第3話
(どうしよう。どうしよう。どうしよう。)
エミリーは家に着くなり、涙がぽろぽろと溢れた。悲しくて、苦しくて仕方なかった。何度涙を拭っても、止めどなく溢れてしまう。
(あの時、アランは着いてきてほしい、なんて一言も言わなかったじゃない。)
エミリーは自分の勘違いに絶望した。てっきり自分も行くものだと、夫婦は一緒に住むものだと、思い込んでいた。だが、アランが単身赴任すると考えていたのなら、あの異動を告げられた時に、どうもアランの様子が可笑しかったのも納得だ。自分はアランを困らせていたのだ。勝手についていくと思い込んでいるエミリーに、きっと優しいアランは「単身赴任したい」という本音を伝えられなかったのだ。
(だけど、私は、単身赴任なんて耐えられない・・・。)
エミリーは交際している頃から、アランにベタ惚れだった。感情表現の薄いアランと正反対の積極的なエミリーは、アランとの会話も、スキンシップも、欠かせない。アランとの他愛ない会話が、心を癒してくれるし、アランの添い寝が無いと眠れないほどだ。たった数日でも離れるなんて、考えるだけで胸が張り裂けそうになり、涙が出てしまう。
(・・・アランは、私と離れても平気なんだよね。)
そんな思いが頭を過ると、また涙が溢れてしまう。単身赴任を希望していたと言うことは、そういうことだろう。自分とアランとの想いの差を突きつけられたようで、エミリーは寂しい思いが募り、息苦しくなる。今すぐにでもアランに抱きつきたくて堪らなかった。エミリーの涙は、なかなか止まってくれなかった。
◇◇◇◇
「旨い。」
アランはエミリー特製のビーフシチューに、頬を緩めた。ペロリと食べ終えると、おかわりをお願いされ、エミリーは笑顔を見せた。
「あの、アラン。あのね。」
ビーフシチューを美味しそうに頬張るアランへ、エミリーは固い表情で話し始めた。
「どうした?」
アランは、エミリーの表情に気付いたようで、眉尻を下げ心配そうに尋ねた。
「その、私も職場で引き継ぎがあって、明日から帰りが遅くなりそうなの。」
「そうか。遅くなりそうな時は騎士団の方に来てくれ。」
夜、一人で歩くのは危ないから一緒に帰ろう、と言われ、エミリーはアランの優しさに思わず目が潤む。どうにか堪え、何とか笑顔を作り「そこまでは遅くならないよ。」と伝えた。
「エミリーにばかり負担を掛けて、すまない。」
「そんなことない!大丈夫だよ。」
溢れそうな涙を必死に堪え続ける。顔を見られないように、と席を立ち洗い物を始めた。
職場での引き継ぎは嘘だった。エミリーの勤める託児所は、複数のスタッフで子どもたちを見ているのでエミリーだけの業務などはなく、引き継ぎはほぼ必要ない。伝えておいた方が良いと思うものは、日々の業務の中でその都度伝えておくだけで事足りるのだ。
エミリーは、迷った末、トニーから聞いたことは聞かなかったことにした。知らんぷりして、辺境まで引っ越してしまおう、引っ越しさえ済んでしまったら、優しいアランは流石に「王都に帰れ。」とは言わない筈だ・・・エミリーはそう考えた。アランの気持ちを考えると後ろめたさもあるが、多少強引な手を使っても、エミリーはアランと一緒にいたかった。
なので、アランから万が一「単身赴任したい。」と告げられないために、極力一緒にいる時間を減らそうと考え、嘘の残業をでっち上げた。これは、アラン大好きなエミリーにしてみれば苦肉の策だったが、辺境に行くまでの二ヶ月半我慢しよう、と心に決めたのだ。早く、日が過ぎるよう、エミリーは神に願った。
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