内田真人【17歳】『リアル人生デスゲーム』<1日目・午後 自宅>

 学校から帰宅した真人は家着のスウェットに着替え終えると、スマートフォンの受信音が鳴った。


 14時25分。


 画面を確認するとボナンザのPCアドレスが表示されていた。



 【件名】

 頑張りましょう

 【本文】

 ダウンロードしたアプリゲームを開き、スタート前に確認しましょう

 【END】


 真人はダウンロードした『リアル人生デスゲーム』をスタートさせた。


 スマートフォンの画面には、何も描かれていない白いマスが連なっている。小さな画面に長い全体マップを表示するのは不可能な為、部分表示になっていた。


 スタート地点に人型の赤い駒が3つ、青い駒が4つ並んでいる。


 赤は女。


 青は男。


 謎の『金の亡者』と『ローン地獄』が女である事を理解した。


 サイト側はユーザー登録した詳しい個人情報など知り得ない。だが、万が一この駒の名前がオレたちを投影したものなら、二人の女はとんでもない悪女だろうな……と、思った。


 「怖い怖い」


 真人は、画面上部にある3つに分かれたコマンドタグに目をやった。



 【全体マップ】


 【相互ギャンブラーメール】


 【マスの色の説明】



 まずは【全体マップ】をタップしてみる。すると画面全体に縮小された【全体マップ】が表示された。全60マスの双六は大蛇がとぐろを巻いたかのように渦を巻きながらゴールまで続いていた。そして画面下部には【全データ】ボタンがあり、タップしてみると文字通りデータが表示された。



 1真人 『獣医師』


 ゴールまで60マス


 所持金 0円


 身体状況 健康

 


 2『食いしん坊』


 ゴールまで60マス


 所持金 0円


 身体状況 健康



 3『ケツフェチ』


 ゴールまで60マス


 所持金 0円


 身体状況 健康



 4『ゲーマー』


 ゴールまで60マス


 所持金 0円


 身体状況 健康



 5『小心者』


 ゴールまで60マス


 所持金 0円


 身体状況 健康

 


 6『金の亡者』


 ゴールまで60マス


 所持金 0円


 身体状況 健康


 

 7『ローン地獄』


 ゴールまで60マス


 所持金 0円


 身体状況 健康



 「全員のデータ」


 (なるほど……一気にギャンブラーの情報を詳しく見ることもできるのか。通常の人生ゲームは所持金をある程度持った状態でスタートするけど、このゲームはゼロ円から始まるんだ)



 続いて【相互ギャンブラーメール】をタップする。



 『食いしん坊』 ☆ 


 『ケツフェチ』 ☆


 『ゲーマー』  ☆


 『小心者』   ☆


 『金の亡者』  ☆


 『ローン地獄』 ☆



 ※相互関係は星の色が★へと変化します。



 真人は『食いしん坊』『ケツフェチ』『ゲーマー』『小心者』仲間達の星をタップすると、星の色が☆から★へと一瞬にして色が変化した。つまり仲間たちは既に☆をタップしてくれていたということだ。


 ノンストップなので画面はずっとゲームにしておかなければならないし、これで仲間との連絡も自由にとれるから一安心だ。


 謎のギャンブラーはどんな連中なのかわからないので、もう少し様子を見てから相互関係になろうと思った。


 最後に確認のためマスの説明にもう一度目を通した。



  【マスの種類】


 白マスのまま変化なし―――自分の順番が巡ってくるまで待ちましょう


 緑色の木―――森の中でリラクゼーション(一回休み)


 ピンクのハート―――恋をしてください

 

 黄色い円マーク―――お金を稼ぎましょう


 黒い髑髏(どくろ)―――怪我をします(ロシアンルーレットが出てきますので、怪我の重度を選択してください※即死あり)

 

 赤いナイフ―――迷わず殺してください(ロシアンルーレットあり)


 流れ星―――一気に飛んじゃいましょう(スペシャルルーレットで進む数を選択してください※最大20マス飛べます)


