番外編1-5
「はぁ……。」
ハワード公爵は大きく溜め息を吐いた。周りにいる公爵家の文官たちも似たり寄ったりな顔をしている。彼らの視線の先には、ここ暫く不機嫌だったハロルドが、今日は鼻歌を歌い出さんばかりにご機嫌に執務をしている。
「ハロルド……悩みは解決したのか?」
「ええ。」
「お前……雇い主にそう聞かれたら、嘘でも『おかげさまで』とか『ご心配おかけしました』とか言うんだよ!何で言わないんだ!」
「はぁ……面倒ですね。」
心底うんざりした顔でハロルドにそう言われ、ハワード公爵は怒りに震えた。
「あのな、お前が機嫌が良くなったり悪くなったりするから、周りにいる人間は気を遣うんだよ!」
「そうですか。ところで旦那様……先日奥様に内緒で購入された……」
「なっ……!お前、それを持ち出すな……!い、いや~ハロルドも結婚して人間らしくなったんじゃないか?うん、うん、良かった!なぁ、みんな?」
文官たちの冷たい視線を見なかったことにして、ハワード公爵はわざとらしい笑顔を浮かべる。結局のところ、公爵も冷徹執事も、どちらも扱いが面倒なのだ。文官たちはお互いに顔を見合わせた後、何も言わずに仕事へと戻った。
ハロルドは公爵の言葉の半分も聞いておらず、窓へと視線を移した。窓の外には昨日と同じように、男の使用人たちがソフィアに話しかけている。ハワード公爵もそれに気付き心配そうに尋ねた……勿論心配しているのは、ハロルドのことでも、ソフィアのことでもない。
「なぁ、ハロルド。あれはいいのか?」
「ええ、良いんですよ。」
「そうか?」
「ああ、旦那様は奥様と婚約されていたころから、奥手の割に嫉妬深かったようですからね。」
「なっ……!」
ハワード公爵は口をぱくぱくとさせ、言葉に詰まった。ハロルドがこの公爵家に来た頃は、既に公爵夫妻は結婚していたし一人娘のシャーロットだって大きくなっていたのだ。
「先代の執事から頂いた、引き継ぎ書に書かれていました。」
「……っ、何を引き継いでいるんだ!」
顔を真っ赤にして怒り出した公爵をハロルドはチラリと見た後、またソフィアの方へと視線を戻した。周りの男たちはハロルドの視線に気付き、またそそくさと散っていった。
ソフィアに他の男に近付かないように言えば、彼女はそれを守ってくれるだろう。だが、ハロルドから言われたから、そうなるのは少々つまらない。幸い、周りの男たちはハロルドの力でどうとでもなる。
「早く、追いついてくれたらいいけど。」
ソフィアは、ハロルドと同じ気持ちだと言った。勿論その言葉はハロルドにとって宝物のように嬉しい言葉だった。だけど、ソフィアはまだハロルドの重たすぎる愛のすべてを理解していない。
「何か言ったか?」
「何も言ってませんよ。ほら、さっさと働いて下さい。」
「……俺、何でお前を雇ってるんだろう。」
しょんぼりと項垂れる公爵に視線を向けることは無く、ハロルドは窓の外のソフィアをもう一度見た。ソフィアもハロルドに気付き、少し照れくさそうに微笑んだ。
「まだ、追いついてくれなくてもいいか。」
彼女の笑顔が自分に向けられるだけで、可笑しくなりそうなほどに幸せなのだから。
<番外編1:完>
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