第16話


 王宮から監察庁へ戻る間、重苦しい空気にジェフリーは耐えられない思いだった。いつもなら、ギルバートがどんな顔をしていても、ジェフリーは勝手にペラペラ喋っていたが、流石に今日のこの空気では話す勇気は無い。




(参ったなぁ。)




 元はと言えば、アンの誘拐未遂事件はジェフリーに責任がある。アンが憂いなく過ごせるように最後まで解決するべきだと思っている。




(だけど、それだけじゃなくて。)





 ルイスと別れてから、結構な時間が経っているにも関わらず、未だに不穏な空気を醸し出している上司をチラリと見る。



 この、かなり扱いにくい上司は、見た目だけで女性に敬遠される。加えて、冷徹な物言いや、臨機応変が利かず規則第一な性格が、より女性を敬遠させている。



 それが、アンと出会い、目には見えない形で良い方向に変わっている。アンに対する言葉や表情は、一見すると鬼のように冷たいものだが、アンを大切にしたいという思いが見え隠れする。アンもそれを素直に受け取り、ギルバートに懐いている。…………他の女性に距離を取られていることに変わりはないが。



 ジェフリーとしては、ギルバートが初めて大切にしたいと思える相手と切り離すようなことはしたくなかった。




(どうにか、このまま二人が一緒に過ごせる方法を考えないと。)




 アンを婚約者にする、という爆弾を落としたルイスは、それを阻止しようとするギルバートへ、早急に別案を提示するように言った。




(ほんと、無茶なこと言うよなぁ。パン屋の女の子を第一王子の婚約者に、なんて。)



 ルイスもギルバートと同じ二十八歳。結婚適齢期は過ぎている。侯爵家のギルバートでも、家族は縁談探しに奔走していると言う。第一王子になると、余計に緊迫している状況だろう。…………そこにアンを投げ込むつもりは毛頭無いが。








「ああ!そうか!」





 黙って後ろを歩いていたジェフリーが急に声を上げたため、ギルバートは怪訝そうに振り返った。





「先輩!思い付いたんですよ!アンちゃんをルイス殿下に取られない方法!」



 ギルバートは目を見開いた。その瞳には僅かに期待が篭っていたことをジェフリーは見逃さなかった。


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