 ピエロの顔―笑顔の仮面の下は、微笑みか? それとも怒りか? 哀愁か? 何が起こるかわからない

 ※その時マスに表示された指示に従ってください


 【END】



 「よし、もう覚えた」


 双六画面に戻したとき、丁度5分経ち、画面内にルーレットが表示された。順番が巡ってくると、ルーレットが画面に表示される。


 【BONANZAが二日間に渡ってお届けするギャンブルアプリゲーム『リアル人生デスゲーム』のスタートです! 1番手は『獣医師』さんです。ルーレットを回しましょう】


 ルーレットの下部は【スタート】ボタンと【ストップ】ボタンがある。


 真人は【スタート】ボタンをタップし、ルーレットを回転させ、指先に全神経を集中させ【ストップ】ボタンをタップした。


 <8>


 (よっしゃ、8マス進める! 出だし好調じゃん! 最初っから1だとテンション落ちる)


 青い駒がマスの上を移動し、スタート地点から8マス進んだマスで停止した。その直後、白マスが黄色に色が変化し、円マークが表示された。



 【『獣医師』


 ゴールまで52マス


 所持金0


 身体状況 健康】



 【お金を稼ぎましょう!】


 ~優しい『獣医師』さんの優しい味~


 お母さんが恋人と二泊三日のお泊りデートです。


 日頃の感謝の気持ちを込め、旅行前に心まで温まる味噌汁を作ってあげましょう。


 気を利かせて賞味期限が今日で切れてしまうの豆腐を消費してください。


 ♪感激したお母さんから1万円のおこずかいをゲッドする♪


 【END】



 ちょっと待ってくれよ……


 なんで母さんが旅行に行くこと知ってんの?


 偶然にしては気味悪すぎる……


 なんかこのゲーム変だ……


 「いや、偶然だ! 偶然!」

 (食べ物を大事にする母さんなら、旅行に出かける前の日に、賞味期限前の食品は食卓に出すはずだ)


 真人は自分の部屋からリビングに出て、台所に向かった。


 冷蔵庫の扉を開け、中を覗くと、奥の方に豆腐が入っていた。恐る恐る賞味期限を見てみてみると『リアル人生デスゲーム』に表示されていたとおり、今日の日付だったのだ。


 「ウソだろ……」


 ふと、ルールを思い出す。


 指示に従わなかった場合、人生を頂く……


 (オレ、死ぬの? まさかだよな……てか、ホントに味噌汁作っただけで1万円も貰えるのか?)


 月のおこずかいは5千円だ。1万円はそれの倍。正月と誕生日以外は考えられない。


 “これは偶然だ”と、思い込みたいところだが……やはり怖い。


 真人はゲームの指示どおり、台所に立ち、豆腐の味噌汁を作り始めた。


 勉強はできるが、料理はからっきしの真人は考える。


 (お湯を沸かして、味噌を溶かして、ほんだし入れて……味噌が先?それともほんだし? この際どっちでもいいや……)


 小さな鍋にお湯を沸かして味噌を解き、ほんだしを入れた。豆腐を適当に切って味噌汁の中に投入した。


 丁度味噌汁ができあがったころ、お洒落した美由紀がリビングに顔を出した。室内に漂う味噌汁の匂いに驚いた様子で台所に立つ真人に駆け寄った。


 「ま、真人!? なにしてるの!?」


 「母さんが旅行に行く前に……日頃の感謝の気持ちを込めて豆腐の味噌汁を……」


 「豆腐? 豆腐なんかウチにあった?」豆腐が入っていた容器に表示された賞味期限を見る。「あら、いけない、忘れてたわ」


 「母さんが忘れるなんて珍しい。よっぽど、デートが楽しみだったのかな」冗談でも言わなければ眩暈がしそうだ。「あ、あははは……」一生懸命笑顔を作るが、口元が引き攣る。


