内田真人【17歳】『リアル人生デスゲーム』<2日目・午後 自宅>

 疲れ果てていた直美は、真人のベッドでぐっすりと眠っていた。


 昨夜のレイプ、そして深夜の死体遺棄と精神的に限界だった。それは真人と健也も同じだが、二人には話し合わねばならないことがあり、仮眠を取っている場合ではなかったのだ。


 眠気覚まし目的で淹れた苦いコーヒーを置いたテーブルには、三人のスマートフォンも置いてある。

 

 いつ『ローン地獄』が人肉ハンバーガーを作り終えるのかわからないが、真人も健也も一回休みなので次にルーレットを回すのは自動的に直美になる。


 表示された指示は一時間以内に実行に移さねばならない。睡眠中の直美が自分の順番に気がつかずに寝込んでしまっては大変な事態になってしまう。だから二人は直美のスマートフォンもいつ何が来てもいいように見張る必要があった。


 真人が真剣な面持ちで言った。

 「夜中、学校に侵入したとして、どうやってここまで運ぶかが問題だ」


 「タクシーじゃ怪しまれるし。このアパートから学校まで徒歩10分程度。車だとあっという間だし、パトカーに乗った警察が巡回してたとしても、さっさと事を終らせれば、いいかんじでここまで運んでこれると思う」


 「また無免で?」


 「今更なにいってんだよ。だけど、運んでからが問題だ。死体の始末をどうするか」


 「オレには解体とか絶対に無理だ。そうだ、また埋めようぜ。学校の裏山はどうだ?」


 「裏山かぁ。それならわざわざアパートに運ばなくていいよな。だけど、死体が埋まってる裏山を気にしながら高校生活を送るのってどうかと思う……」


 「まあな。だけど、まさか直美がヤッちまうとは思わなかった」コーヒーを啜った。「長い夜になりそうだ。ちょっと濃すぎたかな、苦いや」


 「角砂糖五個、クリープ五杯入れてもまだ苦いのか?」


 「うん。だってオレ甘くないと飲めないし」


 壁時計の針が午後4時を示した時、直美のスマートフォンの画面にルーレットが表示された。

 

 「直美の順番が巡ってきた」


 直美のスマートフォンを手にした真人は、寝室に入った。ぐっすりと眠っているが、直美の体を揺すって起こす。


 「直美! 直美! 起きろよ」


 直美は目を開けた。

 「まさか……もう?」


 「ああそうだ。直美の番だ」


 「もう、ログアウトしたい」


 「できるならとっくにやってる」


 「だって、あたし達の中で必ず誰か一人死ぬんだよ」


 「……希望はあるよ」


 「あるように思えない」


 「とにかく順番だからルーレット回して」と言って、スマートフォンを差し出した。


 嫌々ながら受け取った直美は、ルーレットを回す。


 【スタート】ボタンをタップし、【スットプ】ボタンをタップすると<9>を示した。


 駒が9マス進み、停止位置のマスの色に変化はなく、白マスのままだった。



 【『食いしん坊』


 ゴールまで23マス


 所持金 5千円


 身体状況 切り傷・瘡蓋<軽傷>】

 【『食いしん坊』さんは順番が巡ってくるまで待ちましょう】



 「よかったぁ」ほっとした。「二階連続で白マスだった」


 「うん。そうだね」


 そして次は一回休みの健也を飛ばして、独走中の『ローン地獄』がルーレットを回した。


 ふたりは緊張の面持ちで画面を見つめた。


 ルーレットが示した数字は<2>


 駒が2マス進んで停止した位置のマスの色が黄色に変化し、円マークが表示された。



 【『ローン地獄』


 ゴールまで12マス


 所持金 958,097千円


 身体状況 右足首捻挫<軽傷>】



 【お金を稼ぎましょう!】


 夕御飯の時間も近くなりました。


 人肉ハンバーガーを1つ100円ワンコインで路上販売しましょう。


 美味しい人肉はビーフより豊かな味わいです。


 みんなのほっぺが落ちる美味しさ。


 ♪最低でも50個は売りましょう♪

 【END】



 「人肉ハンバーガーを売る? 冗談だろ……」真人は顔を強張らせた。「食う方の身にもなってみろよ。てか、現金見て見ろよ。ずいぶん減ったな」


 「ホントだ。人間一体をハンバーガーにしたんだから五十個どころじゃないと思うよ。肝臓レバニラを食べる人だから、ハンバーガーも自分用に作って冷凍保存とかしてそう……」


