内田真人【17歳】『リアル人生デスゲーム』<2日目・午前 学校>
学校に到着した三人は、急いで階段を駆け登った。教室の戸を開けた瞬間、刺すような視線が一斉に直美に集中した。
森野真理が直美を睨みつけた。
「コンビニで買い物してる時に気づいたんだけど、財布から5千円札が抜き取られていたんだよね。昨日、カレーを作ってる時に家庭科室を出たのは直美だけ。男子はずっと体育館にいたし」
お金を盗んだのがバレた……どうしよう! と焦った直美は必死に嘘をつく。
「あたしじゃない! あたしがそんなことするはずないじゃん!」
『リアル人生ゲーム』の指示の実行には従った。だから処刑されることはないだろう。だが“クラスの皆から嫌われて、自分の居場所がなくなってしまう!”と不安に駆られた。
「違う、あたし、あたしじゃない」
「直美がそんな事するわけないだろ!?」声を張った真人は、教師に顔を向けた。「先生も直美がやったって思ってるのかよ!?」
(やるしかなかったんだ! 命がかっていたんだ!)
健也も必死だ。
「そうだよ、決めつけるなんて酷いんじゃないですか!」
「わたしは木村さんが犯人だとは決めつけていません」健也に言ったあと、直美に言った。「とりあえず先生と生徒指導室で話し合いましょう」
うつむきながら返事した。
「わかりました……」
(仕方なかった。このゲームが終ったら、そっと返そうと思っていた)
口々にひそひそ話をする生徒達。
『盗んでまでお金が欲しの?』
『これからはシカトじゃない?』
『あり得ない』
小声の罵倒が飛び交う中、教師は苛めを懸念し、生徒に言った。
「まだ、木村さんが犯人とは決まっていません! 話を聞くだけです!」
その時、相川ユリが高らかに大笑いした。
「あっはっはっは! ウケる! こうゆうのを滑稽っていうんだろうね! だいたいに何? たかが生徒指導室に行くくらいで泣きそうな顔しちゃって、バッカじゃない!?」
教師の怒号が教室内に響き渡る。
「相川! あんたと違って木村さんは真面目なの! 生徒指導室に行き馴れたあんたと一緒にするじゃないの!」
「だね。あたしと違って真面目だもんね。あっはっはっは! 本当に真面目、くそ真面目!」と言ったあと、席を立ち上がったユリは、制服のスカートのポケットから皺くちゃの5千円札を取り出した。「だって5千円盗んだのあたしだもん! 夜間レクに侵入してねこばばしてやったんだ! 真面目な真面目な」真面目を強調する。「くっそ真面目な直美を犯人扱いしたこのクラスってウケる!」
教室は騒然とした。
盗んだのは直美だ。真実を知る真人と健也、盗んだ本人の直美は困惑し、顔を見合わせた。
(なんで、相川が直美を庇うんだ!?)
「今度という今度は退学も待逃れないわよ!」教師はユリを怒号した。「職員会議で退学が決定する可能性も視野に入れて一緒に来なさい!」
「は~い」
ユリは歩を進ませ、真理の顔を目掛けて丸めた5千円札を投げつけた。
頬に5千円札が当たった真理は憤然とした。
「なんなの!」
ユリは言った。
「そっちまで歩くの疲れるから、投げて返しただけ」
教師はユリに言った。
「いい加減にしなさい!」
「お説教部屋にさっさと行こうよ」
教師は教壇の上に立ち、「みなさん、木村さんを疑ってしまった事を謝ってください」責任転嫁するように生徒に言った後、ユリを連れて教室を後にした。
動揺が収まらない直美が自分の席に着くと、生徒達が席を囲んだ。
「ごめんね、直美。直美がそんなことするはずないのに、疑ってごめん」
真理が謝ると次々に謝罪の言葉を口にする生徒達。
「ほんとごめんね」
「ごめんね」
「い、いいの」笑みを作ろうとするが、どうしても口元が引き攣ってしまう。ユリの行動が理解できない。「気にしないで」
それは真人と健也も同じだった。
健也が真人に言った。
「どうゆうことだ?」
「オレにもさっぱりわかんないよ」
直美を取り囲んでいた生徒達がそれぞれの席に着いた後、朝一の授業の教科書を出す為、机の中を覗いた。すると四つ折りになった手紙が教科書の上に載っていた。
(なにこれ?)