 「嬉しい。母さん感激よ」


 「冷めないうちに食べて」


 真人は、お椀に注いだ味噌汁と箸を食卓テーブルの上に置いた。


 美由紀は笑みを浮かべて椅子に腰を掛け、味噌汁を啜った。

 「うん。美味しい。上手にできてるわ」


 真人は美由紀の着ているワンピースに目をやった。

 「そのワンピいいね」


 「ありがとう。奮発して買っちゃった。ちょっとした自分へのご褒美よ」椅子から腰を上げた。「ちょっと待ってて」


 寝室に入った美由紀はルイヴィトンのショルダーバッグを手にしてリビングに戻った。


 真人はたずねた。

 「それどうしたの?」


 「智也さんに頂いたのよ。高いのにお返しに困っちゃうわね」


 「よかったじゃん。お返しは愛でいいんじゃないの?」


 「大人をからかわないの」


 余程、愛されているのだろうと思ったが、育った環境のせいなのか、現実的な事が頭に浮かぶ。


 (コンビニ店員ってそんなに給料良かったけ? とは言え店長だからけっこう貰ってるのかな?)


 美由紀はショルダーバッグのチャックを開け、シャネルの財布を出し、「これも智也さんから頂いたの」と嬉しそうに笑みを浮かべた後、1万円を真人に差し出した。


 「それも……」

 (あいつは貢ぐタイプの男なのか?)


 「はい、おこずかい。お味噌汁、美味しかった。真人も洋服でも買いなさい」


 いつもなら1万円を貰えたらめちゃくちゃ嬉しいのに、嬉しさよりも、ゲームに対する恐怖心のほうが大きかった。


 「……。あ、ありがとう」


 玄関のチャイムが鳴ったので、美由紀は足早に玄関に向かいドアを開けた。


 迎えに来た智也が、ポテトチップスとイチゴオレが入った買い物袋を差し出した。

 「真人君に」


 「真人が喜ぶわ。あの子、小さい頃からポテトチップスとイチゴオレが大好きなの」


 「いつもきまって買っていくから、変わったものよりも真人君の定番がいいんじゃないかと思って」


 玄関から真人を呼んだ。

 「ちょっと来なさい」


 頭が混乱中の真人は玄関に向かった。


 智也に頭を下げた。

 「こんにちは」


 「こんにちは」満面の笑みで挨拶を返す。「これからもよろしく」照れ笑いしながら頭を掻いた。


 「いえ、こちらこそ」


 真美が智也から貰ったお菓子を真人に渡した。

 「智也さんからよ」


 袋を受け取った真人は「ありがとうございます」と礼を言った。


 「遠慮なく食べてくれよ」


 いつもなら嬉しいが、いまは喜べる気分ではない。

 「はい」


 「じゃあ、行ってくるわね。火には気をつけること」


 「うん、いってらっしゃい」


 「いってきま~す」


 真人は、美由紀が玄関を出てからすぐに頭を抱えた。

 「ホントに、1万円だよ……冗談だろ?」


 (みんなも同じなのかな……)


 



・・・・・・・・・・・・





 その頃、直美がルーレットを回し【ストップ】ボタンを押していた。


 ルーレットが示した数字は<7>


 真人同様、出だしは好調と思い、顔が綻んだ。


 赤い駒が7マス進み、停止位置のマスの色が黒へと変化し、髑髏が現れた。



 【ビタミン不足でしょうか、突然林檎が食べたくなります!】 


 『食いしん坊』さんは林檎の皮を剥きます。


 おや、手が滑ってしまいましたね。


 怪我をします。


 怪我の重度を選びましょう。



 画面にロシアンルーレットが表示された。


 

 1・スペシャルサービス・無傷


 2・軽傷


 3・重傷


 4・重体


 5・即死


 【END】



 「なにこれ……ゲーム内の事だよね」


 直美はロシアンルーレットの下部にある【スタート】ボタンをタップし、【ストップ】ボタンを押した。


 ロシアンルーレットが示した怪我の重度は軽傷だった。


 実際に林檎の皮は剥いていないのに、なんの意味があるのだろうか? と思った直後、突然無性に林檎が食べたくなった。


 直美は催眠術にでもかかったかのように、うつろな目で台所へ向かい、冷蔵庫の野菜室からリンゴを取り出し、果物ナイフで皮を剥き始めた。その時、誰かに手を押されたかのように果物ナイフがつるりと滑り、人差し指の皮膚が切れた。


