内田真人【17歳】『リアル人生デスゲーム』<1日目・夜間レク>【2】
家庭科室でルーレットを回し、指示を確認した直美は、手を挙げて教師に言った。
「先生、ちょっとトイレに行ってきます」
「わかったわ」
直美は家庭科室を抜け出し、暗い廊下を歩いて、教室へと侵入した。
無造作に放置された鞄が各自の机の上に置いてある。
ねこばばなんかしたことないし、かなり緊張していた。クラスでもおこずかいをいっぱいもらっている裕福な家庭の森野真理(もりの・まり)の鞄を開けて中を覗くと、クロエの財布が入っていた。
キョロキョロと周囲を見回し、財布を開けてみると八万円と5千円札が二枚入っていた。
直美は指先が震えた。こんなことはしたくない……5千円札を一枚取り出し、ジーンズのポケットの中に押し込んで教室を出た後、スマートフォンの画面を見る。
指示を終えた自分から三番手の慎司へとバトンが渡された。しかし、罪悪感に駆られた心は安堵する事なく、まだ指先の震えが止まらない。
(このお金はゲームが終わり次第返そう……)
家庭科室へと戻った直美は動揺しつつも、平静を装い調理台に歩み寄った。
出来上がったカレールーを小皿に注いだ森野真理が直美に訊いてきた。
「おいしい。直美はどう思う?」
「あ、うん」小皿を受け取り、カレールーを味見する。「お、美味しいと思う」
「じゃあ、味の補正はいらないね」担任に言った。「センセーできましたぁ」
担任は小皿にカレールーを掬って味見する。
「うん! 美味しいじゃないの」
真理は嬉しそうに言った。
「でしょ」
「みんないいお嫁さんになれるわよ。さあ、体育館に持っていきましょうね」
女子生徒一同は、肝試しの準備をしている男子生徒の許にカレー鍋と炊飯器、プラスチック製の使い捨てスプーンと紙皿を入れた段ボール箱を持って体育館へ入っていった。
「カレーライスの到着で~す!」元気な女子が男子に食事の知らせする。「美味しくできたよ」
食べ盛りの空腹の男子は歓喜の声を上げた。
「やったー! カレーだ!」
予め用意していた長テーブルにカレー鍋と炊飯器を置くと、担任が一同に指示した。
「皆紙皿とスプーンを貰って順番に並んでくださいね」
カレー皿を手にした慎司も列並びながらスマートフォンの画面を見て、ルーレットを回した。
【ストップ】ボタンを押すとルーレットは<7>で止まった。7マス移動した駒がマスに止まり、白から赤へと変化し、ナイフが表示された。
「これは! 殺人のマスだ!」
真人、直美、健也、聖那が慎司が手にしてるスマートフォンを覗き込んだ。真人と直美は慄然とした。だが、健也と聖那は恐怖の色を浮かべながらも平静を装った。
健也が真人に言った。
「さっき言っただろ? 信じるな」
聖那は、青ざめている慎司に言った。
「ホラー系だから怖いけど単なるゲームだ。マジで誰かを殺せって言われたら、マジで殺すわけ? 健也じゃないけど、馬鹿らしい。そんなこと実際にやったら少年行きだ」
慎司は言った。
「そ、そうだよな」
一同は表示された文章を見る。
【『ケツフェチ』
ゴールまで47マス
所持金 3千円
身体状況 健康】
【一思いに殺しましょう!】
ああ、何だかイライラする。『ケツフェチ』さんは勉強のしすぎかな?
その上、大嫌いな体育まで成績を気にしなきゃいけないなんて地獄ですね。
だったら思いっ切って目の前の体育教師を殺しちゃいましょう!
