内田真人【17歳】『リアル人生デスゲーム』<学校>

 2年F組の朝のホームルーム前は、毎朝賑やかだ。


 窓際の席に座る真人は、後ろの席に座る久保野健也(くぼの・たけや)と昨日ポストに入っていたボナンザからの封書とログインの会話をしていた。


 直美の自宅にも届いたその封書は、健也の自宅にも届いていたようで、しかもこちらと同様にログインしたと言う。ホラーゲーム好きの健也なら賞金があろうとなかろうとログインしてユーザー登録していただろうから、とくに驚かなかった。


 平和的な人生ゲームしか知らない健也は、新しいゲームを発見した悦びで朝からテンションが高い。

 「ユーザーはこのゲームではギャンブラーって言うんだろ? 早く集まんないかなぁ。めっちゃやりたい!」


 「うちのクラスでオレら以外にも届いたヤツいるんじゃないの? ちょっと訊いてみようぜ」真人は席を立ち、教壇の上に上がった。「は~い! みんな注目!」


 クラスメイト全員は真人の顔を見る。


 「この中でボナンザってサイトから封書が届いた人いる?」


 首を傾げて互いの顔を見合う生徒達が大半の中、志島慎司(しじま・しんじ)と上岡聖那(かみおか・せいな)が手を挙げた。


 教壇から降りた真人は、自分の席に戻った。

 「こっち来て」


 聖那と慎司が真人と健也の席に歩み寄った。真人と同じ境遇の聖那も奨学金を受ける予定だ。

 

 聖那が言った。

 「お前らにも届いたのか」


 健也がたずねた。

 「オレはログインしたけど、お前らはログインした?」


 聖那は答えた。

 「もし本当にお金が貰えたら我が家の貧乏暮らしが救われるし、奨学金も必要なくなるもん。オレは小心者でビビりだし、ちょっと怖かったけど、ログインしてみたよ」


 「なるほどな、現実的な問題を抱えてるってわけか」


 聖那は真人に訊いた。

 「おまえもしたんだろ?」


 「うん、したよ。聖那と同じ理由で。あと直美もするって言ってな。慎司は?」


 「したよ、もし賞金マジで貰えたらラッキーじゃん。来年は受験だし、息抜きにゲームできるなんて今だけだしさ」


 聖那が笑った。

 「たしかに言えてる」


 少し遅れて教室に入ってきた直美も真人の席に駆け寄った。

 「おはよー、ヤバい寝坊しちゃった。遅刻するかと思ったよ」

 

 「おはよ」と、三人は返事した。


 「こいつらも人生デスゲームにログインしたんだって」真人が直美に教えてあげた。「というわけで、みんなライバル」


 直美は言った。

 「男なんかに負けないよ」


 真人は言い返した。

 「女になんか負けないよ」


 慎司が直美のお尻を軽く触った。

 「オレも負けないよ」


 直美はお尻を押さえて怒った。

 「信じられない! いまあたしのお尻触った!」


 「ちょっと触れただけじゃん」


 真人は慎司に言った。

 「彼氏の前でやるなよ」


 「ちょっとだけだよ」


 直美は慎司に注意した。

 「もう二度と触らないでよ!」


 「はいはい。わかったよ」


 騒がしい教室に担任の女教師が入ってきた。クラスメイト全員は自分の席に戻り、着席する。


 「おはよう、みんな」


 声をそろえて挨拶する。

 「おはようございます」


 教師は直美の後方の空席に目をやった。


 (相川(あいかわ)ユリ、また欠席? それとも遅刻?)

 

 栄華高校は基本的に真面目な生徒が多いのだが、このクラスには目立った問題児が一人いる。それが相川ユリ。


 いくら注意しても茶髪は直してこない。万引きで停学になっても反省の色はなし。


 入学当初は勉強もでき、優秀な生徒だった。それが他校の男子生徒と付き合うようになってから悪い方向に感化されてしまったのか、今では落ちこぼれ生徒だ。


 教師が重苦しい溜息をついた時、後方の戸がゆっくりと開いた。


 四つん這いで自分の席へと進むユリの姿を教師は見逃さなかった。

 「相川!」


 「はい!」ビクッとした茶髪のユリは背を起こした。「そんなにデカい声だしたらびっくりしちゃうじゃん」


 「また遅刻! いつになったら遅刻しないで登校できるの!? どうして遅刻したの!?」


 「ごめんなさ~い。あたし先生と違ってモテるから昨日ナンパされた男とヤッてて疲れちゃったのが遅刻理由で~す」

 