 血液が指先を伝い、真っ赤な林檎の皮と入り混じるのを見て、はっと我に返った。

 「痛い!」


 林檎と果物ナイフを調理台に置き、ティッシュで血を押さえながら、スマートフォンの画面に映し出された双六画面を凝視した。


 偶然?


 本当に怪我した。


 林檎だって全然食べたくなかったのに、何かの暗示に掛けられたみたいに食べたくなった。


 なに? ゲーム、なんか変。気味悪い。



 直美すぐに真人に【相互ギャンブラーメール】をした。



 【相互ギャンブラーメール・『食いしん坊』】

 このゲーム、気持ち悪いよ!


 マスに表示された指示は絶対なような気がする。


 データを見ると所持金が1万円になってるし、『獣医師』も本当に味噌汁作ったの?


 怖いよ!

 【END】



 見ず知らずのユーザーが二人いる為、ハンドルネームでやり取りする。



 【相互ギャンブラーメール・『獣医師』】

 作ったよ。


 ガチでビビる。偶然、なのかもしれないけど、うちの母さんが旅行に行く事まで当たってたし、冷蔵庫に賞味期限間近の豆腐まで入ってた。


 このゲーム、オレもマジでヤバい気がする。

 【END】


 直美に返信した真人は、全体マップにして双六画面に集中した。3番手の慎司の駒が5マス進み、停止したマスが黄色へと変化した。


 慎司が止まったマスをタップすると現在表示されている指示が現れた。



 【『ケツフェチ』


 ゴールまで55マス


 所持金0


 身体状況 健康】



 【お金を稼ぎましょう!】 


 ~今日はお父さんの休日~


 『ケツフェチ』さんは、お父さんの肩を揉んであげましょう。


 営業マンのお父さんは疲れ果ててクタクタです。


 ♪肩もみして3千円ゲッドする♪

 【END】



 「……。こっちも当たってる」


 (慎司の父さんは営業マンだ。なんで?……ここまできたら偶然じゃない。なんなんだ、このゲームは!?)


 30分後、慎司から【相互ギャンブラーメール】が届いた。



 【相互ギャンブラーメール・『ケツフェチ』】


 今親父の肩もみ終わったんだけどさ、マジで3千円もらった。


 だけど、そんな事よりなんでオレうちの親父の職業知ってんの?


 気味悪いよ。

 【END】



 気味が悪い……みんな同じことを考えている。


 真人は返信する。


 【相互ギャンブラーメール・『獣医師』】


 オレも直美もビビってる。


 あいつらも偶然じゃない出来事が起きたら、一カ所に集まったほうがよくないか?


 気持ちわりぃもん。夜間レク終わったら、オレのウチに集合しようぜ。母さんも旅行でいないから。

 【END】



 すぐに返信が来た。



 【相互ギャンブラーメール・『ケツフェチ』】

 賛成!

 【END】



 表示された指示の実行を終え次第、次のギャンブラーがルーレットを回す。


 現在4番手の健也がルーレットを回し10マス進んだ。停止した位置のマスがピエロの顔に変化した。


 どんな指示が出るのだろうか、真人らは自分のことのように緊張した。


 (殺人のマスまであるんだ。本当に本当に人を殺す? 冗談じゃない!)