カレーライスを食べる前に……
【END】
「なんでカレー食うこと知ってんだよ!?」慎司は取り乱した。「殺せない! いやだぁ!」
「ホントだ! なんで!?」気が小さい聖那も取り乱した。「怖いよ!」
健也が二人を落ち着かせようとした。
「大丈夫だ! いいか、よく聞け! カレーライスを食べる家は多い、カレーと表示すれば誰か彼か食ってるはずだ。適当に表示されたモノが偶々、偶然、当たっただけ!」
慎司と聖那のただならぬ様子にクラスメイト達は騒然とし、育教員と担任教師が“殺す”という物騒な台詞に驚き、慎司に歩み寄った。
「どうしたんだ、志島」体育教員が言った。「何かあったのか?」
怯えている慎司の代わりに健也が答えた。
「何でもないっす。ホラーゲームの話で」
「そうか。ならいいけどな」カレーライスを貰いに列に戻った。「ほら、お前らもカレーついでもらえよ」
真人はふと思った。
黒マスに止まった時、まるで暗示にでも掛けられたかのように異様にシャワーが浴びたくなった。
殺人のマスに止まった慎司は、人を殺したくならないのだろうか?
慎司は怯えてるだけで、肝試しの小道具を作るのに使ったカッターナイフにも反応してない。
「なあ」真人が小声で慎司にたずねる。「異様に殺人を犯したいとか、そうゆう怖い心理になってないか?」
ブルブルと首を振って否定する。
「ない」
「そうか」
(怪我の時は、確実に怪我をするように暗示に掛けられた感じがしたけど、殺人のマスは自分の意思で殺せってことなのか……)
深刻な顔の真人に、健也が声を掛けた。
「殺人なんてあり得ないから。恐ろしいことを考えてないで、カレー貰ってこいよ」カレーを手にした健也は頬張る。「うん、旨い!」
カレーライスを手にした五人は、他の生徒と距離を置いて体育館の隅に腰を下ろした。
「あたし、怖い……」
慎司は言った。
「そ、そうだよ、健也と聖那の言うとおり、何も起きない。オレは食うよ」
その時、慎司のスマートフォンの画面に新たな文章が表示された。
【カレーライスを食べる前に実行しましょう。
カレーライスを食べる前に実行しましょう。
カレーライスを食べる前に実行しましょう。
カレーライスを食べる前に実行しましょう。
スプーンにカレーライス掬って食べてしまったらゲームオーバー・・・・・
『ケツフェチ』さんの人生頂きます】
慎司は周囲を見回した。
「やっぱり変だよ!オレがカレーを持ってるの見てる! オレたち見られてるよ!」
クラスメイト全員と教師二人も、取り乱して立ち上がった慎司に目を向けた。
「大丈夫だ慎司、何も起きない!」慎司の腕を握った健也も動揺していた。慎司が言うとおり、見られているような気がしたからだ。
真人も直美も監視カメラを探すかのように、周囲をきょろきょろと落ち着きなく見まわす。
「見られてる! ぜったい、あたし達、見られてるよぉ!」
「どうしたんだ、さっきから」
こちらに向かって体育教員が歩を進めてきた時、無造作に床に放置された鋏を拾い上げた慎司が彼に襲い掛かった。
「殺してやる!」
驚いた体育教員は咄嗟に慎司の腕を掴み、捻じ伏せ、動きを封じた。その直後、慎司のスマートフォンの画面に別の文章が表示された。
【指示に対しての実行に失敗した『ケツフェチ』さんの人生頂きます】
【GAME OVER】
「オレは一体どうなるんだ――!」
慎司が叫んだ瞬間、ジグソーパズルがバラバラになるかのように体が砕け散り、黒い灰となって宙に舞った。
直美が悲鳴を上げた。
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!」
真人、健也、聖那も驚愕の光景に声を上げた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
教師二人とクラスメイト一同は、四人の悲鳴に驚いた様子でこちらを見ていた。
一人の生徒が四人に言った。
「どうしたの?」
驚愕した真人は生徒に言った。
「どうしたのって! 今、今、慎司が消えたじゃん! 突然灰になって消えたのになんでお前ら冷静でいれるんだよ!?」
口元の端に小さな笑みを作った体育教師が歩み寄り、小声で囁くように言った。
「いい演出だ。これで肝試しが盛り上がる」冗談混じりに肘で真人の腹を軽く突く。「さすが、ムードメーカー内田。お前らの後ろに消えた少年の霊がいる!」
