内田真人【17歳】『リアル人生デスゲーム』<2日目・早朝 自宅>
直美はソファから腰を上げ、窓に歩み寄り、カーテンを開けた。もうそろそろ太陽が顔を出す時間帯なのだが、今日はどんより曇っており、厚い雲が曙光を覆い隠している。
「曙光は吉日を現す言葉でもあるけど、雲が多くて見えないね。不吉な感じ」
直美がルーレットを回すと<5>でストップした。駒が7マス先の停止位置に移動したままマスの色に変化がなかった。
【『食いしん坊』
ゴールまで32マス
所持金 5千円
身体状況 切り傷】
【『食いしん坊』さんは順番が巡ってくるまで待ちましょう】
ほっと安心した。
「よかった」
「オレの番か」健也がルーレットを回す。「殺人マスは勘弁してくれよな」
ストップしたルーレットが示した数字は<1>
「1かよ! もうこの際1でもいいから無理難題な指示はホントやめてくれ」
1マス進んだ先のマスが真人と同様、緑色に変化し、木が表示された。
【『ゲーマー』
ゴールまで34マス
所持金 100万円
身体状況 健康】
【森の中でリラクゼーション 『ゲーマー』さんは1回休み】
「参ったな……指示がなくて安堵したいところだけど、1しか出なくて一回休みか」
真人が健也の肩をポンっと軽く叩き、希望はまだあると伝えた。
「大丈夫だ。オレも一回休みだし」
だが健也は希望があるとは思えなかった。
「もし、『ローン地獄』がゴールして、『金の亡者』がゴールしたらオレ達の内二人死ぬ。『金の亡者』より早くゴールしてもオレ達の内一人死ぬ。だったらオレは喜んでお前達の為に死ねるよ」
「何言ってんだよ! ダメだよ、そんなの!」
「でも『ローン地獄』は確実にトップ、1着でゴールすると思う」
「どうすりゃいいんだよ!?」
「焦ったって仕方ないよ。『金の亡者』がルーレットを回すぞ」
奈落に突き落とされた三人は、『金の亡者』のマスの指示に注目する。ルーレットを回した『金の亡者』の駒が6マス進んで停止すると、白マスがピエロの顔へと変化した。
【『金の亡者』
ゴールまで27マス
所持金 3万円
身体状況 右腕上腕損傷】
【笑顔の仮面の下は、微笑みか? それとも怒りか? 哀愁か? 何が起こるかわからない】
大怪我しちゃったから病院代も高くつきますね。
でもお金を払いたくない。
だって所持金減らしたくないもの。
そんな『金の亡者』さんは夜間救急外来の会計士のおじさんと医療費と引き替えにエッチしちゃいましょう。
おじさんはフェラが大好きです。アイスキャンディと思って丁寧に舐めてあげましょうね。
♪会計士のおじさんとトイレでエッチして医療費無料でラッキーデー♪
【END】
「大怪我したのにラッキーデーって……」真人は顔を強張らせた。「まあ、でも性行為するなら時間がかかるはず。オレたちも少しゆっくりできるからいいけどさ」
「ねえ、あたし疑問があるんだけど」
「ん? なに?」
「『ローン地獄』が殺人依頼受けた時、すぐに順番が巡ってきたじゃない? 佐久間和樹を殺すのに三人がかりで襲ってから、また三人がかりで車のトランクに乗せたでしょ? 女の力で簡単に殺せるものなのかなって、ちょっと疑問に感じたのよ」
「子供を殺害した可能性もあるんじゃない? もしくは酔っ払いとか。寝てる人を瓶で殴れば簡単に女でも殺人が可能だと思うけど」
「怖いこと言わないでよ」
「だって怖い話を言い始めたのは直美じゃんよ」
「まあ、そうだけどさ……。よく一人で殺せたなと思って。度胸とか、いろいろと」
「確かに」
「なあ、学校に行く前に」言葉を言う前に健也のお腹の蛙が『ギュルル~』と空腹を訴えた。「どんな状況下に置かれても腹だけは減るんだよな、人間って」苦笑いして言う。
真人は言った。