隣に座る女子がキラキラと万華鏡のように瞳を輝かせて言った。
「もしかして、ラブレターじゃない? 見せてとか言わないし、真人君にも内緒にしといてあげるね」
直美は手紙をそっと開き、文章に目を通した瞬間、なぜユリが自分を庇ったのか理解する。
【dear直美】
5千円盗んだの知ってるよ。
あたしより盗みがウマくて驚いたよ。
真理に返したのは、言うまでもなくあたしのお金。
だから返してね。
それから、とうぜんのことだけど口止め料よろしく。
ケチった金額よこしたらバラすよ。
【by相川ユリ】
口止め料……
あたしからお金をせびるつもりだったんだ!
ユリが退学にならなかったら……
もし、なったとしても高校卒業するまで、自宅にも学校にもあたしをつけ回して、お金を脅し取られる。
(どうしよう!)
頭を抱えた直美に、隣に座る女子が話しかけた。
「ラブレターだった? 悩んじゃうほどいい感じの人だったの?」
「そんなんじゃないよ」
(人の気も知らないで、そんな嬉しそうな顔しないでよ)
授業を知らせるチャイムが鳴ってすぐに教室に入ってきた教師は、教壇の上に立ち、教卓に教科書を置いた。
「みんな、おはよう」
一斉に返事する。
「おはようございます」
「これから授業を始めます。一週間後に中間試験前の小テストを行う予定なので、しっかりと話を聞くように」
静かな教室に教師の声と黒板に文字を書く音が響く。三人は授業に集中できる余裕はなく、投稿しなければよかったと後悔する。
直美は、教師に見つからないように机の下にスマートフォンを隠しながら真人に【相互ギャンブラーメール】を送信した。
【相互ギャンブラーメール 『食いしん坊』】
机の中にユリからの恐喝の手紙が入ってた。
あたしが盗んだ事知って、口止め料をせびってきた。
どうしよう。あたし、高校卒業するまでアイツに脅されるんだ。
もう、何もかも最悪だよ。
泣きたい。
【END】
直美からの【相互ギャンブラーメール】を受信した真人は、驚いて目を見開いた。後方に座る健也にスマートフォンを渡してメール内容を見せた。
「そんなことだろうと思ったよ……」小声で健也が言った。「相川が直美を庇う義理なんかない。何かあると思ったんだ」
「とんでもない女だ」
「おい! そこ、何喋ってるんだ!? しっかりノート取らなきゃダメじゃないか!」教師は二人を注意する。「小テストだからってナメてかかると悲惨な結果になるぞ」
二人は教師に謝った。
「はい、すいません」
一度目を付けられるとメールしにくい。机の下にスマートフォンを隠して【相互ギャンブラーメール】を送信した。
【相互ギャンブラーメール 『獣医師』】
ホント最低な女だよなアイツ。
そんな金払う必要ないって。
アイツが何を言おうと戯言だし。
誰も信じないから、知らないの一点張りでいいと思う。
気を強くもって!
