第29話




 ジェフリー達と別々の馬車に乗る。ギルバートと二人っきりの狭い空間に、アンの動悸は激しくなった。



(二人でいるのは慣れているはずなのに・・・。)



 アンはちらりと隣にいるギルバートを見ると、先程の言葉が思い起こされ、また顔を熱くさせた。



「アン?」



 黙りこくったアンを心配するように問いかけられ、アンはまたドキリとする。




「緊張しているのか?」




「い、いえ。」




 そういえば、あれほど緊張していた舞踏会のことはすっかり頭から消えていた。




「こ、こんな狭い場所にギルバートさんと二人でいると、その、気持ちが落ち着かなくて。」



 俯いたアンが紡いだ言葉に、ギルバートは目を見開いた後、口許を綻ばせた。



「そうか。」



 心なしか弾んだ声と、先程よりも強く繋がれた手に、アンは顔を上げた。



「ギルバートさん?」





「さっき・・・ジェフリーに先を越されて焦った。」




「へ?」




「アンのドレス姿を見た時だ。美しいと、可愛らしいと、言いたかったのに、言葉にならなくて。そしたら先にジェフリーが誉めてしまったから慌てた。」



 ギルバートの誉め言葉に、アンは顔どころか首まで赤くした。胸が苦しくて、息苦しい。ギルバートは、繋がれた手を離すと、アンの手袋を取った。そしてアンの手に唇を寄せた。





「今日は、ずっと俺から離れないでほしい。俺の、婚約者殿。」



 熱っぽい瞳に見つめられ、アンの動悸は収まらなかった。




「ギ、ギルバートさん。その、手袋・・・。」



 ギルバートは、アンの手袋を外したまま、自身の手袋も外して手を繋いだ。



「馬車の中だけ、このままでいさせてほしい。」



 それは、まるで、アンに直接触れたいと言っているようで。アンは思わず嬉しさを感じてしまう。




(ギルバートさん、どんどん甘くなってない?)




 恋愛には全く縁の無い人生を送ってきたアンは、ギルバートの言葉と行動に、キャパオーバー寸前だった。

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