第28話




 いつもの装いとは全く違う、アンのドレス姿を見たギルバートは黙ったままである。アンが、どこか可笑しかったのか、と気まずい思いをしていると後ろからバタバタと音が聞こえ、ジェフリーと可愛らしい女性がこちらに来たことが分かった。




「わぁ~アンちゃん、可愛いね!見違えたね!」



 ジェフリーの誉め言葉に、アンは胸を撫で下ろした。



「あ、こちらが俺の奥さんだよ~宜しくね。」



「ジェフリーの妻、セレナです。仲良くしてくださると嬉しいですわ。それに、本日のドレス姿、とてもお美しいです。」



 ほんわかと笑うセレナは、桜色のドレスがよく似合っており天使のように可愛らしい。同じ女性のアンでもきゅんきゅんしてしまう可愛らしさだった。



「アンです。こちらこそ宜しく御願い致します。」




「セレナには、アンちゃんの状況を伝えているからね。」



「状況、と言うのは?」



「アンちゃんが第一王子にも、第二王子にも狙われてるってこと。」



「ええ。殿下達が近寄ってきたら、コテンパンにしてやりますわ!」



 その可愛らしい見た目とは裏腹に、荒々しい言葉が放たれ、アンはヒヤリとした。これは所謂不敬罪に当たるのではないだろうか。しかも、ジェフリーから一度も家名を聞いたことはないので、おそらく二人は平民の筈だ。近くにいた使用人や侍女たちは素知らぬ顔をしてくれてはいるが、アンは不安になった。




「ああ、心配しなくて大丈夫だよ。あのね・・・。」



 ジェフリーとセレナから語られる話に、アンは驚かされた。


 セレナの母と、現王妃殿下は姉妹であり、元々は公爵家出身だ。だが、セレナの母は、平民の男と大恋愛をし、結婚してセレナが生まれ、今も仲睦まじい。


 セレナの父は、平民出身ながら優秀な人で、下っ端の文官から実力だけで役職に就いた叩き上げだ。その優秀さと、王妃の妹の婚家ということもあり、国から爵位を与える話も幾度となく挙がった。だが、セレナの父は貴族社会を嫌っており、一度も受け入れたことはない。




(だから、ジェフリー様のことを。)



 ジェフリーも平民と言えど相当優秀な筈だ。監察庁に勤める者はエリートばかりだし、ジェフリーはその中でも主任監察官の補佐をしている。セレナは、自分の父のように努力を重ねているジェフリーに惹かれたのだろう。



「なので、平民と言う立場ですが、王妃の姪ということもあり、王子殿下とは、幼い頃は幼馴染みのように遊んでいましたし、社交の場にはよく駆り出されているのですよ。王子殿下のことも、社交のことも、私にお任せくださいな。」



 何とも頼もしい言葉にアンは大きく頷いた。



 王妃殿下とセレナの母が仲が良い為に、王族と平民と言う垣根があるにも関わらず、二人の王子殿下とセレナは会う機会が多かったらしい。アンは強力な味方を手に入れたようでホッとした。



「もう時間だね。そろそろ行こうか。」


 ジェフリーの声掛けで、全員が退室しようとドアの方へ向かう。アンもそれに続こうと歩き始めると、グイッと腕を引かれる。気付くと先程まで黙ったままのギルバートの顔が、自分の顔の間近にあり、ドキリとした。




「ギ、ギルバートさん・・・?」







「・・・アン、よく似合っている。」




 耳元で低い声で囁かれ、アンは顔を熱くさせた。侍女達も、ジェフリーも、セレナも誉めてくれたけれど、やっぱりアンは、ギルバートの一言が何より嬉しかった。




「行くぞ。」



 手を引かれ、そのまま退室する。ジェフリーとセレナは、繋がれた手を見て、にやにやと何か言いたげにしていたが、アンは恥ずかしい気持ちよりも嬉しさが募った。





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