【END】
送信ボタンをタップし終えた真人は、スマートフォンをポケットへと収める際、コマンドの【相互ギャンブラーメール】がピコピコと光を発している事に気づく。
教師が黒板に文字を書き、生徒達に背を向けている隙に体を捩じらせ、健也にスマートフォンの画面を見せた。
「なんか変だぞ。光ってる」
健也も自分のスマートフォンの画面を見ると、真人と同じ個所が光を発し点滅を繰り返していた。
「あ、オレも光ってる」
二人は【相互ギャンブラーメール】のコマンドをタップしてみると、『金の亡者』と『ローン地獄』の<☆>がコマンド同様に点滅している。
真人が言った。
「相互関係を望んでるんじゃないかな?」
「……。何のために?」殺人を犯した健也は、疑懼の念を抱かずにはいられなかった。「なるべく自分たち以外は仲間に入れたくないし。オレはイヤだな。もし会ってしまったら殺し合いになるような気がする」
「相手にはオレたちが何者なのかわからないんだ。わかっているのはハンドルーム、つまり駒の名前だけ。相手と会わなきゃいい話だよ」
「何か伝えたいことがあるのかもしれないな。『ローン地獄』って人肉ハンバーガーを作ってるんだよな? 手伝ってくれとか?」
「それは絶対無理」
女で一人、人体を解体し、ハンバーガーを作るのは容易ではない。手伝いの依頼である可能性も十分にありうること。
「じゃあさ、大怪我した『金の亡者』は? だって危ない奴なら相互関係外しちゃえばいいんだし。ツイッターみたいなもんだろ?」
「そんなに単純なこと?」
「う~ん……じゃあさ、真人だけ相互関係になってみたら?」
「お前らいい加減しろ!」教師は二人に怒鳴り声を上げた。「どうしたんだ、二人とも、いつも真面目なのに!」
「……はは」健也は思わず笑いが込み上げた。「真面目です」
(どいつもこいつも真面目、真面目って、人間殺しても真面目ってか……ホント嫌になる)
「何がおかしい!? そんなに先生の話が聞きたくないなら教室から出ていきなさい!」
「はい」
授業どころではない健也と真人が席を立つと、直美も席を立ち、教室の後方の戸から廊下へと足を踏み出した。
「え? あれ? おい、ちょっと」“ちょっと待て”と言いたい教師は、三人の行動に首を傾げた。「あいつら、どうしたんだ? いつもと違う……」
生徒達も教室から出ていく三人に目をやった。
「ホントに出てっちゃった……」
廊下を歩く三人は一回に降り立ち、学園祭などに使う小道具や普段使わない物を収めてある保管室へと向かって歩いた。
直美は不安だった。
「ユリ、ほっといても大丈夫かな。恐喝とか怖い。なんかアイツなら悪い人達と繋がってそうだし。暴力団の借金取り立てみたいなヤバい人達がうちに来る事ないよね?」
真人は言った。
「考えすぎだよ。その借金取りより、恐ろしいモノを今オレ達は相手にしてるだろ?」
北棟にある日の当たらない保管室に辿り着いた三人は、室内へと足を踏み入れた。
長年使っていない小道具は、収納すると言うより、放置に近い状態で室内の壁に立て掛けられており、マジックインキで中に収めたものを書き記した段ボールが幾つも積み上げられていた。
埃っぽさを感じた健也の鼻孔がムズムズする。
「この部屋、誰も掃除しないからくしゃみが出そう」
直美がポツリと言う。
「ウチの学校って、見えるところだけ気にして、見えないところはどうでもいいって感じ」
「外見ばっか気にするから、真面目、真面目って耳にタコができるほど言うんだろうよ」
「直美、お前もスマホの画面を見てみた方がいい」真人は自分のスマートフォンの画面を直美に見せた。「【相互ギャンブラーメール】のコマンドが光ってるんだ」
直美のスマートフォンの画面も同じ状態だった。
「相互関係になりたいのかな?」
「お前もそう思う?」
「うん。でもあたしはイヤだけど」
「健也もそうみたいだから試しにオレが相互関係になってみる。解除もできるから別に差し支えないだろ?」
真人は謎の二人の<☆>をタップする。相互関係になった<☆>が<★>へと変化した直後、早速二人から【相互ギャンブラーメール】が届いた。
「メールが来た。まずはトップを独走中の『ローン地獄』から見てみよう」
【相互ギャンブラーメール 『ローン地獄』】
おはよう、『獣医師』さん。
私の作った人肉バーガーはいかがですか?
解体に苦労してますから、苦労の分だけ、美味しく仕上がりそうですよ。
ボナンザから頂いたミラクル・オリジナルソースが味の決め手です。
肝臓はスーパーに並んでるレバーにそっくりで驚きました。
レバニラにして今夜の晩酌で頂きます。
ルーレットを回すのは待ってってくださいね。私一人だから時間がかかりそうです。
【END】
危険人物に三人は顔を強張らせた。
真人は言った。
「危ない女だ。頭狂ってるよ。このゲームが原因で狂ったわけじゃなくて、元から狂ってそうだ」
思ったとおり危ない奴だったので健也が言った。
「だからオレが言ったじゃん、危険だって」
直美が言った。
「どうゆう神経してるんだろう……あたしには無理ね」
真人は確認した。
「『金の亡者』を見てみるか」
【相互ギャンブラーメール 『金の亡者』】
おはよう、『獣医師』さん
おはよう、『ゲーマー』さん
おはよう、『食いしん坊』さん
三人が保管室にいるのは知ってる。
M・U
T・K
N・K
素敵なイニシャルだね。
E高校の夜間レクはどうだった?
