幼いルイスが見ても気付くような、杜撰で卑劣なものだった。だが、まさか命に関わるようなことまでするとは夢にも思っていなかった。



 物心ついた頃には、側妃やサイモンを母親から守れるよう、ルイスは必死で動いていた。嫉妬に狂った母親と違い、優しく受け入れてくれる側妃と、自分を兄として慕ってくれるサイモンをルイスは大切に思っていた。




 側妃が亡くなったあの時、ルイスが母親の謀略に気付くことは無かった。だが、日に日に、仲の良かったサイモンの態度に変化があることに気付いた。それまでは、ルイスに懐いてくれていたサイモンが、ルイスに全く近づかなくなった。最初は、母親が亡くなり、気持ちの整理がつかないせいだと考え、様子を見ていた。だが、どうもそうではない。そう思ってから、恐ろしいことが頭をよぎった。




 ルイスはすぐ調査を始めた。母親はいつもの杜撰な嫌がらせとは違い、かなり慎重に動いていたようでなかなか裏を取れなかった。だが、ルイスは買収された使用人たちを一人ずつ見つけ、事実確認を進めた。そして、自分が仮定した恐ろしいことは現実だったと証明された。




 その頃には既にサイモンは、革命派に入ってしまい、ルイスのことを徹底的に避けていた。ルイスは恐ろしくなった。側妃だけでなく、サイモンまで失うことになるのではないかと。ルイスは、サイモンを革命派から遠ざけようと躍起になっていたが、上手くいかない。そして、サイモンの病が発覚した。

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