「人間の生きる本能だからな。いつもなら向かいのコンビニに行くところだけど……行くのが怖いよな」
「そんなこと言ってたらずっと行けないじゃん」
「だよな」
三人はソファから腰を上げ、玄関を出て、アスファルトに降り立った。
太陽が隠れているせいで冬の訪れを感じさせる冷たい風がより冷たく感じた。だが、コンビニの駐車場に停まったパトカーを見て違う部類の寒気が全身を襲った。
深夜行方をくらませた佐久間和樹の捜索にあたっている警察だと悟った三人は、コンビニに行くことを躊躇する。
コンビニ内にいる警察と目が合う。
直美は言った。
「どうしよう。ここでアパートに戻ったら余計怪しまれるんじゃない?」
真人は横断歩道に歩を進めた。
「堂々としてればいいんだ。バレやしない」
「佐久間の遺体が見つかるのは時間の問題かもしれない。昨夜乗った車のタイヤには、雑木林の土が付着している。鑑定に回せば一発でオレたちがあの雑木林に行った事がばれる。栄華高校の優等生が殺人を犯すはずないんだ。真人の言う通り、堂々と買い物しよう」
動揺する自分に言い聞かせるように直美が言った。
「うん、そうだよね。あたしたちは栄華高校の真面目な生徒なんだから」
横断歩道を渡り、コンビニへと入った。買い物かごを手にした真人は飲料コーナーへと向かい、「みんな飲み物を入れて」と明るく振る舞う。
各自飲み物を手にした時、案の定警察が話し掛けてきた。
「随分と朝早いんだね」
真人が答える。
「あ、はい。昨日学校で夜間に集まるレクがあって、そのままウチで」正面の自宅アパートを指した。「お泊りしたんですよ。何かあったんですか?」
“何かあった”何があったのかは知っている。警察が捜している佐久間和樹を雑木林に遺棄したのは自分達なのだから。ただ何も知らないふりをしたかっただけ。
「どこの高校?」
「栄華高校です」
「あの優秀な栄華高校か」警察は話を続けた。「このコンビニでアルバイトしていた佐久間和樹さんが昨夜突如行方不明になってね。従業員は何も言わずに黙って帰ったかと思ったらしいのだが、同棲している恋人からコンビニに連絡があったんだ。些細なことでも構わないんだが、怪しい人物とか見てないかな?」
「自分達はずっと部屋にいましたし、部屋の外に出たと言えばアパート隣人の棚を組み立てるのを手伝いに自宅を出たくらいです」
「隣人?」
「自分は202号室です。でも怪我しちゃって、救急車で搬送されましたけど」
「そうか、それは気の毒に。協力どうもありがとう」
「いえ、とんでもないです」
三人は心の中でほっと胸を撫で下ろし、緊張して疲れてしまった身体をシャッキっとさせる為、栄養剤を買い物かごへと放り込んだ。
その時、駐車場に大型トラック二台が停車した。
一台はどう見ても深夜自分達にクラクションを鳴らしてきたトラックと視て間違いなさそうだ。一難去ってまた一難、今しがた警察に話し掛けられた時の緊張とは比べ物にならない恐怖だ。
あくびをしながらトラックの運転手が相方に言った。
「いや~参るよホント。昨日深夜まで走ったのに、早出のヤツが熱出しちまってよ、代わりに俺が走ることになったんだよ。本当はあり得ないんだけど、今人数足りねえからしゃあねえしな。ウチの会社人使い荒いから、辞めるヤツも多いし。最近の若い奴は根性が足りねえな」
「疲れるけど、金になるからいいんじゃねーの?」
「ま~な。栄養剤でも飲んで頑張らねーと」
三人は聞き耳を立てながら店内をうろつくと、警察は真人にした質問と同じことをトラックの運転手に説明していた。
トラックの運転手は思い出したかのように答えた。
