第36話



「おはよう。」




「おはようございます。」




 アンが朝食の席に向かうと、ギルバートは既に席に着いていた。昨夜の事を思い出し、つい照れてしまう。それに。







(何か、結婚してるみたい。)







「何だか結婚してるみたいだな。」




「っ!!」





 自分も思っていたことだが、言葉にされると酷く恥ずかしい。ギルバートが同じ気持ちであることは嬉しいけど、涼しい顔をされると悔しくて、アンはつい口を尖らせた。





「何だ?」





「~~っ!!ギルバートさんは狡いです!」





 不満そうなアンの顔を見て、ギルバートは口許を弛めた。そして、そんな二人を見た使用人達もまた嬉しそうにしていた。








◇◇◇◇






 朝食後、アンはギルバートの執務室に呼ばれた。昨日一緒にお茶を飲んだソファに隣り合って座る。アンはまた昨夜の事を思い出し照れてしまう。





「アン。今日は、時間があるだろうか。」






「はい。大丈夫です。」




 舞踏会の翌日なので、パン屋も聖女の仕事も休みにしていた。





(もしかして、もう少し一緒にいられるのかな。またデートしようって言ってくれたし。)







 アンは思わず期待してしまったが、予想に反してギルバートは難しい顔をしていた。







「昨日のルイス殿下の件、相談したいんだが。」





「えっ?」





「実は、ルイス殿下の話は、聖女の仕事に関する事だったんだ。ジェフリーと、グレッグ、ロナルドにも集まるよう連絡している。アンにも聞いてほしい。」





「わ、分かりました。」




 ルイスから、聖女の仕事の依頼があったのだろうか。アンは、大事な話なのだから、と真面目な顔を保とうとするが、つい(デートじゃなかった~)と心が叫ぶ。






「せっかくの休みなのにすまない。」




 アンの表情筋は仕事をしないようで、しょんぼりした気持ちが漏れ出ていた。






「ち、違います!仕事の話は良いんです!」




 ギルバートは、疑うようにアンを見た。






「あの、その、今からまたデートできるかと思っちゃいました。」




 アンは照れ笑いを浮かべる。ギルバートは、目を見開いた後、眉間に皺を寄せた。




「君という人は。」




 少し不機嫌そうに言ったかと思うと、グイッと引き寄せられ、アンはギルバートの胸の中に閉じ込められていた。




「ひゃ、ギ、ギルバートさん。」




「あんまり可愛い顔をされると我慢出来なくなる。」




「へ?」




「今日は出来ないけれど、殿下からの面倒ごとを終わらせたら必ず二人で出掛けよう。」




 アンは、ギルバートの胸に埋めていた顔を上げ「はい!」と満面の笑顔で答えた。



 ギルバートはすぐそっぽを向いてしまうが、耳の端が赤く染まっていることに気付き、アンは嬉しさでいっぱいになる。



 離れてしまうのは名残惜しくて、またギルバートの胸に収まると、ギルバートの腕もまた力が篭る。







 今、この時の感情が、愛しさだと気付いたのは、どちらが先だったのだろう。




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