 【『ゲーマー』


 ゴールまで50マス


 所持金0


 身体状況 健康】


 【ピエロの顔―笑顔の仮面の下は、微笑みか? それとも怒りか? 悲しみか? 何が起こるかわからない】


 『ゲーマー』さんは最近彼氏ができた妹のスカートを捲りましょう。

 可愛い水玉模様のショーツが初々しいですね。

 【END】



 「なんだよ、これ……」

 (おいおい……変態じゃねえか……なんで妹のパンツ見なきゃいけないんだよ……でも、殺人じゃなくて良かった)


 すぐに指示を終えた健也から【相互ギャンブラーメール】が届いた。


 【相互ギャンブラーメール・『ゲーマー』】

 マジでパンツ水玉模様だった!

 うおぉぉ! 禁断のエロゲみたいで楽しかった!

 こんな偶然ってあるんだな♪

 【END】


 「呑気なこと言ってるなよ……」

 (楽しい興奮状態なのはお前だけだよ……)



 【相互ギャンブラーメール・『獣医師』】

 お前以外、ビビってる。

 夜間レクが終わったらオレうちに集合する事になると思う。

 このゲームヤバいよ。

 【END】



 送信ボタンを押してから数秒後、健也から返信が来た。


 【相互ギャンブラーメール・『ゲーマー』】

 そうなの? オレはぜんぜん怖くないけど。

 でもみんなで集まったら楽しいから集合は賛成♪

 【END】



 呑気な健也はさて置いとき、聖那の様子を見た。


 2マス進んで白マスのまま停止している。つぎの自分の順番が巡ってくるのを待つだけだ。実際、それが一番良い。


 聖那に【相互ギャンブラーメール】を送信する。


 【相互ギャンブラーメール・『獣医師』】

 このゲームは何が起きるかわからないから、夜間レクが終わったらオレのウチに集まることになった。

 聖那も来い!

 【END】


 返信がきた。


 【相互ギャンブラーメール・『小心者』】

 オレはハンドルネームのとおりビビりな小心者だけど、今のところ怖くないよ。

 夜食は『獣医師』の近くのコンビニで売ってる限定カップ麺が食いたい。

 【END】


 「そうだよな、何事もなかったんだから……」


 身の毛もよだつ体験をしていないから呑気でいれるのだろう……仕方ないと思いながら双六画面に視線を下ろした。


 『金の亡者』が5マス進んで慎司と同じ停止位置に止まったが、マスは黄色ではなくピンク色に染まり、ハートマークが表示された。


 そのマスをタップし、相手の指示を見てみる。


 【『金の亡者』


 ゴールまで55マス


 所持金0


 身体状況 健康】



 【恋をしましょう】


 『金の亡者』さんはおじさんと恋をします。


 おや、恋をしたはずがラッキーです。


 ♪おこずかい3万円ゲッドできそうな予感♪


 【END】



 (ちょっと待て。これって恋じゃなくてパパ活なんじゃ……この『金の亡者』はホントにオヤジとヤルの? ウソだろ……)


 もし本当に売春行為に及ぶなら、次の『ローン地獄』もルーレットを回す。自分たちには1時間以上は順番が回ってこないはずだ。


 このゲームの内容が偶然なのか何なのかは、まだわからない。だが、気味が悪い……初めからログインしなければ良かったと、いまさらながら後悔した。


 スマートフォンをスウェットのポケットに収め、気晴らしにコンビニに行くことにした。自宅の玄関から通路に出ると、荷造りした段ボールを抱えた男女がこちらに向かって歩いてきた。


 艶やかな黒髪の女性が真人を見て立ち止まった。

 「202号室の方ですか?」


 真人は返事した。

 「はい」


 「あたし達今日から203号室に入居したんです。春日井留美子(かすがい・るみこ)と言いますよろしくお願いします」と言ったあと、隣にいる男を紹介した。「旦那の英治(えいじ)です」


