内田真人【17歳】<3日目・午前 自宅>

 四肢を分離し、骨と肉に分けて黒いごみ袋に分別し、数時間が経過した。


 太陽は昇っている。人間の体は筋も硬く、重労働だった。ようやく作業を終えた二人は、ゴミ袋を脱衣所に置き、トランクス一枚で作業していた健也が言った。


 「オレ、シャワー浴びたいから、掃除やっとくわ。真人は台所に行って直美と肉を細かく切っておいてくれる?」


 「バケツと包丁はすぐに使うから洗う必要ないから持っていくな」


 「わかった」


 真人は血塗れの足を洗い、浴槽を出て、骨と肉に分別した重たいゴミ袋と包丁が入ったバケツを手にして、台所へと向かった。


 未だ放心状態の直美がリビングのソファで膝を抱えて座っていた。


 真人は直美に話しかけた。

 「大丈夫?」


 直美は言った。

 「気が狂いそうだったから、室内のゴミを集めて英治さんの衣服と一緒にゴミステーションに持っていったから」


 「こんな事できるなんて、もうとっくに正気の沙汰じゃないのかもな。彼はもう肉になったから、細かく切るの手伝って」


 「うん。でもどうやって挽肉にするの? 真人のウチにミンサーってあるの?」


 「それが問題なんだよ」


 その時、玄関のチャイムが鳴った。壁時計を見ると9時30分だった。マスに表示されていた約束の時間だ。


 「ちょっと玄関に行ってくる」


 真人は、留美子から貰った報酬が収められた茶封筒から7万円取り出した。


 人肉ハンバーガーを作るのは実費。『ローン地獄』の現金もだいぶ減っていたので、こちらも7万持てば足りるだろうと考えた。


 真人は玄関のドアノブに手を伸ばした。

 「いま出ます」


 どんなヤツがチャイムの鳴らしたのか、緊張しながらドアを開けると、母親が勤めているスーパーの店員二人が、山積みにした段ボールを抱えて立っていた。


 「ふ~、重かった」段ボール箱を通路に下ろした。「階段がきついねぇ」


 真人は尋ねた。

 「その、箱は?」


 「注文したのは君でしょ!」と言ったあと、続けた。「昨日の午後6時過ぎに、玉葱30個、レタス50個、パン粉20個、牛乳3パック、サラダ油20本、卵3パック、それからサランラップ50本の予約を真人君本人からウチのスタッフが電話注文受けてるよ」


 「……」

 (オレのふりをしてゲーム側から注文したんだな……それに、夕方6時にオレが注文したことになってるってことは、その時点で“人肉ハンバーガー”を作るように仕組まれていたってことか……)


 深刻な表情で考え込んでいる真人の顔を見て、店員は首を傾げた。

 「注文してきたよね? いいんだよね?」


 「はい。大丈夫です。で、お会計は?」


 「え~と」領収書を開き、「28,977円になります」と満面の笑みで合計金額を伝え、領収書を真人に差し出した。


 真人は三万円渡し、1,023円のお釣りをもらった。


 店員は言った。

 「荷物、自宅に入れようか?」


 「お願いします」リビングには入ってほしくない。「ここに置いてもらえますか?」


 「台所まで運ばなくていいの?」


 ゴミ袋には切り刻んだ死体は入っている。絶対に台所に入ってほしくない。

 「いいえ、けっこうです」


 店員は商品が入った段ボール箱を廊下に積み上げ、「まいどう、ありがとうございました! ハンバーガー作り頑張ってね! お母さんによろしく」と、挨拶してドアを閉めた。


 その直後、再びチャイムが鳴った。


 真人が玄関のドアを開けると、白いケースを5枚ずつ重ねて持つ配達員が二人立っていた。


 「おはようございます、パン屋で~す! 重い! 重い! 室内の廊下に下ろさせもらっていいかな?」


 「どうぞ。段ボール箱の奥にお願いします」

 (パンがないとハンバーガーが作れないよな……)


 「はい」


 パン屋は指示されたとおり、段ボール箱の奥に5枚重ねたケースを置く。計10枚のケースを差して説明する。


 「ご注文頂いていた、ハンバーガー用のパン100個。ケース1枚につき、10個ずつ入っているからね」


 「はい」


 「ケースはいつ取りにきたらいいかな?」


 「明日の夕方ころお願いします」


 ハンバーガーを入れるのに使える。それにその頃にはどんな結果にせよ、『リアル人生デスゲーム』が終わってるはずだから。


 「わかったよ。う~んと合計で12,960円になります」


 「はい……これでお願いします」


 13,000円渡し、40円のお釣りと領収書をもらった。


 「まいどう、ありがとうございました! またよろしくお願いします!」


 「あ、はい」


 もう二度とこんなにもパンを大量買いすることはないだろう……


 パン屋が去り、ドアを閉めようとした時、いつもの宅急便の男性が大きめの箱を持って、真人に会釈してきた。


 「おはよう! 真人君宛てに荷物だよ。着払いね」


 「おはようございます」

 (こんどはなんだ?)


