第6話

「残ってもらって、すみません。」


 グレッグとロナルドが機嫌良く帰った後。トーマスの顔色に気付いたジェフリーが朗らかな笑顔で声を掛けた。トーマスもジェフリーの笑顔を見て、ようやく肩の力を抜いた。



「今までの話は『癒しの力』についての話だ。私たち監察庁では、聖女の方の前世の記憶についても確認が義務付けられている。アン、前世の記憶について話して貰いたい。」


 ジェフリーがせっかく空気を癒してくれたのに、ギルバートが口を開いた途端またトーマスは顔色を失ってしまう。一方アンは平然と話し始めた。



「あまりハッキリとは思い出せないのです。所々、切り取ったような記憶しかありません。」


「今、思い出しているものだけ話してくれ。」


「はい。前世の私もパン屋だったようです。仕事は好きだったようで、パンのことはよく思い出せます。こちらの世界と違い、多種多様なパンがあったようです。」


「もう少し詳しく話せるか。」


「こちらでは、バゲットや食パン、ライ麦パンが主流です。しかし、前世では甘い菓子のようなパンや惣菜と組み合わせたパンも多かったようです。色合いも綺麗で、こちらより食文化は豊かなようでした。あ、前世のパンをこちらで再現して販売してもいいですか?」


 尋問のように低い声色のギルバートと対照的に、アンは大好きなパンのことを聞かれて笑顔で話している。


「それは問題ない。他に覚えていることは?」


「いえ、ありません。」


「家族や友人のことは?」


「それも全く。」


 隣の震えているトーマスをちらりと見て微笑むアンを、ギルバートは訝しそうにこちらを見た。



「どうした?」


「いえ。仕事のことしか覚えていないなんて、前世の私はもしかしたら家族と縁が薄い人間だったかもしれません。だから、今世は家族に恵まれて嬉しいなぁ…と考えていました。」


「ア、アン…」


 ギルバートが来てから一度も口を開かなかったトーマスが嬉しさの余り声を出した。


「確かにアンは家族に恵まれているようだ。」


 今まで話の本筋から離れるのを嫌がっていたギルバートが同意したことにアンもトーマスも驚いた。


「いるんですよねぇ。娘が聖女になったからって、金儲けに利用しようと酷使する家族が。アンちゃんは、そこは心配なさそうだ。」


「ああ。だが別の問題がある。」


 相手を萎縮させる鋭い眼差しを受け、トーマスは縮み上がった。

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