第5話


「では、アン。神殿と魔術協会で、聖女がどのような役割か説明は受けたか?」


 冷たく抑揚の無い声で、ギルバートは説明を始めた。


「はい。聞きました。」


「アンには次の選択肢がある。神殿で聖女登録する・魔術協会で聖女登録する・どちらでも聖女登録する・どちらでも聖女登録しない、この四つだ。」


「え・・・しなくてもいいんですか?」


 驚きの声を上げると、グレッグとロナルドの苦々しい表情が見えた。


「ああ。聖女が発見された場合、王宮への届け出義務はあるが、神殿や魔術協会への登録義務はない。」


 どうも二人は自分達に都合の良い部分しか話していないようだ。


「我が国の法律では、聖女は一つの職業として位置付けられている。そして我が国は職業選択の自由が認められている。だから、聖女の力が見つかっても、聖女としての活動をしないことは認められている。」


「実際にそのような方もいらっしゃるんですか?」


「ああ、いる。」


 アンの悩んだ素振りを見て、グレッグとロナルドは焦っているようだが、流石にギルバートの前では口を挟めないようだ。


「アンの希望は?」


 全員の視線を感じながら、アンは少しずつ自分の気持ちを言葉にした。


「あの、私の母はこの一年近く寝たきりのような生活でした。昨日、聖女の力で母の病気は治りましたが、すぐに働ける訳ではありません。私がいなければ、うちのパン屋が潰れてしまいます。それに・・・。」


「それに?」


「私も父も、働き尽くして、看病と病院探しに奔走した一年でした。それがやっと母が治ったのです。家族三人で穏やかに暮らしたい。これが望みです。」



「そんな・・・!」「待ってくれ!」


 グレッグとロナルドが絶望した面持ちで声を上げた。しかし、ギルバートの「もう少し待て。」の言葉に、顔を青くし慌てて口を閉ざした。



「アンの要望と家の状況は理解した。では、ここからは監察からの提案だ。これを強制することはないし、断っても問題はない。」



 ギルバートの提案はこうだ。元々、聖女には王宮から護衛をつけることが決まっている。聖女の力を狙って、良からぬことを企む者がいるためだ。ただ、アンの場合、町のパン屋に護衛がついているのは物々しい為、パン屋の店員として常駐できるよう考えていたらしい。



「例えば、その護衛がアンの代わりに仕事ができれば、短時間でも神殿や魔術協会に行くことは難しいか?週に一回ずつでも良い。」


 アンは驚いた。そんな働き方があるのか、と。もし両親に負担を掛けないのであれば・・・。


「そう出来るならお願いしたいです。母のような人を救いたい気持ちはあります。」


 ギルバートは鬼の形相のまま、頷いた。グレッグとロナルドは大喜びしている。例え週一回でも、短時間でもいてほしい。それほど、逼迫している状況だった。週に一回ずつ、半日だけ、神殿と魔術協会へ行くことに決まり、曜日や細かい時間の確認を行った後、契約を行った。


「グレッグ、ロナルド。アンの本業はあくまでパン屋だ。もし、この契約を守らないようなら、すぐ聖女登録は無効になる。アンに負担が大きいようであれば、その都度契約は見直す。監察官面接も継続して行うから、妙な真似はしないように。」


 ドスを利かせたギルバートに睨まれ、二人はぶるぶる震えながら頷いていた。手続きも終わり、アンとトーマスが帰ろうとしたところ、ギルバートに呼び止められ、トーマスは今日一番に顔を白くさせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る