 「21,384円になります」


 「2万!?」


 「まちがいないよ」


 「……」

 (いったい、何が入ってるんだ?)


 箱の上部に貼られた送り状には“壊れ物”としか書かれていない。


 真人は21,400円出し、14円のお釣りをもらい、サインした。


 「ありがとうございました!」


 「ご苦労様です」


 配達員が玄関を出てすぐに真人は、その箱を開封してみた。するとミンサーが入っていた。


 「だから高かったんだ」


 ハンバーガーを作る前に、ハンバーグ作らねばならない。まず、挽肉から拵えた方がいいだろうと考えた真人は、ミンサーを手にし、台所へと戻ろうとしたとき、脱衣所のドアが開いた。


 シャワーを浴び終えた健也は廊下に並べられた材料を見て驚く。


 「なんだこりゃ!」


 「スゲーだろ? 全部材料。パンが100個あるから100人分作れってこと」


 「マジかよ。日が暮れそう。『ローン地獄』よく一人で作ったな」


 「オレもそう思う」


 二人は直美が待つ台所の床に、キャンプ用のビニールシートを敷いてから、その上にミンサーを置いた。


 準備万端、さあ始めようと思った直後、ピンポーン。またチャイムが鳴った。


 「今度は何だよ!?」


 真人は苛立ちながらリビングから出ると、材料が並べられた廊下の真ん中に、ケチャップが30本入ったかごが置かれていたのだ。


 「なんだ?」


 籠に歩み寄り、中を覗くとメッセージカードが添えられていた。


 

 【『獣医師』さんへ】


 ボナンザからのサービスです。


 血腥さが不思議と消えちゃうミラクルソースです。


 これを使えば、あっという間にお店の味に負けない美味しいハンバーガーに大変身!


 是非ともお使いください。


 【ボナンザより】



 (『ローン地獄』もミラクルソースが味の決め手って言ってたよな。これの事か)


 真人は籠を持ち、台所に戻り、二人に言った。


 「ボナンザからのサービス品。ミラクルソースだってさ」

 

 健也が言った。

 「『ローン地獄』が言ってたヤツな。全て揃ったってわけか……始めるとしよう」


 「まず、材料をここに運ぼう」


 三人はハンバーガーの材料をリビングに運び始めた。レタスが入った段ボールの重量はそうでもないが、まとめて持つとパンの重さに驚いた。


 真人が言った。

 「フワフワのパンも、こんだけ数があったら重たいもんだな」


 直美が言った。

 「そうね。女子向けの仕事じゃないかも」


 健也が言う。

 「うわ! 玉葱重い!」


 なんとか材料を運び終えた三人は、作業に移る。


 まな板の上に人肉を載せ、ある程度の大きさに切り分け、ミンサーへと入れていく。


 鮮烈な赤い肉に脂肪が入り乱れた肉がミンチとなり、ビニールシートの上にたれ落ちた。スーパーの陳列棚に並んでいる挽肉より、色鮮やかなように思えた。それはおそらく、血抜きという工程を飛ばしたからだろう。食べれば血腥いはずだ。だが、都合良くボナンザからの差し入れ、ミラクルソースが血腥さを消してくれるのだろう。


 玉葱をみじん切りにする担当の直美の目が真っ赤。涙を流しながら真人に目の痛みを訴える。

 「ねえ、目が痛い!」


 「うちの母さんも玉葱切るの苦手なんだ。食器棚の引き出しにゴークルが入ってたはず」


 健也は驚く。

 「お前の母さん、ゴーグルかけて玉葱切るの!?」


 「うん。天然なんだよ……」


 「あたしもそうしよう。これが正解かも」直美は、食器棚の引き出しからゴーグルを取り出して装着した。「これで完璧」


 いまここで行われていることは、常識では考えられない凶悪犯罪だ。だが何故か不思議と心の動揺がなくなっていた。人肉ではなくスーパーに並ぶ豚肉を捌いているのと変わらない感覚に思えた。三人は、英治の肉をミンサーに入れ続け、挽肉を作り続けた。


