第24話 探し求めていたもの

「そろそろ集まり始める頃なんで富永さんもこちらへどうぞ」


建物内の廊下を案内され、行き止まりにあるドアから外に出ると広い駐車場の一角に望遠鏡がズラッと並んでいた。反射式、屈折式にカセグレン式、口径も五センチほどの小さなものから三十センチクラスの大きなものまで様々だ。


「うわぁ、凄いですね」

「でしょ?ウチのスタッフだけじゃなくて地元の星好きの人たちも参加してくれてるんです。おっと、星も見えてきましたよ」


その声に佐和も空を見上げた。


「わぁー!」


オレンジからブルー、そして濃紺へと美しいグラデーションに彩られる空に金星が鮮やかに光り輝いていた。

みるみるうちに空は暗くなり無数の星たちがギラギラと輝きだした。


何年ぶりだろう。久しぶりに見る満天の星たちに佐和が感動して立ち尽くしていると、


「富永さん、人が足りなくって。ちょっと星空解説お願いします」


とレーザーポインターを手渡された。

「ええっ!?」

戸惑いながらも空を見上げるとカシオペア座が目に入った。

佐和は覚悟を決めると集まった人たちに語りだした。


「みなさん、秋の星座で何か知ってるのはありますか?」



「空を翔けるペガサス、ケフェウス王と王妃カシオペア、アンドロメダ姫に襲いかかるクジラの怪物、そして勇者ペルセウス……。このように秋の夜空にはギリシャ神話古代エチオピア王家の壮大な物語がくり広げられているのです」


佐和の解説に大人も子どもも目を輝かせながら聞き入っている。


「これからはぜひ空を見上げて古代エチオピアに想いを馳せてみてくださいね」


佐和の言葉に男の子が口を挟んだ。


「でもさ、星がたくさんありすぎてどれがどれだかわかんないよ」

「そんな時はね、ほらあそこ。カシオペア座のWの形は見つけられるでしょ?」


そう言って北極星の探し方をレクチャーする。


「あ、あった!あれが北極星?」

「そうだよ。だからあっちが北」

「へぇー、すごーい。これなら夜に迷子になっても方角がわかるんだね」

「そうだよ。あの星はみんなが進むべき道を教えてくれてるの」


「どうした康太、ずいぶんと楽しそうだな?」


豚汁をすすりながら少年の父親がやって来た。


「うん。ねぇパパ、どれが北極星かわかる?あのね……」


嬉しそうに父親に北極星の探し方を教える少年の姿を見ていると「あっ!」と佐和の頭の中で何かが閃いた。


――あの時、藤村くんとプラネタリウムの星空を見た時と一緒だ。


あれが原体験なのかどうかはわからない。でもあの空間の優しさ、心地良さこそが、佐和が探し求めていたものだったのだ。


「あれから十三年もかかっちゃったよ……」


自嘲気味に呟く。

しかし次の瞬間北の方角へ振り向くと顔を上げて叫んだ。


「私の北極星、見ーつけたっ!」



「富永さん、助かりました。ありがとうございます。ハイ、コレどうぞ」


突然の大役を無事に果たし、緊張感から解放されてヘロヘロでテーブルに突っ伏していた佐和に柳崎が豚汁を差し出した。


「あ、ヤナギさん、ありがとうございます」


ムクッと起き上がり、両手でそっと受け取った。


「いやぁ、とても良かったですよ富永さんの解説。子どもたちなんてみんな目をキラキラさせて話を聞いてましたから」

「そ、そうですか。それなら良かったぁ〜」


思いっきり脱力しながら再びテーブルに突っ伏した。そんな佐和を見て柳崎はさらに続けた。


「最初は相当緊張してたみたいでガチガチでしたけど、落ち着いてきたらとっても優しい感じでびっくりしました。仕事の時の富永さんて何かこう機械的でちょっと冷たい印象だったんですけど、ほんとはとっても暖かい人なんだなって思いましたよ」

「えー、いや、そんなことないですよー。ていうか私って冷たい印象でした?」

「…………はい。仕事以外は興味ないって感じ。あんまり笑わないし、仕事を終えたらソッコー会社に戻るし。正直言うとつまらない人だなって思ってました」


柳崎のあまりにストレートな発言に思わず固まった。


「でもそれは仕事の時だけだったんですね。スイッチを切った富永さんは全然別人で素敵な人でしたよ」

「……」


何も言えずに黙っていると柳崎が耳元で囁いた。


「他人の僕がこんなこと言うのはあまりに失礼で無責任だと思うけど、今の仕事考えたほうがいいんじゃないすか?今、目の前にいる富永さんの方がキラキラ輝いて見えてますよ」


わかっていた。わかっていたはずだった。でも自分の本心にフタをして無心で仕事をしてきた。小さい頃からの夢だった天文関係の仕事に就けたから。だからこれが私の進むべき正しい道なんだと一生懸命働いた。

でも気付かぬうちに笑い方さえ忘れてしまっていた。仕事しか取り柄のない人生に疲れた冴えない三十路女になってしまっていた。


柳崎に言われたことで佐和は肩の荷が下りた気がした。


「ヤナギさん、ありがとうございます。じゃあ飲んじゃいましよっか。

すいませーん、ビールくださーぃ!」


星と豚汁とビールの宴は大盛況のうちに幕を閉じた。

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