内田真人【17歳】『リアル人生デスゲーム』<2日目・深夜 自宅>
破れた制服から家着のスウェットに着替えた真人は、リビングのソファに腰を下ろし、スマートフォンの画面を見てみると、『ローン地獄』から【相互ギャンブラーメール】の受信があった。
「なんだろ……」
【相互ギャンブラーメール 『ローン地獄』】
鎌鼬。
重傷、お体は大丈夫でしょうか?
心配で晩酌が進みません。
駒が消えていないということは生きている証拠ですね。
でも痛かったですよね。
血がいっぱい出ると貧血になってしまいます。
死体処理屋が死体を片付ける前に肝臓を貰いましょう。
レバニラにして食べる事をお勧めします。
失った血液を取り戻しましょうね。
【END】
真人のスマートフォンの画面を覗き込む健也が言った。
「このメール、オレ達が死体処理屋と合う前に送信されたものだな」
真人は顔を強張らせた。
「肝臓のレバニラって人肉ハンバーガーを作ったときもそうだったよな。よく人間の肝臓を喰えるな。異常だよ、この女」
直美が言った。
「そうだよね、フツーじゃない。あたしなら吐いちゃいそう。相互関係解除しちゃえば?」
「いやしない。いざってときの為に……だってオレたちのうち一人死ぬ。こいつと接触して殺しちゃえばいい。だって、金さえ払えば死体処理屋に頼めるんだし」
以前まではこんなにも物騒なことを言う人ではなかった。直美は少し戸惑うが、現に自分も狂い始めている。
「……」
「殺したくはないけど、二人も殺してしまったんだ。もう一人殺しても……変わらないよ。どうせオレ達は犯罪者だ」
直美は言った。
「もう罪を重ねたくない」
真人は真剣な面持ちを直美に向けた。
「直美と『ローン地獄』は確実に助かる。だっていいかんじで進んでるから。だから余裕があるんじゃないの? オレと健也はどちらかが死ぬ。オレ達に選択の余地はない。やるしかないんだ。現に直美も相川を恐れ、恐怖と焦燥に駆られた結果、殺人を犯した。オレがやる。健也も直美も人を殺した。今度はオレの番だ。絶対に『ローン地獄』を殺す」
直美は言った。
「真人……あたしたちは一生秘密を抱えた仲になるのね」
健也が言った。
「オレ達は一生親友だ」
殺人という大罪を犯した現実を受け入れた三人のあいだで、いままでの友情とは違う、屈折した友情が芽生えた。どんな友情よりも固い結束であり、固い絆。それはいかなる武器を用いても切断することができない手錠のように三人を拘束する。
『ローン地獄』に親近感を持たせる作戦に出た真人は、返信した。
【相互ギャンブラーメール 『獣医師』】
ご心配いただきありがとうございます。
病院で処置してもらったので、大丈夫です。
とは言え、傷は痛みますがwww
ちなみに人肉のレバニラは無理なようです。死体処理屋に死体処理を任せ、自宅に戻ってきてから『ローン地獄』さんからのメールに気づきましたので……
今度、誰かを殺したときは、是非、肝臓をレバニラにしてみたいと思いますwww
【END】
今度誰かを殺す……
殺されるのはあんただ。
「別に面白くないけど“w”を付け加えてみたよ」
直美が言った。
「いいんじゃないの? 友達っぽくて、親近感が大事」
すぐに返信が来た。
【相互ギャンブラーメール 『ローン地獄』】
そうですか。怪我は痛そうですが無事で何よりです。
これで美味しい晩酌ができそうです。
今日は心臓(ハツ)の串焼きを食べます。
こりこりした触感がお勧めですよ。
【END】
「やっぱ、いかれてる……」と真人が言った直後、『ローン地獄』がルーレットを回し、<3>で止まった。駒が3マス進み、停止した位置のマスの色が黒へと変化し、髑髏が表示された。
【『ローン地獄』
ゴールまで9マス
所持金 964,097円
身体状況 右足首捻挫】
【危ない! 怪我をします!】
今夜の晩酌のおともはハツの串焼きですか?
