第10話 プレゼンと、抱きしめと、盗賊

「どうですか」


 私は電卓魔道具を村長さんに見せた。


「素晴らしいね。これなら銀貨1枚、いや銀貨2枚を貰ってもいいかもしれない」


「そんなに」

「他の生活用魔道具は作らないのかね?」


 プログラム魔法なら凄いのが作れるけど、性能が良過ぎて困ったことになりそう。

 計算魔道具は別にいいのよ。

 競合が算盤だけだから。

 Aランクの魔石で作るような魔道具が、最下級と言わせるゴブリンの魔石で作れるなんて知られたら、絶対に絶対に良くない事になる。

 どう言おうかな。


「そちらはまだ研究中です」


 とりあえず、先延ばししましょう。


「そうかい。研究が済んだらぜひ村で扱わせてくれ」

「はい」


 そうよ、あれがあったわ。


「吹きつけの魔道具があります。どうでしょう」

「吹きつけ? どんな用途に使うのだね」

「目に入ると痛い粉とかをモンスターに吹きつけます」

「ほう。自衛のための武器だね」

「毒を使えば、殺傷能力はありますが。風向きによっては自分も吸い込むため、お薦めはできません」

「ふむ、目に入ると痛い粉で運用するのが無難かな」

「ええ」


 スプレー魔道具を試した村長さんは、銅貨30枚の売り値をつけた。

 そうよね、使い方が限られるもの。

 子供の遊び道具みたいなものだから。

 でも、作る人がいない魔道具なら比べられることがないので、性能の良さは際立たない。

 魔女認定は回避できそう。


 やっぱり計算特化がいいのかな。

 危なくもないし、良心も痛まない。

 そうよ。


 グラフを紙に印字する魔道具なんてどうかしら。


「あの、グラフを紙に描く魔道具なんてどうですか」

「グラフ? 聞いた事がないな」


 私は紙に棒グラフを描いてみせた。


「こんな感じです」

「これは画期的だ。これを魔道具で描くのか。しかし、手で描いても問題ない」

「時間の短縮には魔道具の方が良いですよ」

「どうだろう。流行るのかどうか、いまひとつわからん」


「試しに作ってみて、書類仕事が多い場所に売り込んではもらえませんか」

「ふむ、となると。領主様の文官だな。伝手はいくつかある。役に立たなくても、機嫌を損ねることもないだろう。作ってみなさい」

「お仕事、承りました」


 ええと、設計ね。

 入力項目は、縦軸の要素名、縦軸の目盛りの単位を最初に入力。

 一つの棒の要素名と数値のペアを何セットか入れる。


 例えば『入学者数、10、初年度、50、2年度、57、3年度、41』みたいな感じ。

 入学者数の後の10は目盛りの単位。

 その後にデータがペアで続く。

 この魔道具はバージョンアップの要請が来そうな魔道具ね。


 ええと、流れは、データを配列に格納→縦軸、横軸を引く→縦軸の名前を縦書き→目盛を付ける→棒グラフと項目名を個数分書く。 こんな感じかな。

 グラフが紙の端っこにちょこんと表示されないようにするには、最大値を求めて、一番大きいのを標準にすべき。

 めんどくさいけど、出来ると思う。


 こういうの作るのだったら、表計算魔道具を作ったらどうかな。

 文官仕事にはうってつけのような気がする。

 大規模プロジェクトの予感。


 そんなことを考えながら歩いていたら、つまづいてビュートに支えられたのに気づいた。

 何時の間にビュートがそばに来ていたの?


「ありがと」

「上の空だったから、驚かしてやろうと思ったら、転がりそうになるんだもん。こっちが驚いたよ」


「そうなの」


 何時まで抱き合っているんだろう。

 でも嫌じゃない。

 前世の記憶が戻る前の記憶がそう思わせているのかも。


 こんなので顔を赤らめたりしないよ。

 大人だからも。

 でも、ちょっとドキドキしている。


「ごめん」


 ビュートが赤くなって離れた。

 勝った。

 何の勝負をしているのかは分からないけど。


「ゴブリン退治にいかないの?」

「今日はゴブリンが現れないんだ」

「狩りすぎていなくなったわけじゃよね」


「それはないと思う。森の方では大きい群れもいるみたいだし。いなくなったと思ったら、村の近くにいつの間にか来てる。畑は奴らにとって大好物の食糧庫だから」


 どうしたのかな。

 絶好の餌場を放棄するような何かがあったのかも。


 胸騒ぎがする。

 良くない事の前触れじゃなきゃいいけど。


「大変だ。盗賊が攻めてきた」


 村人がそう言いながら駆けていった。

 盗賊の気配にゴブリンが怯えたのかな。

 だとすると盗賊は強者ね。

 人数はどれぐらいかしら。

 武器を作らないといけなくなるのかな。

 決断の時のような気がする。


 でも、まずは情報よ。

 情報がなきゃ何も分からない。

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