 英治が頭を下げた。

 「よろしくね」


 「こちらこそよろしくお願いします。内田真人です」


 美男美女、絵に描いたような夫婦だ。前に住んでいた若いカップルと違って落ち着いている。煩くなることもなさそうだ。


 英治は尋ねた。

 「高校生?」


 「はい」


 「どこの高校に通ってるの?」


 「栄華高校です」


 夫婦は顔を見合わせ、驚きの声を上げた。


 留美子が言う。

 「あたし達も栄華高校出身なの」


 お互い親近感が沸いた。


 まるで自分と直美のようだ。もしかしたら、自分たちも夫婦になるかもしれないから。

 「偶然ですね」


 留美子は微笑んだ。

 「ホント、素敵な偶然。じゃあ、またね」


 ふたりは203号室へと入っていった。


 アパートメントの通路から下を見ると、荷物が載った軽トラックが停車していた。引越し業者に依頼せず、お金を節約した。真人がこのアパートメントに引っ越ししたときも、この夫婦と同じことをしたな……と、そのときを回想した。


 真人は横断歩道を渡ってコンビニに入ると、金髪の和樹が商品を陳列していた。


 智也が不在なため、いつも以上にやる気が無い。

 「いらっしゃいませぇ」


 今日は男性店員とペアで仕事をしてるので、いつもより雑談が少ない。


 買い物かごを手にした真人は、店内を歩く。今夜は家にメンバーが集まる。ジュースでも買っておこう。今日限定で特価になっている1・5リットルの炭酸飲料を買い物かごに入れ、レジカウンターに置いた。


 ジュース一本しか買わないのかよ……と、不満げな表情を浮かべた。

 「いらっしゃいませぇ」

 

 「……」

 (息抜きで来ただけじゃ悪いのかよ……ジュース一本でもお客様は神様です)


 「174円です。家すぐそこでしょ? テープでいいっすか?」


 「……。べつにいいけど」

 (この野郎。こんな最悪な店員そういないぞ。ある意味お前は貴重だ)


 ペットボトルにシールを張りつけ、「ありがとうございました」と差し出してきた。


 智也が旅行から帰ってきたら “チクってやろう” と考え、貰った1万円で会計を済ませ、何も言わずにペットボトルを手にした。


 自宅アパートに戻り、購入した炭酸飲料を冷蔵庫に入れ、智也から貰ったイチゴオレを取り出し、ソファに腰を下ろした。


 「これを飲むと、心なしか落ち着く」


 ポケットに収めたスマートフォンを取り出し、画面を確認する。


 直美から【相互ギャンブラーメール】が届いていた。



 【相互ギャンブラーメール・『食いしん坊』】


 ログインしなきゃよかった。

 怪我した時、ロシアンルーレットが表示されたんだけど、あたしは軽傷だったの。だから絆創膏で間に合うような怪我だったけど、重体とか即死とかもあったよ。

 マジでヤバいよ。どうしよう。

 【END】


 偶然……203号室に引越してきた仲睦まじいい夫婦と俺達の接点のように、ほのぼのとした偶然なら、人間は素敵な偶然と思う。だが、恐怖の偶然の一致に関しては、現実逃避したいという意味で偶然と思いたいのだろう。


 不安に駆られている直美に返信した。



 【相互ギャンブラーメール・『獣医師』】

 オレもログインしなきゃよかったって思ってた。

 指の怪我大丈夫? 

 夜間レクが終わったらオレのウチに集合する事になってるから『食いしん坊』もこいよ。

 一人でいるより安心だろ?

 【END】


 送信ボタンを押してすぐに返信が来た。


 【相互ギャンブラーメール・『食いしん坊』】

 うん、そうさせてもらうよ。

 ありがとう。

 【END】



 直美から返信を見てから、ぼーっとしていた。テレビも見る気になれず、静まり返った室内に秒針の音を響かせる壁時計に目をやった。


 『金の亡者』がルーレットを回してから二時間が経過していた。もうそろそろだと、スマートフォンの画面を見ると、『ローン地獄』が健也と同じ10マス先に止まっていたので、自分の順番が来る前にタップしてデータを確認した。



 【『ローン地獄』


 ゴールまで50マス


 所持金0


 身体状況 捻挫】



 【黒マス】


 【危ない!