美味しそうですね。
是非一度、頂きたいです。
串の先端は尖っているので大変危険、油断禁物!
おっと!手が滑って串が刺さってしまいました。
眼球に刺さり込んだ場合、串が脳に到達恐れがあり、死を招きます。
料理と危険はいつもとなり合わせ。
ロシアンルーレットで怪我の選択をしてください。
『ローン地獄』がロシアンルーレットを回した。
【ロシアンルーレット】
1・スペシャルサービス・無傷
2・軽傷
3・重傷
4・重体
5・死亡
【END】
真人は真剣な眼差しで画面を凝視した。
「頼む! 死んでくれ!」
だが、ロシアンルーレットが示したのは<軽傷>だった。
「くそ!」
【<軽傷> 手が滑り、左人差し指に串が刺さった】
真人は言った。
「ホントに軽傷だな。オレからしてみれば掠り傷だよ」
「真人は悲惨だったからな」と言った健也が言った。「人肉ハンバーガーを作るのに大金払った現金が6千円増えてる」
直美が言った。
「路上販売で60個売ったってこと? どうゆうメンタルしてるの?」
ハツの串焼きを作り終え、軽傷を負った『ローン地獄』から真人の順番が巡ってきた。
大怪我を負ったばかりの真人は、ルーレットを回すことに今まで以上の恐怖を感じながら【スタート】ボタンをタップした。緊張を孕ませた指先で【ストップ】ボタンをタップする。
ルーレットが示した数字は<4>
駒が4マス進み、停止位置のマスが黄色に変化し、円マークが表示された。
「円マーク……何が来るんだよ」
【『獣医師』
ゴールまで25マス
所持金 3,928円
身体状況 治りかけのたんこぶ<軽傷>
全身包帯ミイラ男<重傷>】
【お金を稼ぎましょう!】
深夜限りの死体処理屋体験の仕事が舞い込みました。
安い賃金のアルバイトよりいいですね。
深夜は音が響きます。玄関の鍵は開いていますので、静かに室内に入ってください。
<依頼主>
隣人203号室
春日井留美子(27歳)
<処理する遺体>
隣人203号室
春日井英治(27歳)
<遺体処理方法>
人肉ハンバーガー
日頃お世話になっている学校で配りましょう
材料は後日 午前9時30分ご自宅にお届け致します
材料費は実費
【END】
「ウソだろ!?」真人は取り乱した。「イヤだよ! 人間を解体するなんてオレにはできない!」
健也も動揺した。仮面夫婦であることは知っていた。だが、まさか殺すとは思わなかった。
「マジかよ!?」
直美が言った。
「英治さんが怪我した時、留美子さん絶対笑ってたもん! 殺したいほど憎んでたのよ!」
「とにかく……留美子さんの自宅に行こう」真人はソファから腰を上げた。「もう……勘弁してくれよな……」静かな口調で言った後、声を荒立てた。「なんなんだよこのゲームは! 死体処理ならさっきのプロに任せたらいいじゃん! なんでオレなんだよ!」
健也が言った。
「俺らも行くから、とりあえず行ってみようぜ」
玄関を出た三人は指示通り、チャイムは鳴らさず、室内のリビングへと足を踏み入れた。
床には罅割れたワインボトルが転がっており、その隣には目を見開いた状態で頭から血を流した英治の変わり果てた姿があった。
虚ろな目で立ち竦む瑠璃子が振り返り、三人を見るなり、驚きの声を上げた。
「うそ! 真人君が死体処理屋だったの?」
留美子は真人が来る事を知らされてなかったようだ。
「事情がありまして……」
「そうなの」
「なぜ、英治さんを……」
留美子は目に涙を浮かべて殺害した動機を言った。
「愛していた。処女も英ちゃんにあげたし、英ちゃん以外の男の人をあたしは知らない。でも英ちゃんは違ったの。結婚して二年の月日が経過した頃、浮気してるかもしれないって思ったの。その時は死ぬほどショックだった。探偵を雇って浮気調査してもらった結果、職場の事務員と不倫オフィスラブですって……許せなかった」