「ちょっと、センセー! やめてよ!」怖がりの女子生徒が言った。「真人もあたしが怖がりなの知ってるくせに!」
戦慄を感じた真人は声を震わせた。
「何言ってんだよ……お前ら」
体育教師は今しがた慎司が握っていた鋏、そして放置されたカッターナイフを拾い上げ、「置きっ放しだった。危ない危ない」と日用大工道具を入れてあるボックスに収めた。
「慎司が食っていたカレーも、スマホもない……」聖那がはっとする。「存在記憶が消えるって記載されていたよな? それって……ゲーム内で死んでしまったら、マジでゲームをプレイしている連中以外の記憶からそいつの存在そのものが消えるってことなんじゃないのか!?」
恐怖の色を隠しきれない健也が愕然とした。
「そんなこと可能なのかよ……冗談じゃない」
泣き喚く直美は、真人にしがみついた。
「怖いよぉ! 真人! 怖い! もうヤダ! こんなゲーム! もうヤダよぉぉぉ!」
気の利いた言葉が出てこなかった。
「オレも怖いよ」
担任教師が直美に歩み寄り、頭を撫でた。
「そんなに肝試しが怖いなら、休んでもいいのよ」
「先生、違うの! 違うの! 慎司は!? 志島慎司はどこ行っちゃったの!?」
「志島慎司?」訝し気に首を傾げる。「そんな子、うちのクラスにいないじゃないの。先生まで怖くなるからやめてよ」
「木村は見学しててもいいぞ」体育教員はクラスメイト全員を確認した。「よし、みんないるな。じゃあ、始めようか!」
4番手の健也は、慎司が消えたことにより、3番手となった。スマートフォンの画面にはルーレットが回される時を待っている。
健也は震える指先で【スタート】ボタンをタップした。
殺人のマスも、怪我のマスも怖い!
ルーレットが<2>を示し、駒が進んでゆく。停止した位置のマスがピンクに変化し、ハートが現れた。
「ハート……恋か?」
友達が死んだのに、死を偲ぶ暇も余裕もない。
直美が涙を拭い、「大した指示じゃなきゃいいけど……」と健也のスマートフォンの画面を見た。
【『ゲーマー』
ゴールまで45マス
所持金0
身体状況 健康】
【女子を驚かせたい! 素敵な素敵な肝試し】
いい感じの女子を犯してひと時の恋人。
夜の学校はスリリング! 恐怖の中にエロスを感じて。
【END】
「無理に決まってんじゃん! こんなの無理だ!」
真人も頭を抱えた。
「なんでこんな無理難題を押し付けるんだよ……」
「これを実行しないと存在を消されるんだよな?」聖那が言った。「やるしかないじゃん……」
健也は声を荒立てた。
「人ごとかよ!? オレに女を犯せってか!?」
「人ごとなんかじゃない!」
「だったらお前ならそうするのかよ!?」
「喧嘩か!? ダメだぞ!」体育教員が四人に注意した。「女子が一人ずつ学校内を回るから男子は持ち場に行けよ」
直美が小声で健也に教える。
「美弥子(みやこ)」ツインテールの女子をそっと指した。「相川ユリほどじゃないけど結構遊んでるらしい。そうゆうのってすぐに女子の間で噂が広まるの。上手く誘えばいいんじゃない?」
健也が絶望的な表情を浮かべた。
「性行為しましょうなら、それでいいかも知れないけど……犯すってレイプだろ?」
「いや、ちょっと待て」真人が健也のスマートフォンに目をやった。「ひと時の恋人って表示されてる。強姦は同意じゃない、レイプだ。だけど、恋人なら同意の上での行為ってことじゃないのか? つまり同意の上での犯しバージョンの性行為って事だと思う……」
顔を強張らせた。
「犯しバージョン? エロゲに登場するドM女との行為みたいなヤツ?」
「そうじゃないの?」
「気が進まないよ……。だって、エロゲはエロゲで遊びじゃん。リアルじゃないから楽しいんだよ。妹のスカートを捲れって指示も、小学生がやるような遊びだったから楽しかたったんだよ。ワンナイトとか犯しとか……いやだよ」
直美が真剣に言った。
「あたし、健也に灰になってほしくない。同意の上でするならワンナイトでもいいじゃん……仕方ないよ……」
「おい!そこ、早く持ち場に行けよ」と、体育教員の声が苛立っている。そろそろ行かないと怒られそうだ。
「オレらは持ち場に行くよ。直美はここで先生たちと一緒に休んでなよ」真人が直美の髪を撫でた。「行ってくる」
不安げな瞳で真人を見上げた。
「うん……」
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