 「異常な女だ」と言ってから、直美の手を引いた。「健也も待ってるから、リビングに行こう。ベッドの中にいたらまた寝ちゃうから」


 直美はその手を、グイッと自分に寄せて言った。

 「また、寝ちゃうかも」


 「眠気覚ましにコーヒーを淹れてあげるよ」


 潤んだ双眸を真人に向けた。

 「コーヒーより覚醒させて……真人が欲しい」


 直美の誘いに下半身が疼いた。

 「……オレも直美が欲しい」


 直美の唇に、唇を重ね、味わうように舌を絡めた。互いの舌先から唾液の橋が伝う。真人は直美のパンティを脱がせ、ズボンとトランクスを脱いだ。


 熱くなった肉棒を待っているヴァギナへとググッと挿入した。真人は、子宮を突くように激しく腰を振り乱した。


 いつもならあり得ない荒っぽい言葉を直美に言う。

 「気持ちいいか!? この雌豚! いやらしいよだれを垂らしやがって!」


 快楽に悶え、顔を紅潮させ、激しい喘ぎ声をあげた。

 「あたしは雌豚! あぁ! 超いい! 気持ちいい! あ、いく!」

 

 肉棒の先端から白濁した性欲の塊が噴き出しそうだ。

 「オレもいく!」


 「だめぇ、もっとぉ、もっと突いてぇ! すごい、いつもと全然ちがう! またいく! ああ――!」


 凄まじまでのセックスの喘ぎ声は、リビングのソファに座る健也にも聞こえていた。


 健也はコーヒーを啜りながら深刻な面持ちで考えていた。


 このゲームは人間の汚い部分が浮き彫りにされる。死を目前した人間は子孫を残そうとするらしいが、これがまさにそれなのか……それとも、普段は理性によって制御されていた性欲が、このゲームによって制御不能となって開放的になってしまったのか……


 直美は聖那と性行為に及んだが、あのときはゲームの命令に従うしかなった。その命令の中に、“イッて、イッて、イキまくる” と表示されていたが、たとえイキまくったとしても、あのときのセックスは同意の上ではない。つまりレイプだ。


 裸でバスルームに入ってきた直美は泣いていた。そのあと真人が慰めに行った。そのときもバスルームでセックスしていた。レイプされた直後に彼氏とはいえ、ふつうはやらないだろう。


 それにいつものふたりなら、他人が至近距離にいるのに、恥じらいもなく大きな喘ぎ声を上げてやること事態、考えられない。直美に対して“雌豚” だなんて、真人は絶対に言わない。


 「みんないかれてる。おれも……いかれてる」


 と、ぽつりと呟くように言ってから、健也は玄関を出た。


 通路に出ると買い物袋を手にした留美子と、右手に包帯を巻いた英治の姿があった。真人が英治に怪我を負わせた夜は、二面性を見せた留美子だったが、いまは英治に優しい表情を見せている。どこからみても仲睦まじい夫婦だ。


 通路に立つ健也に気づいたふたりは、こちらに歩み寄ってきた。


 健也は英治に声をかけた。

 「怪我は大丈夫ですか?」


 英治が言った。

 「心配かけてごめんね。もう大丈夫だから」


 「今日は一人なのね」留美子は尋ねた。「真人君は?」


 「え? 真人は……その……コンビニに行きました」と、誤魔化した。


 「あたしからも心配かけてごめんねって、伝えておいてくれるかしら?」


 「はい。わかりました」


 ふたりは自分たちの部屋へと入っていった。


 あの夜見た留美子の表情は目の錯覚だったのだろうか? と思うくらい仲が良かった。


 (疲れるな……いろいろと……)


 階段を下り、アスファルトに降り立った健也は、正面のコンビニに目をやった。


 駐車場にはパトカーが停車しており、店内には警察がいた。


 夜中とはいえ、高校生で無免許の真人が栄華高校まで運転するのは危険。人っ子一人いない静まり返った学校の敷地に自動車が入っていったら、警察なら怪しむだろう。


 (もし、相川を遺棄している最中に見つかったら、オレ達の人生は終る)


 「くっそ……どうすればいいんだ」


 健也は横断歩道を渡って、平静を装いコンビニに足を踏み入れた。だが胸中はその表情とは裏腹で、心臓が口から飛び出しそうなくらいに緊張していた。


 買い物かごを持ち、1・5リットルのコーラを入れ、要冷蔵コーナーへ向かい、ハンバーガーを手にしたが、“人肉ハンバーガー”を思い出した。吐き気を催したので再び陳列棚へと戻し、適当に選んで買い物かごの中に入れた。


 買い物かごをレジカウンターに置くと、近くにいた警察が健也に話し掛けてきた。質問は、今朝と同じだった。怪しまれたくないので、ふつうの学生らしく返答した。


 「今朝も同じ事を訊かれました」


 「すまないね。人が一人行方不明になってるんだ。何度もしつこく聞くかもしれない」


 今朝と同じ台詞を返すと、警察は健也から離れた。

   

