内田真人【17歳】<2日目・夜 死体処理屋>

 指示を終えて待合室に戻った直美は、真人にしがみついて泣いた。


 「イヤだったよぉ!」


 だが真人は突き放した。

 「嘘つけ! いきまくっていたくせに! もっとして、もっとして、って、しつこく迫っていたのは直美だろ! 全部、聞こえてた!」


 苦しい言い訳をする。

 「仕方ないじゃん! このゲームのエッチはふつうじゃない! あたしもふつうじゃない!」


 「おまえは男なら誰のナニでもいいんだ!」


 直美が泣きそうになったとき、健也が言った。

 「喧嘩ならこのゲームが終ってからにしようぜ。それこそ、このまま付き合いを続けるなり、別れるなり……いまは生きるか死ぬかなんだ。わかるよな?」


 真人と直美は返事した。

 「わかった……」 


 そして直美は言った。

 「どんなことがあっても別れるつもりはないから」


 なぜか突然、下半身が疼いた真人は、口元を緩めた。

 「おれも別れる気はない」と言ったあと、小声で言った。「おまえのあそこは最高だ……」


 聞き取れなかった直美は訊き返す。

 「え?」


 「なんでもない……」


 健也がふたりに言った。

 「別れる気がないなら、とにかくいまこの瞬間に集中しようぜ」


 真人は返事した。

 「ああ。すまない」


 「オレの番みたいだ」健也はスマートフォンの画面を見る。「白マスだとあり難いんだけどね」


 健也はルーレットを回して【ストップ】ボタンをタップすると、最大の<10>で止まった。


 「よし、一気に進める! だけど無理難題はやめてくれ!」


 10マス進んだ駒が停止し、マスがピエロへと変化した。


 「ピエロ!? 何が出る!?」


 二人も緊張した面持ちで画面を見つめた。



 【『ゲーマー』7934


 ゴールまで24マス


 所持金 997,934円


 身体状況 健康】



 【ピエロの顔―笑顔の仮面の下は、微笑みか? それとも怒りか? 哀愁か? 何が起こるかわからない】


 スペシャルサービス! ラッキーナイト!


 死体処理に困っている『ゲーマー』さんに素敵な情報です。


 死体処理という高額アルバイトをご存じでしょうか?


 新米アルバイトを引き連れたベテラン死体処理屋に死体処理の依頼をしちゃいましょう!


 100万円で綺麗さっぱり殺人がなかったことになります。


 やっぱり、世の中お金ですね。


 死体処理屋はこちらから手配いたします。足りないお金は友人に工面してもらいましょう。


 待ち合わせ場所は殺害現場のE高校の保管室。


 さあ、善は急げ♪


 【END】



 健也は訝し気な表情を浮かべる。

 「死体処理屋って、高額アルバイトの都市伝説だよな?」


 真人は訝しげな表情を浮かべた。

 「でも、都市伝説だろ? 実際に存在するなんて……」


 “あり得ない”と、言葉を続けるのやめた。理由は、この『リアル人生デスゲーム』のほうがあり得ないからだ。世の中を探せば、ヤバい仕事や不可思議な事が山ほどあるような気がした。


 健也は言った。

 「なかった事にしてもらえるなら、悪くない話。むしろ、マジでラッキーだよ」


 「もう百万、お金貯めて払うから佐久間の一件もなかったことにしてくんないかな?」ポツリと真人が言った。


 「同感だ」スマートフォンをポケットに収めた健也は、二人に言った。「急いで学校に行こう。少し距離があるけど、タクシー呼んだら怪しまれるし、歩いていこうか」


 真人は肝心な事をたずねる。

 「で、今、100万持ってるの?」


 「ああ、もちろんだ」制服のズボンのウエスト位置に挟めた現金を見せた。「ほら」


 「そんなところに。気づかなかったよ」


 三人は冷たい夜風が吹く病院の外へと歩を進ませた。


 一日中、曇りだった。今夜は月が見えないので暗い。田舎町の商店街はゴーストタウンのようなものだ。都会とは異なり、たまに長距離トラックが走るくらいで人っ子ひとり歩いていない。歩道を照らす街灯の下を歩き、学校へと向かった。


