第7話 金曜日

文化祭前日となる金曜日は朝から雨模様。時折強くなる雨足が雨戸を叩く音で佐和は目が覚めた。

寝ぼけ眼を擦りながら、枕元の眼鏡に手を伸ばす。

「そりゃ」と掛け声一閃起き上がると、パジャマ姿のままバタバタと階段を降りていった。


「おはよー」


キッチンの母に声を掛けるとテレビをつけた。


『大型の台風19号は現在小笠原諸島父島の南西約二百キロの海上にあって太平洋上をゆっくりと北上しています。中心付近の気圧は……』


仁王立ちでテレビの気象情報を見る佐和の表情が見る見るうちに深刻になってゆく。ファンシーな星柄のパジャマとボッサボサに広がった寝起きの乱れ髪がなんともアンバランスだ。

どうやら台風19号はこのまま行くと明日には関東地方を直撃するらしい。


「台風なんかに負けてたまるか!」


そうつぶやくと立ったままテーブルの上のトーストを口の中へと押し込んだ。


「ちょっと佐和、お行儀悪いわよ!」

「ごめんねお母さん。でも絶対負けられないの。天文部の存続が掛かってるんだから」

「だからといって仁王立ちで朝食を食べていいわけないでしょ」

「これは自分に対して気合を注入してるの。じゃ、ごちそうさまー」


そう言うと階段をバタバタと昇っていった。


「ちょっと佐和ー!もうあの子ったら大丈夫かしら。思い込むとすぐ周りが見えなくなっちゃうんだから……」


そんな母の心配をよそに、登校の支度をする佐和の鼻息が荒くなってることを本人は気づいていないのだった。



キーンコーンカーンコーン


4時間目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。


「あー終わったー。メシだメシ。宙、メシ食おうぜ」


さっきまで居眠りしていた酒井がムクリと起き上がる。


「ゴメン、準備が遅れててさ。ゆっくり食ってる余裕ないんだ。富永さん、行くよ!」


宙は酒井に一言詫びると斜め後ろの席の佐和に声を掛けた。


「はい」


そう答えるなり、二人はカバンを持って教室から出ていった。

今日の授業は昼までで、午後からは文化祭準備となっているのだ。



天文部の部室に到着するとそこには数箱の段ボール箱が置かれていた。


「これを運ぶだけでもひと苦労だな」

「藤村くんは怪我してるんだから無理しないでくださいね」

「富永さんだって手首痛めてるじゃん。あんまり無理すんなよ」

「ありがとうございます。でも私にとって絶対に負けられない闘いがここにはあるんです」


そう言って大きな箱を持ち上げた途端、ふにゃりとバランスを崩して宙に体当たりしてしまう。


「ほらほら、言わんこっちゃない」


涼しい顔で片手で佐和の身体を受け止める。そこは体幹を鍛えてるアスリートだ。


「そうだ、ちょっと待ってて。俺、台車借りてくるよ」


そう言って部室から出て行った。


十分後、宙が戻ってきた。リヤカーを借りてきたそうだ。階段下に置いたリヤカーまで二人でちまちまと荷物を運んだ。


「これしか残ってなかったんだよね」


申し訳無さそうに宙が言う。


「でもこれなら一回で荷物全部運べますよ」


佐和が笑顔で応える。

一体何に使うんだ?というくらい無駄に大きなリヤカーだ。

荷物を積み込むと「ヨッコラショ」と宙がバーを握りリヤカーを引き始める。


「わ、私も引っ張ります」


佐和も「ヨイショ」と身をかがめて宙の横に入ると両手でバーを握った。


「これなら楽勝だね」

「ですね」


思わず笑みがこぼれる。

将来を期待されるJリーガーの卵とクラスでも目立たない地味な女の子。そんな二人が楽しそうに話しながら数箱のダンボールが積まれた巨大なリヤカーを引いているのだ。

あまりにアンバランスな光景に周囲の生徒たちも振り返る。


「あれって富永? 俺、アイツがあんなふうに笑ってんの初めて見たよ」

「藤村が女の子と二人きりで楽しそうに話ししてるのも初めて見たぞ」

「何かいい感じじゃね?」

「「うん……」」


そんな風に見られているとはつゆ知らず、二人の引くリヤカーはゆっくりコトコト進むのであった。

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