 デパートの階段から転落。


 痛いですね。


 怪我の重度はロシアンルーレットにより、右足首軽傷(捻挫)です】



 (捻挫したのか、痛そうだな。夜間学校に行く前にシャワー浴びて頭をすっきりさせたほうがよさそうだ)


 『ローン地獄』のデータを見た直後、画面にルーレットが現れた。シャワーは後回しにして、【スタート】ボタンをタップした。


 なるべくいい数で止まるように集中して【ストップ】ボタンをタップすると<5>で止まった。駒が5マス進み、白マスから黒マスへと変化し、髑髏が表示された。



 【『獣医師』


 ゴールまで47マス


 所持金9826万円


 健康】



 【汗臭い? ちょっと気になる】


 『獣医師』さんはシャワーが浴びたいですよね?


 あ、大変! 足が滑って転倒。


 ロシアンルーレットにより怪我の重度を選びましょう。



 画面に表示されたロシアンルーレットの【スタート】ボタンをタップした。



 1・スペシャルサービス・無傷


 2・軽傷


 3・重傷


 4・重体


 5・即死


 【END】



 (シャワー浴びたかったけど、浴びなくていいよ! だって無傷でいたいから!)


 全てが偶然と思いたいのに、回り続けるロシアンルーレットが怖かった。ログアウトしたいけど、もし注意書きに表示されていた事が実際に起きたなら、それを考えると不安だった。


 ビクビクしながらロシアンルーレットの【ストップ】ボタンをタップした。


 <軽傷>


 シャワーを浴びなきゃ無傷だ、と考えた直後、直美同様に催眠術にでも掛けられたように、理性が利かないほど無性にシャワーが浴びたくなった。


 真人はスウェットを脱ぎ、全裸になって浴室へと向かい、シャワーを浴びた。頭を洗ってから、ボディソープをスポンジにつけ、体を洗い始めた。


 全てはいつ戻りだった。


 だが、身体を包み込む泡を洗い流し始めた直後、突如、天と地が逆転するような酷い眩暈を感じた。床に置いてあったカミソリなどが入ったケースを踏んだ真人は、前のめりに転倒し、額を強打した。


 「痛い!」


 青く腫れ上がった額のたんこぶを掌で覆いながら、ふと正面に目をやると、カミソリが転がっていた。


 もし、転倒した位置が、あと数センチずれていたら……それを想像すると、シャワーの温水で温まった身体から血の気が引いていく。


 次にルーレットを回すのは直美だ。ここで怯えている場合ではない、と、身体の泡をざっと洗い流し、タオル一枚でリビングに向かった。


 スマートフォンの画面には<9>マス進んだ直美『食いしん坊』の駒が白マスに止まっていた。


 タップして直美の情報を得る。


 【『食いしん坊』


 ゴールまで44マス


 所持金0


 切り傷】


 【白マスです。自分の順番が巡ってくるまで暫しお待ちを】


 安堵した。


 その後も運良く、自分も仲間たちも、そして謎のギャンブラー二人も白マスに停止した頃、時刻は17時30分になっていた。


 夜間レクは私服を許可すると先生が言っていたので、着替えるのも面倒だ。それにおしゃれをする気分ではない。家着のスウェットで行くことにした。


 学校に向かう前に、コマンドをタップして全員のデータを確認した。



 1真人 『獣医師』


 ゴールまで47マス


 所持金 9826万円


 身体状況 たんこぶ



 2『食いしん坊』


 ゴールまで44マス


 所持金 0円


 身体状況 切り傷



 3『ケツフェチ』


 ゴールまで47マス


 所持金 3千円


 身体状況 健康



 4『ゲーマー』


 ゴールまで45マス


 所持金 0円


 身体状況 健康



 5『小心者』


 ゴールまで50マス


 所持金 0円


 身体状況 健康



 6『金の亡者』


 ゴールまで51マス


 所持金 3万円


 身体状況 健康



 7『ローン地獄』


 ゴールまで49マス


 所持金 0円


 身体状況 右足首捻挫



 現在 1位『食いしん坊』 最下位『金の亡者』


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