 レジ打ちの店員が会計を伝える。

 「2066円です」


 健也は深夜手に入れた100万円から支払いをする。

 「1万円お預かりいたします。7934円のお返しです。ありがとうございました」


 受け取った釣り賎をポケットに押し込み、コンビニを出た。もうすぐ日が暮れそうだ。風も冷たく、一歩ずつ冬が近づいてくるように思えた。


 アパートメント階段を上って、202号室の玄関のドアを開けた。玄関に上がり、リビングに入ると、ソファに座ってコーヒーを啜る二人の姿があった。


 「弁当買ってきた」ふたりが激しくセックスしていたことには一切触れずに、購入したお弁当をテーブルの上に置いた。


 テーブルに手を伸ばした真人は、コンビニの袋からお弁当を取り出した。

 「ありがとう。気が利く」

 

 健也は言った。

 「直美も食べなよ」


 「うん、ありがとう」お弁当を手にした直美が疑問を口にした。「でも……こんなときに食欲あるなんて、あたし達おかしくない?」


 真人は直美に言った。

 「こんなときだからこそ食べないと」


 健也は思う。

 「……」

 (食欲よりも尋常じゃないくらいの性欲が湧くほうがどうかしている……)


 真人は健也に言った。

 「ホント、わざわざコンビニで買ってきてくれてありがとな。おまえの所持金で買ったんだろ?」


 健也は言った。

 「コンビニに行ったのはお弁当を買う目的じゃなくて、偵察の為。やっぱり、巡回する警察が多いし、道路を走行するパトカーの数も多い。真人が運転して学校まで行くには無理があるように思えた」


 「大きめの旅行鞄に相川を折りたたんで入れる。つまり……いやだけど、バラすしかないよな……」


 直美は信じられないと言わんばかりの表情で言った。

 「何言っての!? それ本気!?」


 健也も顔を強張らせた。

 「オレもそこまでは言ってない。バラすのはマジでムリ」


 直美は言った。

 「絶対にイヤ! 埋めようよ!」


 健也は真人に訊く。

 「バラす以外にいい案ないのかよ?」


 そのとき、真人のスマートフォンの画面にルーレットが表示された。


 「早くないか? もうはや人肉ハンバーガーを五十個も売ったのかよ……『ローン地獄』って何者だよ……」真人は時計に視線を移した。「あと1時間はゆっくりできると思ったのに……」


 健也は言った。

 「取敢えず、ルーレットを回した方がいい」


 「言われなくても、いま回すよ」


 真人はスマートフォンを手にし、ルーレットを回して【ストップ】ボタンをタップした。


 示された数字は<5>


 5マス進んだ先の停止位置のマスが黒へと変化し、髑髏が表示された。


 涙目になり、頭を抱えた。

 「怪我かよ。もう、ホントイヤだ」


 健也は言う。

 「やめるわけにいかないんだ。仕方ないだろ?」



 【『獣医師』


 ゴールまで25マス


 所持金 6928


 身体状況 治りかけのたんこぶ<軽傷>】



 【おっと! 危ない! 摩訶不思議!】


 世の中には科学では解明できない超常現象が数多く存在します。


 この『リアル人生デスゲーム』もそうですね。


 『獣医師』さんは、不思議な超常現象により怪我をします。

 

 ロシアンルーレットで超常現象の種類を選んでください。


 

 真人は訝しげな表情を浮かべた。

 「超常現象で怪我をする? どうゆう意味だ?」


 健也は言った。

 「ロシアンルーレット回せばわかるんじゃね?」



 「お前さ……」真人は鋭い双眸を健也に向け、襟首を鷲掴みにし、声を荒立てた。「なんか、さっきから人ごとじゃねーか!?」


 「うるせえよ!」バシッと真人の手を払い除けた。「こんなときに女とやってるテメーが言える台詞じゃねえだろ!」


 血走った眼の真人が健也の頬を殴った。健也も真人に襲い掛かろうとしたので、直美が仲裁に入った。

 「やめてよ! 仲間割れなんてしてる場合じゃない! 仲間同士で傷つけ合ったり殺し合ったり、そんなの絶対嫌だよ!」


 人間誰しも心身共に疲れが頂点に達すれば、苛立ちを覚えるのは当然の心理だ。しかし、それとは違った憎悪が沸いた。コイツさえいなければ自分は死なずに済む、そんな良からぬ考えが二人の頭に過った。


 翌日までお前達の為なら死んでもいいと言っていた健也も、ゴールが近くなるにつれ、焦燥感があった。だが、死という強迫観念に駆られ、聖那のように精神が崩壊するのではないかという恐怖を感じた二人は、冷静になった。


