第12話
「ひゃあ…………!」
大きな音を立てて止まった荷台には衝撃が走り、アンは思わず倒れてしまう。
「あらら、大丈夫?」
アンを攫った男は手を貸してくれ、アンは立ち上がることが出来た。
「あれ、あなた…………。」
アンが男の違和感に気付いた、その瞬間。
「アンから離れろ。」
ギルバートの低い声が響いた。幌で覆われていた荷台は切り裂かれ、外の光が急に入ってきたことで、目が眩む。
「ギルバートさん…………。」
「はい、離れますよ。」
男は、優しい笑顔を曇らせる事なく、アンを支えていた手を離し、両手を挙げると降参の意を示した。
「お前…………っ!」
「ギルバートさん……!待って!」
ギルバートが拳を振り上げようとした時、アンは思わず叫んだ。ギルバートの拳は既の所で止まった。
「アン…………。」
「ギルバートさん、手を出したらいけません。決められた法に則り、処罰すべきです。」
「だが。」
ギルバートのことは、この一か月でよく分かっているつもりだった。規律を重んじる彼は、法を持ち出せば必ず我を取り戻す、と。
しかし、ギルバートの怒りを纏った空気は収まる事なく、きつく握られた拳は憤りから震えている。
「ギルバートさん。私は何にもされていないです。大丈夫です。」
にっこりと微笑みを浮かべたアンを見て、ギルバートは小さく息を吐く。男を拘束したまま、ギルバートはアンへ遠慮がちに手を伸ばす。
「はぁ~先輩、早いですよ~。」
ギルバートの手がアンに辿り着く前に、息を切らしたジェフリーが荷台に乗り込んで来た。
「アンちゃん、無事で良かった。俺たちのせいで申し訳ない。」
「いえ、私こそすみませんでした。」
ジェフリーは目をぱちくりさせるが、何か言う前にギルバートが拘束した男を渡した。
「連れて行け。」
ジェフリーと男が去ると、荷台には二人になってしまう。アンは緊張しながらも、声を掛けた。
「…………ギルバート、さん。」
ギルバートは何にも言わずにアンを横抱きにし、ずんずんと歩き始めた。
「きゃあ!」
「…………。」
「ギルバートさん?私、怪我もしていないし、歩けますよ。」
「…………。」
「あの~…………。」
「お前が、申し訳なく思う必要はない。」
漸く口を開いたギルバートの表情は、苦しげだった。
「でも」
「お前が攫われたのは、俺たちの管理体制が悪かったからだ。すまない。」
「そんな…………!悪いのは私です。ギルバートさんたちはいつも初対面の人は気を付けるように言っていたのに、私が油断したから…………。」
ギルバートの苦しそうな顔を見るくらいなら、怒られた方がずっと良かった、とアンは思わずには居られなかった。止めようとしても涙が込み上げてくる。
「ギルバートさん、ごめんなさい。母の症状と同じことを言われて、早く行かないとって焦ってしまいました。これからは絶対にこんな対応しません。」
「…………アンはそのままでいい。」
ギルバートはぽつりと呟いた。ギルバートの腕に力が篭るのをアンは感じた。恐る恐る、ギルバートの胸元に顔を寄せると、先程まで感じていた恐怖も、迷惑を掛けた申し訳なさも、全て洗い流されるようだった。
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