「あ~深夜1時過ぎだったかな? 軽乗用車がヘッドライトも点けず、ウインカーも上げないで、中央線に寄って停まってたから、ビックリしてクラクション鳴らしたんだよ。その車を通りすぎてバックミラーで確認してみたら、なぜかコンビニの裏に入っていったんだ。仕事中に外出した店員にしちゃ変だな~って思ったけど……」
警察がたずねた。
「軽乗用車のナンバーとか、運転手の顔とか見てませんかね? 車種でも結構です」
「いや、暗いし疲れてたからそこまではちょっとな」
警察とトラックの運転手から死角になる陳列棚の影で健也が小声で言う。
「顔は見られてないみたいだぞ」
「ああ。まさかオレが運転していたとは思わないだろう。車種もナンバーも覚えてないんだ」安堵した真人はお弁当コーナーに歩を進ませた。
「はあ~寿命縮まりそうだよ」直美は貧血が起きそうなくらいドキドキしていた。「さっさと帰ろうよ」
三人は好みのお弁当を買い物かごに入れ、レジカウンターへと置いた。
「いらっしゃいませ」
店員はスキャンした商品を買い物袋に詰める。
「2898円になります」
真人が言った。
「オレが払うよ」
直美と健也は礼を言った。
「ありがとう」
健也が袋を手にした。
「オレが袋持つよ」
真人は本当に自分の顔を見られていないか確認する必要があった。警察と離しているトラックの運転手に逢えて顔を向け、口元に笑みを浮かべ「おはようございます」と挨拶する。
「おはよう」満面の笑みで真人に挨拶を返し、警察に「よくできた若者だな」と言った。
警察が言う。
「栄華高校の生徒さんだ」
「へえ~栄華高校。凄いじゃないか。やっぱり栄華高校ともなれば違うもんなんだな」
と優秀な高校に通う真人に特別な目線を向けてきた。勉強ができるだけで、他校の学生と変わらない十代の若者なのに、大人たちの屈折した概念が今の自分にとってありがたいと、心の中で安堵しながらコンビニを出た。
自宅アパートへと戻った三人は、テーブルの上に購入した商品を置き、ソファに腰を下ろした。それぞれが手にしたお弁当を頬張り、空腹の胃が満たされていくと、心までが満たされていく。
自然と口数が多くなった直美は安堵を口にする。
「ホント、ビビったよ。警察が来て、しかもクラクションを鳴らしたトラックの運転手まで登場するなんてね」
「オレも死ぬほどビビった!」唐揚げを食べながら真人が言った。「それに空腹だとイライラするし、余計な事を考えちゃうから、やっぱり食わないとな」
健也がお弁当をバクバク食べて、チョイスしたコーラを口に含んだ。
「『金の亡者』はエッチが好きらしいからオレ達ゆっくりできるじゃん。『ローン地獄』さえいなくなったら助かるのに」
「だよな~」と真人が返事をし、スマートフォンの画面に目をやれば、会計士のおっさんと性行為を終えた『金の亡者』から『ローン地獄』の番になっていた。
「『ローン地獄』がルーレットを回すぜ」箸を置き、真顔でスマートフォンの画面を凝視した真人が言った。
もうすぐ登校の時間。だけれど『ローン地獄』の動きが気になる。『ローン地獄』が5マス進み、白マスに停止すると、ピエロの顔へと変化した。
「またピエロか。次は何が来る」真人は言葉に緊張を含ませた。
口に含んだおかずを噛み砕きながら健也が言った。
「ホントだ。またピエロ」
【『ローン地獄』
ゴールまで14マス
所持金 100万円
身体状況 右足首捻挫】
【笑顔の仮面の下は、微笑みか? それとも怒りか? 哀愁か? 何が起こるかわからない】
お待たせしました!
死体処理方法が決定!
死体を解体し、ハンバーガーにしてください。
材料は午前10時に届けします。
※材料の支払いは実費となっております。
美味しく作って日ごろお世話になっている方達に配りましょうね。
喜ばれること間違いなし!
ギャンブラーの皆さんは『ローン地獄』さんが人肉ハンバーガーを作り終えるのを待ちましょう!