 「はぁ!?」


 教師も顔を強張らせたが、クラスメイト全員も不快な表情を見せた。


 座席に腰を下ろしたユリは、直美を指した。

 「この女だって彼氏の真人とヤリまくり。みんなやることやってんじゃん。なんであたしだけ怒られなきゃなんないの?」


 ユリの恥ずかしい発言に、直美は顔を紅潮させ、俯いた。


 ヤリまくってないけど、週二でエッチする。でも遊びじゃなくて、好きだから。

 「汚いみたいな言い方しないでよ……」


 「夜になったら変貌するクセに真面目ぶっちゃって。これだから、ここの生徒はイヤなの」


 教師が怒号した。

 「相川! いい加減にしなさい!」


 「超怖い。欲求不満なんじゃないの?」口元の端に笑みを作り、「蜘蛛の巣張ってそう」と言ってから、何が楽しいのか両手をパチパチと叩いて笑った。


 呆れ果てた顔の教師はため息をついてから連絡事項を言った。

 「今夜は皆さんが楽しみにしていた自由参加の夜間レクの日です。夕方六時から夜九時までとなっています。来年は受験なので、今のうちにみんなで思い出をたくさん作る為にも、ぜひ参加してください。ご飯を作ったり、肝試ししたり楽しいひと時を過ごしましょう」


 「くっだらね」他人を不快な気持ちにさせるのが楽しいのか、ユリは再び両手を叩いて笑う。「ウケる」


 ユリの隣に座る男子生徒があからさまに嫌な顔を向けた。

 「じゃあ来なきゃいいじゃん。楽しみにしてるヤツもいるんだしさぁ」


 ユリは悪態をつく。

 「頼まれても行かねえよ。金くれるんなら話は別だけどね」


 「これでホームルームを終わります」凄まじい形相で相川を呼んだ。「相川! 生徒指導室!」


 「はいはい、お説教ルームですね」と言ったあと、欠伸しながら教師の後ろを歩き教室を後にした。


 真人が直美の席に歩み寄った。


 「気にするな、あんな奴の言うことなんか」


 「うん。大丈夫。あたしアイツ大っ嫌い」


 「好きなヤツなんかいないから」真人のスマートフォンの受信音が鳴った。「ん、メールだ」


 その直後、直美、聖那、健也、慎司のスマートフォンからも受信音が響いた。一同はスマートフォンの画面を見て確認する。


 ホラーゲーム好きの健也が歓喜の声を上げた。

 「やった、遂にキター!」


 真人は受信したメールを確認する。


 【件名】

 本日14時30分から3日間に渡るノンストップ『リアル人生デスゲーム』スタート!

 (ゲームの進行具合により多少時間差が生じる場合もございます)

 【本文】


 ギャンブラー様が揃いましたので、駒の名前(ハンドルーム)が決定いたしました。駒の順に従いルーレットを回す順番が巡ってきます。頑張りましょう。


 1真人様 『獣医師』


 2ギャンブラー 『食いしん坊』


 3ギャンブラー 『ケツフェチ』


 4ギャンブラー 『ゲーマー』


 5ギャンブラー 『小心者』


 6ギャンブラー 『金の亡者』


 7ギャンブラー 『ローン地獄』


 ご本人様以外、プライバシー保護の観点から名前を伏せてあります。

 ゲーム内でも駒の名前だけが表示されますのでご安心を。


 【END】


 真人が訝しげな表情を浮かべた。

 「これって……偶然だよな」


 駒に振られたハンドルームが自分達を投影したかのように思えた一同は、鳥肌が立ち、一瞬、背筋が冷たくなった。


 全員が互いのスマートフォンの画面を覗き込んだ。



 1真人 『獣医師』


 2直美 『食いしん坊』


 3慎司 『ケツフェチ』


 4健也 『ゲーマー』


 5聖那 『小心者』


 6謎 『金の亡者』


 7謎 『ローン地獄』



 ホラーゲーム好きの健也も気持ち悪いと思った。

 「真人の『獣医師』って超リアルなんだけど……オレらの駒も妙にリアルだし」


 直美は明らかに動揺していた。

 「ぐ、偶然だよ、絶対。ちょっと現実と被っちゃったから怖いだけ」

 

 慎司が言った。

 「てか、6番目と7番目にルーレット回すギャンブラーって見ず知らずのヤツなのか?」


 「オンラインだから、たぶんね」健也が答えた。「駒の名前はさ、直美が言うように偶然だよ、偶然。みんな、やだな~暗くなっちゃって」ポンと真人の肩を叩いた。「ほら、いつも通り明るく明るく、な?」


 「だよな、ちょっとビビったけど、偶然だよな」


 「そうそう。夜間レクでパーと盛り上がろうぜ!」


 ポジティブな性格の健也の一言で明るさを取り戻した一同は席に着いた。






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