第28話 木島診療所

「ねぇ大前くん、蛍光灯切れちゃったんだけど替えのストックあるかな?」

「それなら事務所の奥の納戸にあります。僕、取ってきますよ」

「あ、大丈夫。納戸ね。ありがとう」


開館前の科学館。掃除をしているときにパチっと音がして通路の蛍光灯が消えてしまった。


「ここ数日チカチカしてたもんなぁ」


独り言を言いながら佐和は納戸を開けると、棚の最上段に置かれた蛍光灯へと手を伸ばす。

小柄な佐和にはギリギリ届く高さだ。


「よいしょっと……」


掛け声とともに爪先立ちすると、グッと思いっきり手を伸ばし蛍光灯を掴んだ。が、次の瞬間バランスを崩し、よろけて壁にぶつかってしまった。


「きゃっ!」


壁にぶつかりながらも右手で蛍光灯を握り、割れるのを防いだ佐和はホッとした表情で大きく息を吐く。


「ふぅ。あぶないあぶない。さぁ早く蛍光灯を替えなきゃ」


そう呟いて足を踏み出すと激痛が走った。


「痛たたたっ!」


足首を挫いてしまったようだ。



「富永さん、木島先生のとこ行ってきな。多分温泉行けって言われると思うけど」

「え?温泉ですか?」

「そう温泉。木島先生って腕は確かなんだけど必ず温泉を勧めるんだよね。『打撲にはあの温泉が効くんだ』とか言ってね」

「あ、ウチの子どもが怪我した時は『あの温泉は擦り傷に効くんだ』って言われたぞ」

「というわけ。富永さんが行ったらきっと『捻挫にはあの温泉が最高だ』とか言われるわよ」


若干の不安を抱えつつも佐和は館長の運転で木島診療所へと向かった。



「痛いです!痛いです!あたたっ!」


診療所のベッドの上で木島に足首をぐりぐりと捻られて佐和は悶絶していた。


「あぁ、コリャ捻挫だね。ちゃんと治さないとクセになるからしばらくは週二で通院してリハビリだな。早く治したかったらくれぐれも無理しないこと。それからこの先にある石塚温泉に行くといい。関節痛に効くからな。じゃ痛み止めと湿布薬出しとくからね。お大事に」


そう言って机に向き直ると、木島はカルテにペンを走らせる。何て書いているのか覗き込んでみたが、日本語かドイツ語かもわからない文字が踊っていた。それよりも机の上に置かれた灰皿に山のように積まれたタバコの吸い殻が気になった。カルテを書き終えると木島はくしゃくしゃになったタバコの箱に手を伸ばす。


「あ、ありがとうございました!」


佐和はペコリと頭を下げ、診察室からそそくさと逃げるように出ていった。



「先生、戻りました」


入れ替わるように診療所の奥から宙が顔を出した。


「おぉ、藤村くん、おかえり。ご苦労だったね。じゃあ今日はここまででいいよ」

「はい、ありがとうございます。ではお先に失礼します」


ペコリと頭を下げ、出ていこうとすると木島に呼び止められた。


「おーい藤村くん、温泉寄ってから帰るんだぞ」

「わかってますって。週六で通ってます。それにちゃーんと先生に言われた通りに、温泉に入りながらマッサージと足首の運動もしてますから」

「おぉ、さすが一流のアスリートは違うな。それじゃ、気をつけて」


木島は満足げな表情で宙を見送った。

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