「なにも殺さなくても、離婚したらよかったじゃないですか」
「真人君は若いからまだわからないのよ。離婚してその女に英ちゃんを奪われるくらいなら殺した方がマシ。だって、殺したら永遠に自分のものになる」英治に歩み寄り、床に膝をつけ、キスをした。「そう……これで永遠ににあたしのもの」
真人と健也は背筋がぞわっとした。
屈折した愛情。悍ましいまでの執着心。尋常じゃない。
だが、直美はわかるような気がしたので、「あたしも浮気されたら殺すかもしれません」と言った。
その台詞に慄然とした真人は、直美に顔を向けた。
「何言ってんだよ……」
「浮気、しないでね」
その眼に恐怖を感じた真人は「するわけないじゃん」と返事したあと、すぐに直美から目を逸らした。
留美子は言った。
「英ちゃんは死んだの。大きな肉塊ね。もうスーパーに並んでる肉と変わりない。英ちゃんじゃない」
切り替えの速さに恐ろしくなった真人は、この部屋から早く出たい一心で健也と直美に指示を出した。
「まず、遺体を風呂場に運ぼう。それから、塩素系の洗剤で床を拭く」
「はい、報酬よ」と、留美子はエプロンのポケットから厚みのある茶封筒を出し、真人に差し出した。「塩素系の洗剤ならウチにいっぱいあるわ。あたし、綺麗好きなの」
それを受け取った真人は、返事も礼もせずにスウェットパンツのポケットに押し込んだ。
「さあ、やろう」
コクリと頷き、英治の両脚を健也が抱え、怪我を負っている真人は直美と二人がかりで腕を抱え、留美子の自宅から、自分の家の玄関に入った。
決して小柄ではない英治の体重はかなりのもので、普段、重たいものを持つ機会がない三人の腕が、その重量で痺れた。
健也は玄関の廊下で英治から手を放し、脱衣所のドアを開け、浴室の扉を開けた。そして再び英治の脚を抱えて、仰向けで浴室へと寝かせたとき、英治の頭部が傾いた。見開いた双眸と目が合った健也は、ビクリと身を強張らせ、恐る恐る双眸に手を置き、瞼を塞いだ。
浴室に英治を放置したまま、三人は留美子の自宅へと戻った。すると、塩素系洗剤と雑巾を手にした留美子がせっせと床を拭いているではないか。
「あの、留美子さん」真人が話し掛けるも、留美子の耳には届いておらず、調子外れの鼻歌を歌いながら、床を磨き続けていた。
「あの~」と、もう一度声を発すると、やっと留美子が振り返った。
「あら、ごめんなさいね。この後、床にワックスかけたいから帰っていいわよ。あたしの性格は、真人君たちのそうじに納得いかないと思うし。潔癖症なの」
掃除をせずに済むならそれでいい。
「はい、わかりました」
三人が背を向けると、留美子が真人を呼び止めた。
「ねえ、真人君」
振り返って留美子を見る。
「はい」
「隣人どうしで秘密を共有するなんて素敵ね。若い男と旦那を殺した人妻……なんだかマニアックなAVにありそうね。うふふふ……」
「……。じゃあ、失礼します」
(完全にいかれてる)
「ええ。さよなら……」
玄関に入った真人は、ドアの鍵を閉めた。
健也は真人に言った。
「死体、風呂場に運んでおいたぞ」
「ああ、わかった」
「解体するのに制服が汚れるから、オレはトランクスでいいや。真人は傷口に血が触れたら衛生的じゃないから、そのままのほうがいい」
「衛生的ね」
「じゃあ何て言えばいいんだよ」
直美が言った。
「真人、あたしにTシャツ貸して」
「いいよ」直美に返事してから、健也に言った。「台所からゴミ袋とバケツ、それから包丁を持ってくる」
「ああ、そうそう、衣服を切るのに鋏を忘れないで」
「うん」