その後、殺人を犯した。
そして二人は関与した。
コンビニ店員を殺して埋めたの?
どこに埋めたの?
警察にバレたら人生終わるね。
N・Kは盗んだ金がバレたら怖いよね。
ああ……それにしても腕が病む。
クソッたれワンコめ。犬鍋にして食ってやった。
あんたらも満月の夜は狂犬に注意した方がいい。
だけど狂犬は喰うと旨い事を発見した。怪我の功名ってやつだね。
【END】
真人は慄然とした。
「なにこいつ……なんで俺らの名前を知ってるんだ!?」
健也が取り乱した。
「どうゆうことだ!? オレたちがいる場所まで知ってる」
「イヤ! なんなのよぉぉぉぉ!」直美は発狂した。「なんであたし達のこと知ってんのよ!」
直美が崩れ落ちるように床に膝をついた時、僅かに開いた保管室のドアの隙間からユリが覗いていた。口元の端に笑みを作り、じっと三人を凝視している。
「口止め料頂戴。『ゲーマー』さんが殺しで稼いだ100万円とあたしの5千円も忘れないでね」
三人は同時にユリが『金の亡者』であった事を知る。
「恐喝が目的なのか!?」真人がユリに訊く。「でもさ、死んだら意味ないじゃん」
ユリは言った。
「心配してくれてんの? 大丈夫よ。だってあたしゴールするから。死ぬのはあんた達のうち誰か二人」
「オレたちは死なない!」
「100万はここにはない」健也が言った。「真人の自宅に置いてあるんだ」
「あっそう。あたしを自宅に呼んで殺す気ね? 郵送であたしのウチに送ってよ」
「よく、ビビらずオレ達の前に姿を現したな」
(思った以上に狡猾なビッチだ。もう殺しはしたくない。だけど、喋れなくすることならできる)
と、健也が言った直後、直美が予想外の行動をとった。
「真人のウチじゃなくても、ここで殺してやる!」
我を失い、壁に立て掛けてあった古びた鉄パイプを手にし、ユリの頭部を強打したのだ。
「ぎゃ!」
ユリの頭部から流れ出した血が床に血溜まりを作った。
血に染まった髪の毛が付着した鉄パイプを握り締めた直美は息を切らし、微動だにしないユリに血走った眼を向け、叫び声を上げた。
「あ――――! あ――――!」
真人は直美の口を手で塞いだ。
「声を出すな」
口元にある真人の中指をガチガチと噛み、暴れようとする直美はもはや正気の沙汰ではない。聖那のように狂ってしまったのではないだろうかと不安になった。
暴力は振るいたくなかったが、正気を取り戻してほしかったので、真人は頬を張った。
「しっかりしろ!」
「うう、うあ――――!」直美は号泣する。「頭が、カッとなって気づいたら殴ってのぉ!こいつが、ユリが悪いのよぉぉぉぉ!」
目を見開いたまま床に横たわるユリの動脈を確認した健也は、静かに首を振った。
「やっぱり、死んでる」
真人は訊いた。
「どうする?」
「山に埋めるしかないじゃん。昨日の雑木林に行って埋めるんだよ」
「佐久間を捜索してる警察が巡回してるのにどうやってあそこまでいくんだよ!」
物事を考えられる状態にない直美はひたすら泣き続け、頭の中が大混乱の二人はなんとか考えようとするも、考えがまとまらない。
とにかくどうにかしなくては、ここから遺体を運ばなくては、遺体を隠すのに何かよいものはないだろうか、と室内を見回した。
真人は、去年の学校祭でクラスの女子が作った下手くそな着ぐるみに目をやった。
「アレに入れて自宅まで運べばいいんじゃないのかな……」
真人の目線の先を見た健也は言った。
「死体を入れて北棟の裏玄関がら出たとしても、目立ちすぎるし、他の生徒に見られる可能性が高い。相川が消えた日に着ぐるみ抱えてこそこそ校舎から出れば、必ず怪しまれる」
「じゃあどうするんだよ! どうしたらいいんだよ!」
「学校の授業が終わり次第、職員室に行ってこの着ぐるみを借りていきますと堂々と言った方がいい。母さんの誕生日だからサプライズしたいとか、適当に言って。