【END】
「マジかよ」真人が慄然とした。「人肉ハンバーガーって……」
「でもさ」一瞬、間を置いて健也が言った。「人間を解体するにも一人なら時間が掛かる。オレたちが休める時間が増えると考えれば、いいんじゃない?」
「お前、ホント冷静だよな」
「いや、冷静なんかじゃない。真人……お前より、ずっとビビってる。言っただろ? 心底ビビってるって……しかも『ローン地獄』は残り14マスだ」
「正体、そして所在地さえわかれば、ぶっ殺してやるのに!」
「そうゆう考えがいけないんだよ。ボナンザの思う壺って言ったろ?」
「健也……冷静でいられるお前が羨ましいよ」
「だから、オレもビビってるって。何回も言わせるなよ」
直美が言った。
「この女、一人で人間解体してハンバーガーにするわけ? どんだけ肝すわってんのよ。あり得ない。あたしだったらとっくに聖那以上のメンヘラになってるよ」
「だよな」健也が鼻で笑う。「このゲームに適した女ってことなんじゃね?」
ソファから立ち上がった真人は、自分の寝室に向かい、普段使っている財布を手にして、リビングに戻った。
「話が超ぶっ飛ぶけど」真人は財布の中身を見せた。「オレのひと月のこずかいは5千円なんだ。今月は3500円残っていたはずなのにゼロ円だ。つまり『リアル人生デスゲーム』が始まってからオレの金が消えた」美由紀が生活費を保管している引き出しを開け、二人に引き出しの中を見せた。「ここにも金が入っていたはずなのに、入ってないんだ」
健也は訊く。
「なにが言いたいの?」
「つまり、ゲームのデータに表示された金額しか手元にないってことだよ。ゲーム開始前に1億持っていたとしても、ゲーム開始後ゼロ円になってるんだよ」
所持金100万円の健也は、ヒップポケットに入れた自分の財布を取り出し、中を開けてみてみた。確かに真人が言うように、元から入っていたお金が入っていない。
健也は冷静に答える。
「実際、自宅に保管されていた現金が消えても何ら不思議はない。ゲームが終了次第、手元に戻ってくるだろ。生きていればの話だけどな」
「そうだな……登校までにはまだ時間があるから、体を休める為に仮眠しよう」
「そうね、30分でも寝たら疲れが取れるって言うし」直美は栄養剤を手にした。「体に蓄積した方が効くらしいよ。飲んで仮眠しよ」
「あ、ああ。そうだな。健也も飲めよ」
「そうしようかな。でもその前に、今日に備えて全員のデータを確認しようぜ」
健也はコマンドをタップし、データボタンをタップした。
『獣医師』
ゴールまで30マス
所持金 6928円
身体状況 治りかけのたんこぶ<軽傷>
『食いしん坊』
ゴールまで32マス
所持金 5千円
身体状況 切り傷<軽傷>
『ゲーマー』
ゴールまで34マス
所持金 100万円
身体状況 健康
『金の亡者』
ゴールまで27マス
所持金 3万円
身体状況 右腕上腕損傷<重傷>
『ローン地獄』
ゴールまで14マス
所持金 100万円
身体状況 右足首捻挫<軽傷>
現在 1位『ローン地獄』 最下位『ゲーマー』
脱落者 『ケツフェチ』 『小心者』
【END】
健也が重い苦しい溜息をついた。
「やっぱり、ビリはオレか……さあ、少し仮眠しよう」
データを確認した三人は、栄養剤を飲んで少しだけ仮眠する事にした。
そう、少しだけのはずだった……
目覚めた直美が、壁時計に目を向けた。ホームルールには間に合いそうだが、出席を取る時間には行けそうもない。
「起きて! 起きて!」声を張り上げて、真人を揺する。「遅刻だって!」
疲れ切って爆睡してしまった二人は目を覚まし、寝ぼけまなこで壁時計を見た。
「ん……」時間を確認した真人は焦った。「うわ! ヤバい!」
「寝すぎた!」健也は慌てて背を起こす。「だー、寝すぎた」
「そう言えば、健也、制服ないじゃん」
「そうだった! だって私服でいいって言ってたから、ジーンズで夜間レク行ったからさぁ。真人、制服貸して!」
「仕方ないなぁ、ちょっと待ってろ」
「オレもいく」
二人は寝室に入り、真人がクローゼットの中から下ろしたての制服を健也に渡した。
この寝室は精神崩壊した聖那を縛りつけていた場所。聖那が尋常を失っていたとはいえ、友達を縛りつけるなんて正気の沙汰じゃない。
もしかして、自分も狂ってきてるのではないかと不安を感じた真人は、健也に言った。
「オレたちは友達だった聖那を縛りつけた。そして聖那が死んでも……いつもなら悲しいはずなのに、慎司の死をも忘れて飯食ったりしてる。本当に狂い始めているのはオレたちの方なんじゃないのかって、つい……ふと思っちまった」
「……。かもしんないな」制服を着ながら言葉を返す。「ボナンザとか関係なく、普通の……オレ達みたいなちっぽけな人間が、こんな得体の知れないゲームに巻き込まれたら、誰だって狂っていくんじゃないのか? オレたちは理性を保っている方だと思う。深く考えれば考えるほどボナンザの泥濘に嵌るぞ」
「そうだな。やっぱお前強いよ」
「思い込みだよ……オレは既にいかれてるさ」制服に着替えた健也が言った。「急いで登校しようぜ」
三人はアパートを出て、学校へと向かった。
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