真人と直美が浴室を出たあと、英治の亡骸に目をやった。
(ワインボトルで強打一発で人間って死ぬんだな……殺してしまえば永遠に自分のモノ。その意見に共感した直美。女って……男が想像するよりずっと怖い生き物なのかもしれない)
真人のTシャツをミニワンピースのように着た直美が、包丁三本と黒いゴミ袋そして鋏をバケツに収めて戻ってきた。
真人は家着のスウェットが汚れるのが嫌だったので、古いTシャツと中学時代のジャージを穿いて浴室に足を踏み入れた。
鋏を手にした真人は英治の衣服を切って脱がせ、直美がその布を地域で指定された燃えるゴミ袋に入れた。
直美が尋ねた。
「ねえ、燃えるゴミの日って明日だよね?」
真人は答える。
「うん。家の中にあるゴミも混ぜて深夜のうちにゴミステーションに持っていこう」
直美が衣服の入ったごみ袋を脱衣所に出した。
「そうだね」
全裸になった英治に視線を下ろす三人は、ついに包丁を手にした。
「怖いな」手の震えが止まらない真人が言った。「本当に解体しなきゃダメなのかよ。『ローン地獄』って凄いな」
健也が言った。
「そう言えば、相川のメールに愛犬を犬鍋にして食ってやったって表示されてたよな。アイツ、犬捌いたのかな?」
直美が言った。
「あの女なら何でもやりそう。きっと死体解体も金の為なら喜んで引き受けるよ」
健也が納得する。
「確かにそうかもしんないな」
真人が二人に尋ねた。
「相川の話はいいよ……そんなことより、どこから解体すればいいんだ?」
「頭? だって突然目が開いたら怖いし……」一度目が合っている健也が言う。「それに首を斬り離したら度胸付きそうじゃん……その流れで一気に解体しようぜ」
真人は尋ねた。
「でもハンバーガーにするってことは挽肉にするんだよな? 骨はどうしたらいいんだ?」
健也は答える。
「肉屋の肉と一緒だ。肉から骨を外す、って口で言うのは簡単だけど、いざやれと言われたら、フツーはできないよな。山に埋めるのとは違う」
真人は英治の首に包丁を押し当て、体重をかけた。首の半分まで包丁が刺さり込んだとき、床が血に染まった。全身に血液を送り出すポンプの役割である心臓は停止しているので、生体のように血が噴き出すということはないが、それなりに血液が足下を覆う。
「うえっぷ」吐き気を催し、英治から顔を逸らした。「マジできつい」
直美は浴室を出て、トイレに直行した。静かな浴室に直美の嘔吐する声が聞こえた。
「ヤバい、オレも吐きそう」と、健也が口元を押さえた。
真人は英治の堅い頚椎に包丁をめり込ませ、バスン! と首を斬り落した。人間の体は予想以上に硬い。バラバラにするにはかなり体力を消費しそうだ。
真人は、英治の生首を黒いごみ袋に入れた。
「解体には時間がかかりそうだ」
健也は息を整え、冷静になろうとした。
「首はもうない。この死体は英治じゃない。見ず知らずの奴だ」
「新鮮な雄豚だと思って解体する」
「雄豚ね……」
トイレから戻った直美が、浴槽に足を踏み入れた瞬間、頭部が切り取られた肢体が目に飛び込んだ。脚が竦んで動けなかった。
「ムリ、ムリ、絶対にムリ!」
健也は直美に包丁を差し出した。
「やるしかない」
直美には無理だと判断した真人が言った。
「ハンバーガーを作るときはみんなでやろう。解体はおれらがするからリビングで待ってて」
直美は泣きながら言った。
「う、うん。ごめんね」
「いいよ。オレ達でやるから」
直美が浴室から出ると、健也がポツリと言った。
「オレも女だったら手伝わなくてよかった?」
「……さあな。くだらないこと考えてないでバラすぞ。時間がない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます