第9話 ギルバートside



「ギルバートさん!今日は違うパンを持ってきたんですよ!」


 得意そうに胸を張るアンが視界に入る。


「じゃ~ん!ハンバーガーです!」


「ハンバーガー?初めて聞くね。少しサンドウィッチに似ているみたいだ。」


 俺が大した反応もしないので、ジェフリーが俺にちらりと呆れた視線を向けた後、代わりに返事している。


「はい。サンドウィッチは食パンで挟んでいますが、これはハンバーガー用にパンを作っています。そして、具はハンバーグです!これならスタミナがつきますよ!。」


「ああ。ハンバーグを挟んでいるから、ハンバーガーって名前なんだね。」


「ふふふ。ジェフリーさん、そう思うでしょう。だけど、他の具もあって・・・。」


 笑顔でハンバーガー談義を始めるアンの声を、俺はぼんやりと聞いていた。



◇◇◇


 初めてアンに会ったとき、変な娘だなと思った。聖女の届け出に来た聖女たちはみな、急に自分に現れた大きな力に怯えるか、ヒロインのように自信満々に振る舞うかのどちらかだった。だが、アンは勝手に説明を始めているグレッグとロナルドをどこか冷めた目で見ていた。


 そして、王宮職員を咎めた俺に意見してきた。俺に意見してくるのは、家族以外はジェフリーと、もう一人くらいだ。それほど容貌も態度も酷いことは理解しているつもりだ。俺と話している間、恐怖を滲ませなかったの女性は、母親以外ではアンが初めてだった。


 話をする中で、アンは稀に見る家族思いで、働き者の、真っ直ぐな人間であることが伝わってきた。


(これは、不味いな。)


 アンに説明した通り、貴族に生まれた聖女であれば、家が後ろ楯となるし、また護衛がいくらでもいるから警備もしやすい。アンはその点では不利で、悪しき考えを持つ人間に狙われやすい。だが、それだけではない。家族、職場、信念、大切なものがあればあるほど、そこに付け入る者がいるのだ。



「家族三人で穏やかに暮らしたい。」


 彼女の真っ直ぐな瞳で語られた望みは、美しい、と思った。



◇◇◇


「ギルバートさん、美味しいですか?」


 珍しく、味の感想を求められ、つい頷いてしまった。


「良かった!じゃあ、明日から発売します!」


「え!試供品だったの!先輩、いいなぁ。」


 アンの勤めるねこのパン屋は、アンの前世の記憶の力もあり、王都内でも評判のパン屋となっていた。そこの発売前のパンを食べられるなんて、ステータスなことだろう。だが。


「アン・・・。」


「ギルバートさん、ごめんなさい。ギルバートさんが特別扱いが嫌なことは分かっています。」


「だったら・・・。」


「だけど、特別扱いさせてほしいんです。私にとっては、ギルバートさんは特別なんですから。」


 ふんわりと優しく笑うアンを見て、俺は初めて感じる不思議な感覚が身体の中に起きていることに気付いた。

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