この着ぐるみは恰幅のいい男子が着ていたはずだから、中は広く作られてるはずだ。真人は痩せ形だし、相川も小さくて細い」
健也の言ってる事が理解できた。
「つまり、着ぐるみの中でオレが相川を抱えながら自宅に戻るってことか?」
「そうゆうこと。でも死体は力が抜けてるからかなり重いはずだ。タクシーに乗って帰ろう」
真人は、放心状態の直美の肩を揺すった。
「おい! 直美! オレたちがなんとかするから、もう大丈夫だよ」
死体を家に持って帰ったところで、どうするかなんて考えていない。警察も巡回してるのだから、佐久間を遺棄した雑木林にも行けやしない。だけれど聖那状態になりつつある直美を安心させる為にそう言ったのだ。
直美は尋ねた。
「ホントに大丈夫なの?」
「うん。直美は何も心配しなくていいんだよ」
直美が手にしてる鉄パイプと血に染まった床に視線を向けた健也が言った。
「この血を何とかしないとな。それから帰りまで相川を着ぐるみの中に隠しておこう」
三人は“布きれ”と書かれた段ボール箱を開封し、布を手にして、床を拭き始めた。鉄パイプに付着した髪の毛と血も綺麗に拭き取り、使用した布を着ぐるみの底に隠すように敷き詰めた。
ユリを持ち上げると、頭部の傷口から血液が溢れ出す為、長めの布で頭部をぐるぐると巻いた。その時、制服の腕の裾が持ち上がった。包帯が巻かれた上腕が露わになり、まちがいなく『金の亡者』だった。
真人は言った。
「マジで飼い犬に噛まれたんだな」
健也が言った。
「なあ、それはいいとして、ルミノール反応ってさ、拭いても反応するんだよな」
「そう言えば、以前刑事ドラマで塩素系で拭き取ると血痕の証拠隠滅できるって聞いた事がある」
フラリと立ち上がった直美が廊下に出ようとした。
「あたし……向かいの女子トイレに行って塩素系洗剤とってくる」
「あ、ああ」心配する真人。「大丈夫か?」
「うん」
少しだけドアを開け、廊下の様子を窺い、誰もいない事を確認してから保管室を出た。
直美がいなくなった室内で真人がポツリと言う。
「どうして、お前そんなに落ち着いていられるんだよ」
健也は言う。
「何度も言うけど、心底ビビってる。お前なんかよりずっと」
塩素系洗剤を手にした直美がトイレから戻り、「血があった場所にかければいいんだよね?」と、確認するようにたずねた。
真人は答えた。
「そうだね。鉄パイプにもね。直美は悪くない。相川がすべて悪いんだ」
殺人の痕跡を消し去りたい、徹底的に床のそうじを終えた頃、真人がスマートフォンの画面で時間を確認した。
12時20分。
作業日没頭するあまり、時間の経過を忘れていた三人の耳にチャイムすら届いていなかった。
「え? もうお昼じゃん」
「教室に戻ろう」健也が腰を上げた。「なんか、今更戻るより、帰りたいけどね」
「ホントだよ」
直美がふと着ぐるみに目をやると、黄色い布に血が滲み、広範囲に渡って赤く染まり始めていた。相川の頭から溢れる血で布が徐々に赤くなっていく。
「こんなんじゃ、持ち出せないよ!」
「くっそ! まるで相川の呪いだな」真人が焦りの色を浮かべた。「どうする……どうしたらいいんだ」
「しかたない。夜、学校に侵入するしかない」健也はカーテンで遮られた窓硝子に手を伸ばし、鍵を外した。「ここから侵入しよう」
「それしかないよな」
直美はふたりに言った。
「ねえ、『ローン地獄』が作業を終えるまでルーレットを回せないんなら、授業より、家に帰って寝たいんだけど。今更授業に出たって意味ないし、そんな気分じゃないもの」
「ゲームが終わるまで、学校はいいや」
少し休めば直美の精神状態もよくなるだろうと思い、真人は腰を上げた。
「帰ろうか。また夜疲れそうだし」
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