 ビニールシートの上に山になった人間の挽肉に、みじん切りした大量の玉葱を混ぜ合わせ、こねくり回し、牛乳でふやかしたパン粉、解きほぐした卵を投入し、更に混ぜ合わせる。ハンバーグのタネができあがると、百等分に分け、形を整えた。

 

 ガス台にフライパンを載せ、油をひいた直美はフライ返しを手にし、ハンバーグを焼き始めた。


 真人と健也も焼き肉用のプレートで焼き上げていく。


 人間を解体し、深夜から始めた作業。三人は急いで作ったハンバーグをレタスと一緒にパンの上に載せた。


 ミラクルソースの味が気になった真人は、人差し指にちょこんと赤いソースを載せて、舐めってみた。

 「うん、美味しいには美味しいけど、ピザソースに近い味がする」


 「ふ~ん。でも血腥ささが消える不思議なソースなんでしょ?」直美が壁時計を見る。「あと40分でお昼休憩の時間だよ。ソースの味見より、さっさと作んなきゃ!」


 「うん」


 三人は出来上がった人肉ハンバーガーをラップに包み、パンが入っていたケースに並べると、店頭で販売されているおかずパンと変らないように思えた。かなり良いできだ。


 「できたぁ」ホッとする真人。「これを学校の皆に配れば指示が終了する」


 直美が言った。

 「疲れたね」


 「安堵するのはまだ早い」健也が肉から分離させた骨と頭部を捨てたごみ袋に目をやった。「アレ、どうすんの?」


 直美が提案した。

 「オーブンを最高温度にして、火葬場みたいにカリカリに焼いて灰にするしかないと思う」


 「だよな。真人は学校に行って一仕事あるから、骨の処理はオレがやっとく。直美も手伝ってくれないか?」


 「うん……でも、頭は見たくない」


 「頭はオレがゲロ吐きながらでもなんとかするよ」

 

 「二人とも、ありがとう。じゃあタクシーを……」真人ははっとした。「そう言えば留美子さんが引越ししてきてから駐車場に六人乗りのワゴン車があったんだけど、あれって留美子さんの車だよな?」


 「じゃあ、頼んでみれば?」 


 「ちょっと、隣に行ってくる」


 玄関を出た真人は、通路を歩いて留美子の自宅玄関のチャイムを鳴らした。


 鍵が外れる音がした直後、超ミニスカートを穿いて、化粧も髪型も服装も変えた留美子が、玄関のドアを開けた。


 あまりの変貌ぶりに言葉を失う。

 「…………」


 「どうしたの?」


 動揺する真人。

 「いや、随分変わったなって……」


 「新しい出会いを求める為にお洒落したのよ。今までは英ちゃんの好みに合わせて清楚な服ばかり着ていたけど、ホントはあたし露出狂なの」


 「そうですか」それしか答えようがない。


 「で、どうしたの?」


 肝心な話に入る為、玄関に入り、ドアを閉めた。


 「死体処理が終わって人肉ハンバーガーを100個作ったんです。全ての証拠を隠滅する為、学校の皆に配りたいんですよ。留美子さんのワゴン車に載せて、学校までオレを送り届けてもらませんか?」


 「英治さんの肉でできたハンバーガーね。いいわよ。送り届けてあげる」


 「ありがとうございます」


 真人の自宅に入った留美子はケースに入った人肉ハンバーガーに手を伸ばし、ラップを外して、一口頬張った。


 三人はギョッとし、留美子を凝視する。


 「……。美味しいですか?」真人が恐る恐るたずねた。「血腥さくないですか?」


 笑みを浮かべて答えた。

 「いいえ。とっても美味しいわ。彼の味がするし、彼が身体に入ってくる感じがわかるの。凄くドキドキするわ。なんていうか感動的な味よ」


 直美に顔を向けた。

 「あなたも真人君に浮気されたら、バラバラに解体して食べた方がいいわね。そうしたらこの感動がわかるから」


 直美は頷いた。

 「はい、そのつもりです」


 真人はさすがにぞくっとした。

 「……。冗談だろ」


 直美は呟くように言う。

 「本気だよ」


 四人は人肉ハンバーガーが入ったケースを抱えて、玄関を出て、駐車場に向かった。アパートの外に出たとき、歩道を歩いていた警察官がこちらに歩み寄り、「凄い数のハンバーガーだね」と声を掛けてきた。


 「学校の皆にサプライズです」真人が満面の笑みを浮かべて答えた。「お一ついかがですか?」


 「いいのかい?」


 「はい」


 警察官は嬉しそうに人肉ハンバーガーを手にして、「ありがとうね」礼を言った。


 「いえ。沢山ありますから」


 警察官に会釈し、駐車場に向かった四人は、留美子のワゴン車にケースを載せた―――

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