 真人は健也に謝った。

 「ごめん! 何でオレ……殴って、ごめん!」


 健也も謝る。

 「確かにオレは人ごとだった。オレも言い過ぎたごめん」


 直美は言った。

 「喧嘩している場合じゃない。ルーレットを回さないと……」


 真人は、緊張しながら慎重にロシアンルーレットを回す。



 【ロシアンルーレット】


 1・トラップ現象<スペシャルサービス・無傷>


 2・ポルターガイスト現象<軽傷>


 3・鎌鼬(かまいたち)<重傷>


 4・死霊の呪い<重体>


 5・窓から飛び降りた『獣医師』が地縛霊になる<死亡>


 【END】



 真人は無傷、せめて軽傷を狙い、【ストップ】ボタンをタップしたが、ルーレットは鎌鼬<重傷>示したのだった。


 真人は取り乱した。

 「鎌鼬って何だよ!? どうなるんだよオレ! 怖いよ!」


 「なにが起きるの!?」直美は周囲を見回した。「どうなるの!?」


 突然、室内に凄まじい風が吹き荒れた。テーブルの上に乗ったお弁当が床に落ちた。その直後、グラスが宙を舞い、床に落下する前に、宙で木っ端微塵になったのだ。


 頭を覆っていた健也が驚いて目を見開いた。

 「なんで、空中でコップが砕け散ったんだ!?」


 無傷な二人とは対照的に、真人の体を見えない刃物が切り刻む。制服が引き裂かれ、肉が引き裂かれた。ぱっくりと開いた無数の傷口から鮮血が流れた。


 見るも無惨に全身が傷だらけとなった真人は、ゴロゴロとのたうち回る。

 「うわぁぁぁぁぁ! どうなってるんだぁぁぁ!」


 直美は悲鳴を上げた。

 「イヤ―――!」


 健也もこの状況が理解できない。

 「何が起きたんだ!」


 真人が重傷を負ったとき、鎌鼬は室内から去った。ぐったりとした真人は血まみれだった。手足に深い傷が六ヶ所。一番酷いのは背中の傷だ。


 「うう……」意識が朦朧としている。「痛い……痛いよ……」


 「ど、どうしよう!」


 おろおろする直美に健也が言った。

 「救急車だよ! 病院行かなきゃヤバいよ! 特に背中の傷が酷い! オレたちで治してやれる怪我じゃない。縫合が必要だ!」


 「う、うん」


 健也は真人の自宅電話の受話器を耳に当て、救急車を呼んだ。


 『はい』救急隊員の男性が電話に出た。


 「友達が大怪我をして! 今すぐ来てほしい!」


 『落ち着いてください。どのような怪我ですか?』


 「え……えっと……」

 (なんて説明すればいいんだ? 病院でも訊かれるだろうけど、鎌鼬にやられたなんて誰が信じる?オレだって、このゲームをやってなかったら絶対信じない)


 『もしもし?』


 「意識も朦朧としてるし、出血の量が多いんだよ! とにかく早く来てくれ!」

 

 『場所は?』


 健也は真人の自宅アパートの位置を伝え、電話を切った。


 直美に言った。

 「今来るから」


 「どうしよう、真人が死んじゃったら! あたし、あたし!」


 「重傷だけど死なない。死なないんだ。真人は死なないんだよ」


 「うん……」


 床に落ちたスマートフォンを拾い上げた。

 「ほら、これがないと困るから」


 健也は、ふと直美のスマートフォンの画面を見た。するとルーレットが表示されていた。ルーレットの指示は1時間以内に実行すればよいのだが、ルーレットだけ回した方がいいような気がしたので、「直美の番だよ」と言った。


 「うん……」返事した後、不安げに恐る恐るたずねる。「ねえゲーム続行不可の場合、ゲームオーバーなんでしょ?」


 「うう、大丈夫……病院で処置してもらったら、なんとかなる……」と、意識を取り戻した真人が言った。

 

 直美は真人の頬を撫でた。

 「大丈夫? 真人」


 「めちゃくちゃ痛いけど、なんとかね……」


 健也が真人に目を向けた。

 「何が来るかわかんないから、ホントこのゲーム怖いよな」


 スマートフォンの画面のルーレットを見つめて直美は言った。

 「病院に到着したらルーレットを回す。いまは気分じゃない……」


 アパートの外から救急車のピーポー音が聞こえた。その直後、室内に入ってきた救急隊員は、真人の容体を見て驚きもせずに、真人をストレッチャーに乗せた。


 がっぱりと裂けた背中の痛々しい傷、制服はビリビリに破け、全身傷だらけだ。ふつうは、どのような状況でこのような怪我を負ったのか訊くだろう。


 彼ら救急隊員の目が虚ろだったことから、いまこの瞬間のみ、このゲームに制御されているのだ、と、三人は考えた。


 その後、直美と健也も付添人として救急車に乗り、真人は無事に病院に搬送された。




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