第31話 科学館マッチ
「科学館マッチ?」
事務所に佐和の素っ頓狂な声が響いた。
「そう。科学館マッチ」
「この時代に今さらマッチですか?」
佐和の頭の中にはマッチ売りの少女になって、道行く人に「お願いします!マッチを買ってください……」と懇願する自分の姿が浮かんだ。
「マッチは火をつけるマッチじゃなくて試合の方。簡単に言うとウチの科学館がサッカーの試合に協賛するってこと。試合前に科学実験のデモンストレーションとかしてお客さんに喜んでもらおうって作戦。でっかいシャボン玉作ったり、空気砲撃ったり、ね」
「はぁ」
「そこで科学は楽しいってことを知ってもらえたら、ウチの入場にも繋がるだろうし。いわゆるアレだよ、ウィン・ウィンってやつ」
館長はいつになくハイテンションだ。
「でも科学館も営業するんですよね?そんなイベントやったら人手が足りなくて科学館が回らなくなっちゃいますよ」
佐和が不安そうに呟く。
「そこは大丈夫。館がメンテナンスで一週間休みになるときがあるだろ?そこでやるから。みんな、よろしく頼むぞ!」
☆
試合当日、朝から気持ちの良い青空が広がった。試合開始は18時だ。
「今日はハーフタイムが終わるまでが仕事だ。後半開始でウチらは撤収。片付けが終わったら自由解散。試合のチケットももらってるんでせっかくだから観戦していくといい」
館長の指示で各スタッフが配置についた。佐和は真帆と一緒で天文コーナーを任された。天体望遠鏡で青空に浮かぶ月を見るというものだ。
「昼間でも見えるんですね」
「すげー!クレーターが見えるー!」
「ねぇ、ウサギさん見える?」
などなど。
大人も子どもも目を輝かせている。そんな姿を見ていると佐和は自然と笑顔になっていた。
☆
「お疲れ様でした。佐和さん、試合はやっぱり見ないんですか?」
真帆が少し寂しげな表情を浮かべる。
「うん、ゴメンね。見ようかとも思ったけどやっぱり怖くて。それにこれからだんだん月も綺麗に見えてくるから、一人でも多くの人に見てもらえるようにもうしばらくここで望遠鏡出してるね」
「わかりました。じゃあ私が佐和さんの分もガッツリ応援してきますね」
「うん、よろしくね」
「はい。じゃ、行ってきます。お疲れ様でしたー」
そう言うと真帆は軽快なステップで競技場へと消えていった。
☆
試合が終わり、ゲートから観客がどっと出てきた。誰もが笑顔で満足げな表情を浮かべている。どうやら快勝したようだ。
皆地元チームの勝利に興奮しており、その余韻に浸るように佐和と望遠鏡には目もくれずに帰っていった。
「おねーさん、ぼくも見ていい?」
そんな中、小さな男の子が佐和に声をかけてきた。横にはその子の両親が幸せそうな笑みを浮かべて立っている。
「はい、どうぞ」
「わぁー、お月さまだ!きれい!」
喜ぶ男の子に佐和も嬉しくなる。
「じゃあ特別にもっとスゴいの見せてあげるね」
接眼レンズを交換し倍率を高くする。
「うわぁー、でこぼこしてる!すごーい!」
「おねーさん、ありがとう。じゃあねバイバイ」
「バイバーイ」
男の子はニコニコ顔で手を振った。その横で両親が会釈をする。
よほど嬉しかったようで、しばらくすると振り向いて「バイバーイ」の声とともに大きく手を振る。それを何度も繰り返して帰っていった。
「さーて、片付けよっかな」
男の子の姿が見えなくなると佐和は呟いた。星に興味があってプラネタリウムに来てくれるのももちろん嬉しいが、このようにこちらから外に出ていろんな人に星の素晴らしさを知ってもらうのも楽しいなと感じていた。何よりも誰もが笑顔になってくれるのが嬉しかった。
満ち足りた気持ちで片付けをしていると背後から声を掛けられた。
「すいません。ちょっと見せてもらってもいいですか?」
「はい、もちろんですっ!」
佐和が振り返るとそこにはジャージ姿の大柄な男性が立っていた。
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