第17話 蘇る記憶

会社を後にして数分後、佐和は最寄り駅の地下鉄のホームにいた。いつもと同じ行動だが、違うのは自宅への帰路とは逆方向の電車を待っていることだ。

そしてもうひとつ。佐和の目に映る景色が新鮮に感じたことがあった。

毎日遅くまで仕事をしていると駅の人影は濃い色のスーツを着た男性会社員ばかり。だがいつもより早く退社した今日はそんな景色の中にカラフルな服を纏った若いOLの姿が多く見られたのだ。

そんな女性たちを目の当たりにし、佐和はホームに置かれた鏡に映った自分の姿を見て「はぁ」とため息をついた。そこには地味なグレーのスーツを着て疲れた顔をした女性がいた。

「来年で三十か……」

小さな声で呟きながら鏡の中の自分をじーっと見つめた。

そして佐和は自嘲気味に「フフッ」と笑うと両手で頬をパシッと叩き、到着した電車に乗り込む。

混雑した地下鉄の車内には華やかな香水の匂いがしていた。



数年前に大手不動産会社の再開発により都心部に造られた東京インディゴタウン。

ブランドショップはもちろんのこと、劇場やライブハウスに高級レストラン、水族館などがある。敷地内には日本初となるアメリカの一流ホテルも併設され、都心とは思えぬほどの広さを持つ公園もあり、新たな東京のランドマークとして人気を博している。


佐和がプラネタリウムに到着するとチケット売り場には長い行列ができていた。人気スポットの新しい施設だけのことはある。テレビや雑誌などメディアにも取り上げられ土日はチケット購入さえままならないそうだ。


佐和は行列の最後尾に並んだ。夜八時からの上映回ということもあって子供の姿はなく大人ばかり。何の気なしに列の前方に目をやると見事なまでにカップルばかりであることに気がついた。仲睦まじく手を繋いだり、彼氏に寄りかかったり、笑顔で耳元で囁きあったり。

石堂がひとりで行くことを心配していたのはこういうことだったのかと理解した。


プラネタリウムの映像は素晴らしく、本物の星空を見ているようだった。ただ時間帯のせいか詳しい解説などはなく、あらかじめ作られた番組を流すだけの内容だった。


――なんだか薄っぺらだったな……。


佐和には物足りなく感じられた。

ただ、ほとんどの観客は満足していたようで、


「スッゴいキレイだったね。私、本物の天の川見たくなっちゃった」

「よし!じゃあ今度二人で見に行こうぜ」

「それって泊まりで行くってこと?やだぁ、もー!」


こんな会話があちこちから聞こえてきた。


――はいはい。どうぞお幸せに。

今さら羨ましいとも思わなくなっちゃった……。


そんなことを思いながら足早に帰ろうと歩いていると、目の前で話していたカップルの女の子の言葉に思わず立ち止まった。


「ホントに連れてってね。約束だよ。じゃあ指切りしよっ!

指切りげんまん 嘘ついたら 針千本飲ーます 指切った!」


忘れていたはずのいつかの記憶が鮮明に蘇る。右手の小指がぽおっと熱を帯び、一瞬のうちにその熱が身体中に伝わった。


「……藤村くん」


忘れかけていた名前を口にすると一筋の線を描いて涙がつーと零れ落ちた。

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