番外編2
ソフィアが仕えているハワード公爵家の一人娘、シャーロットと第二王子の婚約が解消された。どちらかに瑕疵がある訳では無い。国の情勢により、婚約を取りやめるしか無い状況に陥った為だ。
婚約が解消されるかもしれないことは三年前から分かっていた。シャーロットも公爵夫妻もある程度心の準備はできていた。王子妃教育の為、毎日足繁く王宮に通っていたシャーロットだが今は公爵家で領地経営の補助をしている。
「ふう……退屈ねぇ。」
ソフィアの淹れたお茶に口をつけ、シャーロットは溜め息を吐いた。一人娘を溺愛しているハワード公爵が「暫くはゆっくりしなさい!」となかなか仕事を手伝わせてくれず、シャーロットは時間を持て余していた。
シャーロットは机の上に積み重なる手紙や贈り物の数々をチラリと見て、また大きく溜め息を吐いた。知人からのご機嫌伺いの手紙ばかりでシャーロットは辟易していた。だが、それでも自分で全て確認するのには理由がある。それを察しているソフィアは「私が確認しますよ。」と提案することはしなかった。
このご機嫌伺いの手紙が無くともシャーロットは元気が無い。王子妃教育で身に付けた笑みを携えていても、近くにいるものなら分かってしまう。公爵夫妻も、公爵家の使用人たちも、婚約解消が原因でシャーロットの元気が無いと思い込んでいる。だが、実際には違う。
シャーロットは、第二王子と婚約を結ぶ前からずっと想い人がいた。もう十二年になる。王家から婚約の打診が来た十年前、彼女が十歳の時、彼女は想いを心に秘め誰にも知られること無く今日まで過ごしてきた―――彼女を敬愛する専属侍女のソフィアだけが彼女の想いを察していたが。
王家の都合で解消された婚約だ。シャーロットが望めば、想い人ととの婚約などあっという間に整えられただろう。だが、シャーロットはそうはしなかった。深く愛する人に一方的に婚約を求めることなどできなかった。それなのに、もしかしたら彼から、もしくは彼に近しい人から連絡の一つでも来るのではないかと手紙を開いていたのだ。
「……ソフィア、辺境に行きたいわ。」
「旦那様へお伝えすれば、すぐ手配してくださるかと。」
「や、やっぱり駄目!」
彼を一目見たい。
だけど一目見てしまったら?
きっと我慢できなくなるだろう。
辺境で愛する人を見つけているのかもしれない。
そうでなくても……もし奇跡が起きて彼と結ばれても、公爵家を継いでくれる人と結婚しなければならないシャーロットは、辺境で活躍している彼とは結婚できない。
シャーロットは部屋の隅に佇むソフィアをぼんやりと眺めた。
両親も他の使用人たちも、シャーロットを気遣い、あれやこれやと気休めになりそうな物を準備したり、優しい言葉を掛けてくる。シャーロットは彼らに気遣うことにも疲れてしまっていた。だが、ソフィアだけは違う。いつも通り、淡々と仕事をし、シャーロットの傍にいる。だからこそ心が緩んで、言わなくてもいいことまで口から出てしまう。
「ソフィア、ありがとう。」
「……はい。」
ソフィアもハロルドと結婚してもう四年になる。いつ彼女が子を産み、職を辞しても可笑しくはない。だが、情けない所ばかり見せていたら、ソフィアはきっとシャーロットが心配で職を辞すことを躊躇うだろう。冷たく見える彼女だが、本当は温かい人だとシャーロットはよく知っている。
「明日、もう一度お父様にお仕事をさせてほしいと頼んでみるわ。のんびりしているのはもう飽きたの。」
「ええ、そうですね。」
いつか来るであろう、彼女がいなくなる日に向けて、良い主でありたい。シャーロットはソフィアへ笑顔を見せ頷いた。
……彼がシャーロットへ求婚しにやってくるのは、もう少し後のお話。そして、彼が公爵家に婿入りしてくれたお陰でシャーロットとソフィアも生涯一緒にいられたのは、ずっと後のお話。
<番外編2:完>
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