 真人は言った。

 「オレたちはこのゲーム終了次第、普通の高校生に戻る」


 健也が言った。

 「独走中の『ローン地獄』を何とかしないかぎり、オレたちのうち誰かひとり死ぬ」


 直美が言う。

 「『ローン地獄』がロシアンルーレットで即死を当てて、死んでくれればいいのに」


 真人が言う。

 「じっさいそれが一番だよな」


 暫く歩くと学校が見えてきた。夜の学校は不気味だ。写真を撮ったら霊的なものが映り込んでいそうだ。もしかしたら殺害した相川の顔が映るかもしれない。


 校門を通り抜けた三人は、北棟に周り、事前に窓の鍵を開けておいた保管室を目指して歩く。


 ひとつだけカーテンで遮られた窓がある。


 「保管室だ」と、真人が言った。


 三人は歩を進め、僅かに開いた保管室の窓を開けた。風が室内へと流れ込み、アイボリーカラーのカーテンが死装束を着た幽霊のようにふわりと揺れる。


 視線を室内に向けた時、相川の死体を隠した着ぐるみが目に映った。もこもこした手触りの良い黄色い生地に血が滲んでいた。


 真人が窓の冊子に手をついて、にじり上がった。その時、傷を負った腕に激痛が走った。

 「いって!」

 

 健也が真人の体を後方から支えた。

 「無理すんなよ」


 保管室に侵入した。

 「ありがとう」


 保管室に侵入した健也は、怪我を負った真人の代わりに、直美の腕を引っ張り上げた。


 室内に侵入した直美も血に染まった着ぐるみに目を向けたが、一瞬で目を逸らした。殺してしまったのは自分。自分が蒔いた種。とんでもないことをしてしまった。


 「ごめんね、みんな……」


 真人は言った。

 「俺らは悪くない。すべてこのゲームが悪い」


 世の中で凶悪犯罪があっても、自分とは無縁だと思っていた。そんな三人にとってつらい現実。悍ましい行為を自分達にさせているのはこのゲームだ。


 「殺人を正当化する。受け入れ難い現実から逃れたい人間の闇に棲む黒い心理……」


 と、突然、後方から声がしたので驚いた。窓の外から強面の男の顔がこちらを見ていた。


 死体処理屋が到着した。


 想像していた人物像とは違った。筋骨隆々でいかにも鍛えていそうな強そうな男だった。彼が室内に侵入すると、人ひとりが入りそうな大きな袋を肩にかけた少年も室内に侵入した。


 男が健也に訊く。

 「この着ぐるみの中に死体がはいってるんだな?」


 戸惑いながら健也は返事した。

 「あ、はい」


 「あとはオレたちが処理する。金を置いてさっさと立ち去れ」


 制服を捲り、ウエスト位置に収めた現金を取り出した時、コンビニで2066円使っていた事を思い出

した。


 札は997,000円、硬貨が934円 


 (やばい)


 こいつらに殺されると血の気が引いた健也が、小声で真人に言った。

 「2066円足りない。貸して」


 「なんだ? 事前に用意してないのか!?」男は鋭い双眸で健也を睨みつけた。「なめてんのか、クソガキが」


 「す、すいません! いますぐお支払いします!」


 小銭が増えては怒らせるだけだろうと考えた真人は、慌ててポケットから財布を取り出し3000円を健也に渡すと、「釣銭なんざ持ってねーぞ」と男が怖い顔を二人に向けてきた。

 

 「おつりは結構です!」健也はビクビクしながら返事した。「お手数おかけしまして本当にすいません!」


 邪魔な硬貨934円を省いて、3000円を追加した現金を男に差し出し、「僕達は失礼します! あとはよろしくお願いします!」と言って背を向けたが、


 「ちょっと待て」男に呼び止められた。


 「はい?」

 

 「数えるからそこにいろ。一枚でも足りなかったらぶっ殺す!」


 男は銀行員並みの速さで現金を数え、あっという間に数え終わる。

 「しっかりと頂いた。もう消えろ」


 「はい、消えさせて頂きます」


 健也と直美は男に背を向け、窓から校舎の外へ出た。


 慌てて外に出ようとした真人は、怪我の痛みによって転倒する。大地に打ちつけられた背中に激痛が走った。


 「うあぁぁぁ! 痛い!」


 二人は真人に声をかけた。

 「大丈夫!? 真人」


 直美と健也は真人の腕を抱えた。


 「ごめん。ありがとう」


 真人は二人に支えられながら家路を歩いた。



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